潰えた希望
大会が始まるちょっと前のこと。
天王星ちゃんは今日は少し遠い場所まで行こうと考えていた。
◇◇◇
「どこいこうかなー」
どこへ行くとしても遠くへ行くのならそれなりの準備はいるだろう。
そう思い、最寄りのコンビニの中へと入っていく。
「~~♪」
まずは飲み物だ。
徒歩とはいえ、ある程度の距離を歩くのならやはり水分補給は大事だろう。
入り口からすぐ曲がって雑誌のコーナーを横切り奥のドリンクコーナーにたどり着く。
「炭酸ジュースとかもいいけど、水分補給という面で考えるならスポーツドリンクがいいのかなー?」
といいつつも、炭酸飲料が陳列されてる場所も眺めるように見ていく。
ミーハーなので、ジュースの新品があったりしたら誘惑に駆られて買ってしまうだろう。
しかし特に興味をそそるような物は見つからず、お茶や水が並んでいる場所まで視線は向かう。
「あれ…? あれあれ…? これ!」
そこで、思いも寄らないものを見つける。
「やさすいだ! やったー!! やさすいが復活したんだ!!」
やさすい。
それは浸透圧を利用した技術により、水とほとんど変わらないスッキリとした後味を生み出すことに成功した神秘の飲料である。
しかし味が薄い、虚無感を感じる、などの世論の波に押されて陳列棚から姿は消してしまい、幻の逸品となってしまったのだ。
天王星ちゃんは甘い飲料として美味しくも、後味が水の様な自然さを醸し出すという二度楽しめるこの飲み物を毎日飲むくらい気に入っていた。
店で見かけなくなった時は凄いショックだった。
――――そのやさすいが、今目の前にある!
「おー? しかも従来の桃みかん味に加えて、新しくゆずレモンが? やったやった! これからはやさすいの時代だ!これは「い○はす」を超えるよ絶対! ざまぁみやがれ!……っとゴホン!」
嬉しさのあまり汚い言葉が出てしまった。
落ち着こう。落ち着こう。決して手持ちが多いとは言えない財布だが、昼飯と合わせて飲み物を二つ買う位の余裕はある。
やさすいは逃げない! ……今まで店から無くなってたけどね!
「まぁ順当に、ゆずレモンと桃みかん1つずつかなぁ。桃みかんは普通に美味しかったけど、ゆずレモンがハズレって可能性もあるからね!」
上機嫌でペットボトルを二つ手に持ち、ついでにおにぎりを持って会計に向かう。
今日の散歩は楽しくなりそうだ。
◇◇◇
「目的地に着くまでガマンガマン……いや、中間地点までガマンにしようかな……いや、やっぱりあの看板のところまで……」
やさすいを飲むのは楽しみにとっていこうと思っていたのだが、どんどん我慢する目標が近くなっていく。我ながら我慢のできない惑星だ、とは思う。
「ええーい! 我慢なんて無理無理! この場で飲んじゃうもんね―!」
歩道の少し広くなっているスペースにあるベンチに腰を下ろし、新発売のゆずレモン味を口にする。
果たしてその味は――。
「…………」
絶句である。
何も言葉が出ない。
一度パッケージを確認する。間違いない。やさすい、と書いてある。
しかし。
「こ、こんなのやさすいじゃない……」
やさすいとは思えない程、味が濃い。後味も甘さが残る。
「あと味すっきりのやさしい水分」というコンセプトは一体なんだったのか
だが、やさすいが陳列棚から消えるという絶望を味わったのだ。これくらいはまだ耐えられる。
「これは新商品だから、たまたま開発した人がコンセプト間違っちゃっただけなんだよね! そう、ゆずレモン味だけがこんな濃くなっちゃっただけなんだ……きっと……」
ゆずレモン味のキャップを閉め、袋から桃みかん味を取り出す。
従来通りの味なら! 桃みかん味なら私の期待に応えてくれる!
パッケージに「味わいを濃くしました」という、とっっっても不吉な文言が見えたが気のせいだろう。ほーんのちょっとだけ味をプラスしただけなんだろう、きっと。
ごくり
一口飲む。
「…………」
水分を摂取したはずなのに、口の中が乾いているかのように感じる。
「……あぁ、あの優しかったやさすいはこの世から消えちゃったんだね。」
絶望が覆い尽くす。
この味の濃さ、もはや従来の桃みかん味ではない。
恐らく「味が薄い」いう世論に押されての変更なのだろう。
世界が憎い。売上を気にして旧やさすいを入荷しなくなかったコンビニが憎い。世論を気にして味を濃くしてしまった商品開発が憎い。
――世間に迎合して、コンセプトを無為にして、何が商品開発だ!!!
そんなことを叫ぶ気力すら沸かない。
虚無だ。
旧やさすいを気に入っていた私に対して、手のひらを返すように虚無を与えてきた。
一度落としてから持ち上げ、再度落とす。
なるほど、やさすい開発に携わっている人は効率的な絶望を与える手段を講じてきたようだ。
――少数派は死すべし。
まるでそんなことを謳うように。
「…………帰ろう」
何の気力もでない。
今日はひたすら不貞寝しよう。
ただそれだけを考えて、天王星ちゃんはトボトボと帰り始めた。
手に持つビニール袋が擦れる音だけが、虚しく響いてた。
【END】
最終更新:2013年11月13日 03:22