古城が小さく息を呑む。〝魔族特区〟の住人である以上、もちろん古城も錬金術師の存在は
知っている。万物の組成を操り、黄金を生み出す者。神の技を暴き、生命の謎を解き明かそう
とする永遠の探究者──彼は最初から、自らの正体を古城に明かしていたのだ。
(中略)
「ひと括りに錬金術師といっても様々な階梯の術者が存在しますが、究極的には、錬金術の目
的は人間の限界を超えて〝神〟に近づくことです」
物質変成。
大いなる錬金術の秘技を識る天塚は、ただ触れるだけで生物を金属へと変える。強力な対呪
術装備に護られた特区警備隊の隊員とて、その例外ではない。
男の右腕は、手首から先が失われている。雪菜が切断した黒銀の刃は、液体金属と融合した
彼の肉体の一部だったのだ。
(中略)
彼の足元には切断された街灯の支柱が転がっている。長さ三、四メートルあまりの鉄柱だ。
重量もかなりのものだろう。男の右腕が触れた瞬間、その鉄柱が飴のように融け崩れた。
融解した鉄柱の表面が、濁った鮮血のような黒銀色に変わって行く。
地方 | 錬金術の内容 |
古代ギリシア | アリストテレスの質料・形相論による黄金錬成理論の発達。 宝石の作成方法101種類(『ライデン・パピルス』) 宝石の作成方法73種類、金属変性法7種類、着色法70種類(『ストックホルム・パピルス』) |
西ヨーロッパ | チェスターのロバート による『Morienus(モリエヌス)』のラテン語に翻訳。 アルベルトゥス・マグヌスのヒ素発見。 トマス・アクイナスやロジャー・ベーコンによる金属生成の実験。 パラケルススの完全物質アルカナ(エリクサー)生成理論の提唱。 パラケルススを祖とした不老長生薬の発見を目的とするイアトロ化学(iatro-chemistry)派の誕生。 |
東洋(主にインドと中国) | 中国の『抱朴子』などによると、「煉丹術(錬丹術)」と呼ばれる化学的手法の発達。 辰砂などから冶金術的に不老不死の薬・「仙丹(せんたん)」を精錬するための原料として金を創造。 |