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Dear my senior


「世界格闘大会で先輩を見かけた?」

TV局前での試合を終えた数胴兵香は予約していたホテルの一室で休息していた。
試合時に着ていた巫女服はクリムゾンロータスとの戦闘で破れたため、今は用意していた私服に着替えている。
彼女の前に備え付けられたテーブルの上には淹れられたばかりの暖かい紅茶。
ホテルには試合を見たファンからいくつかのプレゼントが届けられており、それに気をよくした操女はもう夜にもかかわらずプロモーションビデオを作ると言って、兵香が止めるのを無視してどこかへ行ってしまったのだ。
そのため現在は譲と二人きりである。
なお、操女の行動に関しては既に嫌な予感がひしひしとしているが今は積極的に目を逸らそうと思う。

「だって、先輩はこの大会の参加者じゃないだろう?」

讓の言葉を受けて、兵香が言った。
参加者のリストに彼女の名前はなかった。あれば兵香が見逃すはずがない。

「そ、そうなんですけど…でも、あれはそうだと思うんですよね…」
讓は少し自信がなさげに言う。

「どこで見たんだ」
「実際に見てもらったほうが早いと思うですので」
そう言うと作業用に持ち歩いてたノートパソコンを兵香の前の机に置く。
「これです」
讓がボタンをクリックすると画面に映し出されたのは公園での試合映像。公式のものか非公式のものかはわからないが大会の動画なのだろう。
そこで相対しているのは対戦相手を探していたパンツスーツの女性とその前に乱入してきた道着姿の少女。

眼鏡にパンツスーツの女性は大会参加者の財前倉持。
『ケジメ・マネジメント』の若き女社長であり自社の資産を自在に運用することができるビル等を武器にして戦闘する。
会社の資産を自在に扱うことができるってそういうことじゃないだろと思わないでもないがそこは今はどうでもいい。

問題は道着姿の少女だ。日本人形を思わせる艶やかな長い黒髪は道着とよく調和している。眼鏡越しの眼差しからは彼女の持つ知性と強い意志を感じさせるだろう。
見るものに、これぞ大和撫子といった印象を与える美しい少女。
それは確かに兵香のよく見知った顔であった。

思考しているあいだも動画は進んでいき、戦闘が開始される。
財前が近くにあったビルを掴むとそのまま少女の方に放り投げた。
道着の少女がそのビルの下敷きになる。

「決まったぁ~!財前さんのビル投げだぁ!あれでライバル企業の社長数人を病院送りにしたのは経済界では有名な話よぉ!」
「財前さんに挑んだのが運の尽きっ!あの娘が何者であろうともあの攻撃を受けてはひとたまりもあるまいっ!」

目の前で繰り広げられる光景に興奮するギャラリー達。
常識的に考えてビルに押し潰されて無事な人間はいない。
運良く助かったとしても戦闘など続行できるはずがない。
そう常識的に考えて。

だが、その常識を打ち破るのが兵香の敬愛する先輩である彼女であり、その術が彼女の身につけた合気道であり護身術なのだ。
その証拠に画面に映し出された倒壊したビルの瓦礫の中に




――――道着姿の少女が立っていた。





最大の武器を失った財前に最早抵抗の術はない。その後画面に映し出されたのは一方的な蹂躙の光景。
なすすべなく少女に戦闘不能になるまで投げ飛ばされ続ける財前。
そして財前が痙攣して動かなくなると、頭を抑えながら少女は立ち去っていった。

「はっ、はははっ、無茶苦茶だよ」
言葉とは裏腹に嬉しそうな表情で笑う兵香。
ビルを投げる人間に勝負をするなんてとんでもないことをしてくれる。
どう考えても無謀な行動だ。ましてそれを正面から受けて勝つなんて。

「でも、あの人らしいな」
別に兵香が彼女を尊敬しているのは彼女が兵香を倒したからというだけではない。
いつか新潟のようなところにだどり着いていた時も、ドイツで暗殺者の少女に襲われた時も彼女は切り抜けてきた。
運命に抗う強い意志で。
だから兵香は彼女のことが好きなのだ。

「決めた。ボクは明日公園に行く。ゆず、操女にもそう伝えてくれ」
「は、はい!」
またいつものように何か事件に巻き込まれているのだろうか。
もしかするとそれは自分の目的にも役に立つのかもしれない。
もちろん無駄足かもしれない。もうすでに一日経っているのだ、いない可能性の方が高い。
だが、何かヒントぐらいはあるだろう。

そして兵香は椅子から立ち上がると、明日に備えて眠ることにした。