※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

地上最強のファックユー


 我が愛娘・緒子は幼い頃から負けず嫌いな子供だった。妻に似たのか聡明な子だったけれど、良くも悪くも目立ちたがりな彼女は周囲の子供たちから反感を買うこともあったようで、同級生の男の子と喧嘩になったと小学校の先生から電話を貰った時には驚くと同時にどこか納得するところもあった。

「だって、馬鹿にされたんですもの。この髪を……ファックですわ」

 瞳に涙を溜めた緒子は砂糖菓子みたいにふわふわな自慢の髪を触りながらそんなことを言う。親の僕が言うのもなんだが、いかにもお嬢様然とした口調の中で「ファック」という言葉は異彩を放っていた。以前一緒に見た洋画の主人公の口癖だった。
子供が見るにはあまり相応しくない作品だったけれど、しかし終盤、満身創痍で無数の銃口を向けられながら、敵のリーダーに向かって中指を立て、そう吠える主人公の姿は緒子の心を捉えたようだった。

 その少し後緒子は武術を習い始め、蹴りで木製バットを折れるようになり、青竹を折れるようになり、金属バットを、木を、と成長と共に技の威力は上がっていったようだけれど、彼女の根本的な性格は変わらなかった。
 武術の先生に喧嘩で使ってはいけないと言われたらしく手が、いや足が出ることは無くなったけれど、理不尽さや横暴に出会った時の彼女の態度はいつも同じ。手段が力から言葉に代わっても、真っ直ぐに意思をぶつけるその姿勢は。そして「ファックですわよ」という些か品の無い決め台詞と、中指を立てるサインも。

「胸を張って、背筋をピンと伸ばして立つように、伸ばした中指は折れない心を表していますの。相手が誰だって、私は気高さを忘れずに戦います」

 あのサインの本当の意味を知らない(出来れば一生知らないで欲しい)緒子がそう語るのを聞きながら、僕は実際に彼女が中指を立てて叫ぶ場面を見たことが無いのを少しだけ残念に思った。やって見せてくれないかと頼んでも、目立ちたがり屋の割に恥ずかしがり屋な彼女は「お父様の前でそんなはしたないこと出来ませんわ」と言う。世の同年代の少女のように反抗期を迎えたら、彼女も僕に中指を立てる時が来るのだろうか。そうなったら、ちょっと立ち直れなくなりそうではある。


 娘が「ファック」と叫ぶ場面を見たいという僕のおかしな願望が叶うのは親子喧嘩などでなく、世界格闘大会でのことだった。メイドが録ってくれていた配信映像の再生が始まる。最も目立てるであろう場所に陣取った緒子の前に現れたるは、恐らくどの選手も最も戦いたくない相手――転校生。
たおやかな体を真っ直ぐに伸ばし、凛とした表情で相手を見つめ、中指は天を衝く。

「ファックですわよ!」

 あどけなさを残す少女だというのにその「転校生」は恐ろしく強かった。手を上げたことも無い娘が画面の向こうで敵の技に傷ついてゆく。力の差を考えれば緒子は大層善戦したのだが、それでも最後には力つきて倒れる。だというのに、恐らく意識も朦朧としたままで、緒子は自分を見下ろす転校生に対してまた中指を立てて見せたのだ。

 その後も、彼女は変わらなかった。転校生討伐隊を迎え撃ち、多勢を相手に2人までを倒したが3人目に敗れたときも。敵の必殺ビーム(格闘大会なのに)に撃ち抜かれた時も、その心が、中指が折れることは無かった。

「3位か……頑張っているじゃないか。君ならきっと優勝できるよ」

「もちろん、優勝するつもりですわ。油断は禁物ですけれど」

 4日目の昼下がり、オフだった僕は緒子とのティータイムを楽しんでいた。今日も、明日も、彼女は戦場へと旅立つのだ。そのたおやかな脚を鞭の如くに撓らせて。白い柔肌に傷を負って。

「お嬢様、出発のお時間が近づいております」

 執事の言葉は平穏の終わりを告げる。紅茶の表面にさざ波が立ち、やがて収まった。

「ええ、ありがとう。
 では行って参りますお父様」

 緒子はティーカップに残った紅茶を飲み干すと立ち上がった。

「頑張っておいで。今日はちゃんとリアルタイムで応援しているよ」

 僕の言葉にこくりとうなずいて、彼女は背を向け歩き出す。フリルに飾られたワンピースの裾を翻して、砂糖菓子のように柔らかな髪をかきあげて。その凛とした立ち姿は、遠ざかる背中は、真っ直ぐに立てられた中指に似ていた――。