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今回の敵は蛇だった。 八つの目を持つ、冗談のような大きさの蛇。 しかしよく見るとその表面は細かく蠢き、無数の蛇の群体であることが分かる。
拓海はいつも通り、変身からの先制ドロップキックを放つが、バラリと解けてかわされる。 カミカゼは着地しながら内心で毒づく。 細かく、多く、素早い。肉弾戦を主とするカミカゼにはやりにくい相手だ。
鋭い突きを放つが、軽くかわされる。それどころか、蛇が腕を這い上がり締め上げてくる。
カミカゼ「ぐうっ」
蛇を引き剥がそうと掴むが、なかなかうまくいかない。 それどころか次から次へと蛇が這い上がろうとするので、カミカゼは一旦飛びのいて距離をとり、蛇の胴を引きちぎって難を逃れた。 蹴りも同様にして反撃され、カミカゼは迂闊に攻撃をすることができなくなる。
蛇が体の一部を分けて体当たりしてくる。かわすために動くと、足元に這いよってきた蛇がその足の下に潜り込み、故意に踏み潰されて泥の体でカミカゼの体勢を崩す。 すかさず先ほど動かなかった本体が突っ込んでくると、今度はかわせずに弾き飛ばされ、地に伏せる。
カミカゼが息を整える間も無く、四方八方からやってきた蛇は四肢に胴に這い、巻き付き、締める。 カミカゼは苦悶の声を上げてのたうち、腕を脚を地に叩きつけて蛇を潰し、どうにかこうにか再び立ち上がる。 勝てなくとも他のヒーローが駆けつけるまでの時間稼ぎはしなければ……カミカゼは逃げることなく蛇と対峙し続けた。
・
あれからどれだけ経っただろうか。 今日に限ってよほど忙しいのか、はたまたカミカゼが居ると知って任されたか、一向に加勢するものは現れなかった。 数えるのも馬鹿らしくなるほどに転ばされ、締められ……肩で息をし、足を引きずるようになったカミカゼは、もはや初撃の体当たりすらかわせない。
これで止めとするつもりなのか、蛇は大口を開けて突進してくる。 丸呑みにするようにして覆いかぶさり、そのまま息の根を止める腹積もりなのだろう。
カミカゼ(くそがっ! こんなとこで死ぬわけにはいかねえんだよ、何か無いのか!)
その時、焦るカミカゼの脳裏に一つのイメージが湧き上がった。 考える暇は無い。カミカゼはそのイメージのままに動く。 腕を交差させて鎖骨の辺りに触れる。肩の装甲が開いて、中からライトが顔を出した。
カミカゼ「ギガフラッシュ!!」
強烈な光が辺りを包んだ――
パリン、と音を立ててライトが割れると光は消え、眼前にまで迫っていた蛇は跡形も無く蒸発していた。 余波に巻き込まれてアルファルトまで融けて煌々と赤く輝き、標識やガードレールが変形しているのは見ないことにした。
拓海「……あっ」
変身を解き、帰ろうとして拓海は気づく。 そこにはボロボロになったばかりかライトが弾けとんだバイク。 戦闘が長引いたためすっかり日が暮れ、街灯が灯っている。
無灯火で走って切符を切られるヒーローを想像する。 ……拓海は痛む体でバイクを押して帰った。
それから三日後、拓海は普段よりもバイクを速く走らせていた。 蛇と戦った日、バイクの破損で美世に文句を言われた。 戦いの後に歩き通しとなった上、帰り道に何度もナンパされて気が立っていた拓海はついつい強く言い返し、そのまま喧嘩になった。
喧嘩のことを思い出すと湧き上がる腹立たしさと、まだ仲直りができていないことのモヤモヤした感情が、バイクの速度を上げさせる。 見えてきたカースは割かし小さかった。人と同程度といったところか。 まあ、大きくとも小さくともやることは変わらない。
いつもより強烈なキックが、いつもより軽いカースを吹き飛ばし、着地を決めて名乗りを上げようというところで、カミカゼの目にはそれが映った。 水平に飛んでいくカースの向かう先、交差点から人が飛び出し、ぶつかり、巻き込んで転がり、そのまま爆発した。
??「ナナちゃーん!?」
マスクの下で、拓海の顔面にはだくだくと汗が流れた。
時間を少々遡る。
菜々「今回も付近に居るアイドルヒーローはナナ達だけです!」
夕美「最近こういうケース多くない?」
菜々「それはまあ、皆さん各所に散らばってますから。アイドルの仕事が多いのはいいことなんですけどね……あ! 反応が急激に移動します! 逃がしませんよ!」
言うが早いか菜々は交差点へと躍り出た。ウサミン星の問題を先延ばしにしていることへの罪悪感故か、最近の菜々はヒーロー活動に今まで以上に積極的な感がある。
夕美「ナナちゃん、急に飛び出すとあぶな……」
夕美の忠告は間に合わず、飛んできたカースが菜々に激突した。
菜々「へぶっ!?」
ごろごろと、カースと共に転がっていく菜々。 夕美から十分に離れた位置で、それは唐突に爆発した。
夕美「ナナちゃーん!?」
悲鳴を上げて菜々の元へと駆け寄る。 幸い菜々に目立った外傷は無かったが、目を回して「ウサミン星が見える……」としきりに呟いている。 夕美がカースの飛んできた方を確認しようと振り返ると、そこにはすぐそばまでやってきて変身を解き土下座している拓海の姿があった。
とあるビルの一室、椅子に座る拓海の向かいにはスーツの男が一人。
男「えーと、カミカゼ改め向井拓海さん、はじめまして。僕はアイドルヒーロー同盟でプロデューサーとしてアイドル活動のサポートをしている者です」
名刺を差し出す。
男「早速本題に入らせて貰いますけどね、今回貴方のやったことで菜々に怪我は無かったものの、大事をとって検査入院ということになってしまいました。 カースとの戦闘も撮れず、仕事の予定もキャンセルすることになって、結構な損失が出ています。貴方にその損失を埋めるだけの賠償はできますか?」
拓海「いや……無理だ」
男「でしょうね、正直言うと支払い能力は初めから期待していませんでした。 かといって損失を埋めなくていいというわけでもありません、ではどうすればいいか分かりますか?」
拓海「……臓器売るとか、風呂に沈めるとか」
男「まさか、今時ヤクザだってそんなことはそうそうしませんよ」
拓海「じゃあどうしろってんだよ」
男「アイドルをやってみませんか?」
拓海「は? ……アタシがか?」
男「他に誰が居るというのですか。在野の人気ヒーローがうちでアイドルになってくれれば、補填なんてすぐに終わるでしょうね。 あ、一応断ることもできますけど、その場合法廷で争うことになりますよ。 今すぐに決めろとは言いませんが、決心がついたら名刺の連絡先に一報下さい」
用件を告げ終わると、拓海は早々に返された。どうすべきか考えつつ歩いて行くと、いつの間にか美世のガレージに辿り着く。 僅かばかり迷った後に足を踏み入れると、美世はいつも通り作業中だった。 そういえば喧嘩の最中だったことを思い出し、美世に背を向けて座る。
拓海「……なあ、美世」
美世「……なに?」
美世の手が止まる。
拓海「その、なんだ。こないだは悪かった、気が立っててよ、つい強く言い過ぎちまった」
美世「ありゃ、今回は随分折れるのが早かったね。やっぱやらかしちゃって凹んでるの?」
拓海「おま、知ってんのかよ!?」
座ったまま振り返ろうとした拓海を、美世が後ろから抱き締める。
美世「そりゃ、誰かさんがいつもより飛ばしてたのは、あたしとの喧嘩が原因だったみたいだしね」
ぐりぐりと、拓海の頬を人差し指で捏ねながら言う。
美世「それに、拓海があそこに所属するなら当然スーツのこととか聞かれるでしょ? あっちはもう調べてたらしくてさ、あたしのとこにも話がきたよ」
拓海「お前もアイドルにってか!? やらかしたのはアタシだけだろ、美世に責任は……」
美世「あーるーでーしょー? 喧嘩の原因はあたしにもあったんだから」
拓海「でも、お前は今の仕事が……」
美世「なに、全部一人で抱えちゃう気? 相棒だと思ってたのあたしだけ? ちょっとくらい頼ってよ」
拓海「……わりぃ、あと、ありがと」
美世「じゃ、決まったことだし早速連絡入れよっか」
こうして、アイドルヒーロー向井拓海とメカニックアイドル原田美世が誕生することとなった。
了
――次回予告――
美世「アイドルになることが決まった拓海とあたしは、慣れないレッスン毎日クタクタ。 でも、疲れ果てた状態でも分かるくらい露骨に夕美ちゃんに避けられてる。 やっぱり菜々ちゃんの件で嫌われてるのかな?
次回の特攻戦士カミカゼは、 『先輩、後輩』です! 覚悟、完了!」
――この番組は、株式会社DeNAとアイドルヒーロー同盟、ゴランノスポンサーの提供でお送りしました――
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