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『Secret Treaty』


 『世界格闘大会』主催者。
 その肩書を持つ者は、役職とは裏腹に大会運営そのものについて多くの働きをしている訳ではなかった。勿論、TVを始めとした各種メディア媒体は彼を中心人物として取り上げていたし、広報活動という意味では彼の働きは勤勉と言えただろう。だが、それはあくまでもオリンピック開催都市の首長が果たす役割と同じ程度。実際に大会運営を取り仕切り、実務を担っていたのは一九六五(にのまえ・くろこ)という彼の部下だった。
 部下、と言ってもその関係性は薄い。大会を開催するにあたって上から宛てがわれた人材であり、その氏素性について彼には何も知らされなかった。
 それでも、さしたる問題はなかった。彼女は優秀であり、判断も手腕も確かなもの。彼がすべき事と言えば定期的に上がってくる報告を受け、形式的な決裁印を押す事くらいだった。
 決して彼が無能という訳ではない。彼とて世界屈指のイベント主催者という表看板を不足なく務められるに足る充分な人材である。業務は単純に思えてもその一つ一つが持つ意味は重大で、世間の注目度を思えばそのプレッシャーは計り知れない。
 そして何より、この職務はかの”フィクサー”からの直接の指示だった。自分の政治的実力、社会的身分からすれば雲の上どころではない相手からのお達しとあらば受けざるを得ない。いや、断れる筈もなかった。
 それに、上手く事を終わらせられれば中央政界への進出を目論む彼にとってこの上ない実績となる。野心と重圧の二つを抱きながら、彼は粛々と大会進行を見守っていた。
 ”転校生”と呼ばれる乱入者が現れる事も、事前に知らされていた。それに関して彼のすべき事はたった一つ。事態の推移を見守り、実働部隊がその乱入者たちを捕獲するのを待って上に報告するだけ。
その筈だった。

 大会最終日、最後の仕事として事務局の執務室で最終報告を待っていた彼の前に現れたのは見知った顔ではなかった。
 「こんばんは。少しだけお邪魔するよ」
 不審者は眼鏡の少女の姿をしていた。
 「あぁ、呼んでも誰も来ないよ。月並みな表現だけれど、警備の人には少しの間眠ってもらっているからね」
 それなりの人員を警備に回してはいたが、所詮それなりでしかない。軍の施設や政治拠点でもない大会運営事務局など、実力ある魔人ならば潜り込む事に然程の労苦を必要としないだろう。大会当初は警戒していたテロリズムにしても、最終日ともなれば示威行為としては成り立たない、という気の緩みもあったのだろう。
 「何者…………いや、何が望みだ?」
 大会主催者はやや強気に自ら話を切り出した。政情不安の国でもなければ時代でもなく、物盗りや暴漢にも見えない相手の目的が自分の命などではないだろう、と踏んでの事だ。そもそも自分をどうにかしたところで何がどうなるという事もない、と彼は己の分を弁えていた。それは自虐ではなく冷静な自己分析。
 「言うまでもないとは思うけれど、君の身に危害を加えようとかそういうつもりは一切ないので、そこは安心して欲しい」
 彼の推察を裏付けるような少女の言葉。不遜であり何の保障もない言葉だったが兎にも角にも信用した事にしなければ話は進まない。彼は黙って頷くと、先を促した。
 「あまり時間を掛けても仕方が無いから、簡潔に行こう。ぼくからの通告は一つ、君たちがこの大会の裏で目論んでいた”転校生”の確保だが、これはぼくたち家族の方で邪魔させてもらった。…………あぁ、他にも別の目的で動いていた子も結果的に協力する形になったけれど、ともかく君のもとに報告が届く事はない」
 何となく、そんな予感はしていた。いつだって悪い知らせは隠匿され、明らかになる頃には手遅れになっているものだ。嘆息する彼の内心を知ってか知らずか、眼鏡の少女はなおも続ける。
 「もう一つ。こちらは通告ではなく”お願い”だ。今回の件を含め、今後一切僕たち家族と”転校生”への手出しは諦めて貰いたい。彼女たちも将来、ひょっとすると家族になるかもしれないからね」
 「…………そんな脅迫に屈すると思うのか?」
 彼自身は何の武力も能力もない、単なる常人に過ぎない。だからこそ恐怖に屈する。但しそれは眼前の少女に対してではなく、彼にこの職務を命じた存在に対してだった。その意思に反した行動を取る事など、不可能だった。
 「おっと、勘違いさせてしまったね。これはあくまでも交渉であって脅迫じゃない。そこまで身の程知らずではないよ。君に頼みたいのは仲介役…………いや、伝言役、かな? 流石にこちらから直接接触するのはガードが固すぎて無理そうだからね」
 恐らくは彼の背後に居る存在に向けて。決定権が彼にない事など、最初からお見通しだったらしい。
 「交渉と言うからには、そちらから出せるものがあるのだろう? 言ってみろ」
 せめてもの威厳と矜持を言葉に乗せ、主催者は要求を突きつけた。事態は彼の手を離れつつあり、それゆえに開き直りの心境だった。
 その言葉に眼鏡の少女は満足したように微笑むと、静かに告げた。
 「ぼくはある組織に関する情報と、彼らが追う事物の重要な情報を幾つか掴んでいる。それらを全て提供すると言えば、きっと君の上も興味を示す筈だ」
 その判断は彼には出来ないにしても、聞く必要があった。”フィクサー”が甚くご執心のこのプロジェクトを放棄してまでも代用となり得るその情報とやらに、勿体ぶるだけの価値があるのかどうかを。その組織の名を。
 「…………テトラグラストン。そう伝えれば分かる筈だ」

 幻想魔眼結社テトラグラストン。日本の黒幕をして、”転校生”部隊研究よりも優先を決意させうる存在を、世界はまだ知らない──────────。


            『Secret Treaty』及び『幻想魔眼結社テトラグラストン第四話 密約』 <了>