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シーン0:忘却の紅い海

  • シーンプレイヤー:なし(マスターシーン)

──凪いだ水面に足を浸して、少女は立ち尽くしていた。
周囲は暗く、数メートル先も満足に見渡せない。

──ここは、どこだろう?
訝る少女の足元から、突如、紅が噴き上がる。

「──!」

紅いそれは、激しくうねるような炎だった。
自らを取り巻くように広がる炎。
竦むように身を縮める少女。

──その眼前に、紅い紅い、影がさす。
炎の紅よりなお紅いそれは、少女を誘うように振り返って──

シーン1:紗からの依頼


週末の夜、「やせいのおうこく」の拠点では七海と紗が過ごしていた。
元々学生世代で構成された当組織。夕方までは多くいたメンバーも既に帰途についており、20時もとうに回った拠点は現在二人だけである。
紗は文庫本を読んでいた。中は小説の様であった──が、本人はどこか遠くを見るような視線でそれを眺めており、
かつ、いつまで経ってもページが捲られない事に七海は気付く。

諸業務を終えた七海は拠点を閉める事を紗に伝えると、我に返ったかのように小説を鞄に仕舞い込む。
本読むとか珍しいね、といつも通り変化球を投げる七海。
思案に熱中していた紗は皆が帰った事にも、夜も良い時間に差し掛かってきた事にも気付いていなかった。
改まった様子で七海に何事かを頼もうとする紗。夜通しでもつきあえるよ、と冗談めかして言う七海。
詳しく話を聞いてみると、七海も小耳に挟んでいた、正体不明の存在の討伐、だった。
天月市郊外で少数の目撃例があるそれは、血を塗り固めたような獣のような風采の、恐らくはジャームと目される存在であり、
七海も早急な調査が必要としていた案件だったため、了承した、のだが。

紗「ありがとー! そしたらさ、さっそく出掛けよっか。今ならまだ林間線も動いてるしさ」
七海「……え、これから行くの? いや、急いだ方がいい、とは言ったけどさ」
紗「うん。夜通し付き合っても大丈夫なんでしょ?」
七海「やれやれ、一本取られたわ。ただ、危ないと思ったら一旦引くのは了承してね。慢心禁物!」
紗「危ないことなんてないって、だいじょーぶ。あたしがななみんをちゃーんと守るからねぇ」
紗「それにさー、日中とかだと他のみんなに内緒で出掛けるのも難しいしねー」
七海「ん……? 内緒でってどういうこと?」

少々言葉を濁し始める紗だったが、どうやら皆には知られたくない事情めいたものがあるらしい。
その辺りは道すがら聞く事にした七海は戸締りをし、拠点を後にするのだった。

シーン2:追憶の紅い海

  • シーンプレイヤー:なし(マスターシーン)

──街は、燃え盛る炎に包まれていた。
逃げ惑う人々の悲鳴と怒号があふれかえる中、紗はわき目もふらず路地を駆けていた。

所属するサッカーチームの練習中に、住宅街での大火災の報を受け、紗は急ぎ自宅へと向かっている。
家族の安否が気遣われる。母は無事だろうか? 兄は?
逸る思いは紗の心の余裕を容易く奪い去る。

──ゆえに。
彼女が、突如自分に向かって突進してきた存在に気付かなかったとしても、それは、仕方のない事だった。

滲む視界の隅に映ったものは異形。ソレはSFの地球外生命体、もしくは人体実験のなれの果てのような。
頭も胴も腕も足もある──いや「のようなものもある」だろうか?

眼球の抜け落ちた眼窩には、代わりに暗い光が宿っていた。腕や足は肉が露出したかのような醜悪な外観をしている。
そして何より、胴体からは動物の牙のような鋭利なものが、無数に生えていた。
異形の存在は紗の目の前で立ち止まると、生々しい醜悪な色をした触手めいた腕を、鋭利な刃のように変じる。

紗にはわかった。
──ああ、このイキモノは自分を殺すつもりなんだろう、と。

ひたひたと足音がして、異形が紗の身体の上に乗りかかる。
額を目掛けて、牙のような爪のような刃のような何かが、一直線に振り下ろされる。
本来ならば、それは自分の眉間を貫いて、頭蓋を割り、脳をぐちゃぐちゃに潰すはずだった。
けれど──

シーン3:深紅の獣のもとへ


七海と紗の二人は、天月市林間線下り方面の電車に揺られていた。
既に夜も良い時間であり、十宮駅を超えた所で乗客の大半は殆ど姿を消している。
紗は何やら物思いに耽りつつ、ぼんやりと車窓を流れる景色を眺めていた。
丘陵線になるこの辺りは少数の電灯と家屋らしいものが遠巻きに流れていくだけであった。
無言に耐え切れなくなった七海は、紗に声を掛けた。
昔の事を思い出していたとの事で、その言葉に七海も触発され遠い目をする。

嘗ての大規模覚醒事件で、紗は兄を失った。その時にあった出来事──それを思い出したのだと言う。
その事件で特に大きなものを喪ってない七海は実に微妙な表情でそれを聞いていた。

紗「お兄ちゃんは……あたしを守ってくれたんだ。だから、今度はあたしが、お兄ちゃんを助けてあげなきゃいけないって思って」

ここで情報収集判定があり、隠し判定まで恙なく成功する。
それによれば、問題の獣は嘗ての大規模覚醒事件の際にも目撃例があった。
また、深紅の獣は積極的に人々を襲う事はなかったが、しかし、「他者を襲う存在」に対しては強い敵意を示し、敵対行動を行っていたらしい。

七海「……そっか。それはきっと正しい事なんだと思うよ」
紗「どうなんだろー。お兄ちゃんがそれを望んでるかどうか、あたしにはわかんないから」
七海「あたしの想像があってるかどうかはわかんないけど、それを確かめるのは……難しそうだね」
紗「そうだね。だから、もしかしたらこれはあたしの個人的なわがままかもしんない。それでもななみんは、付き合ってくれる?」
七海「ここまで連れてきといて何いってんの。それに──そのまま放っておいた方が、多分、紗ちゃんが後悔するんじゃない?」
紗「……そうだね。そうかもしんない」 軽く笑って紗は、七海の方に向き直ります。
七海「このまま放っておいても、支部が嗅ぎ付けるのは時間の問題になりそうだし……」
紗「まあねー……。もしかしたらそれはそれでいいのかも、とは思ったりはするんだけどね」
七海「なら、紗ちゃんの我侭だとしても、自分の思った通りに行動した方が、あたしは後悔は少ないと思ってるよ」
紗「……ん、ありがと、ななみん。 そしたらさ」

ちょっとだけ聞いてくれるかな。紗がそう言うと『その時にあった出来事』を語り始める。

シーン4:永訣の紅い海

  • シーンプレイヤー:なし(マスターシーン)

鼻先に刃が迫った次の瞬間、異形は何者かに引き倒されるようにして紗の身体から離れた。

「紗、逃げろ!」

……声が聴こえた瞬間、紗は体の痛みも、骨が砕けている事も忘れて、弾かれたように起き上がる。
起き上がるなり、紗は声を限りに叫んだ。

「お兄ちゃん!」

……視線の先には、兄が、東雲・紋がいた。
──異形の刃に、胸を貫かれて。

「──! お兄ちゃん!!」

ふたたび、叫ぶ。
だらりと下がった兄の腕が、ぴくりと動く。次の瞬間、彼の身体が変異しはじめた。
ずるりと刃が抜けた、その傷口からあふれ出す血が、彼の腕を覆い、凡そ人間のそれと思えぬさまに肥大し、紅い刃を纏う。
閃いた紅い刃は、余りにも呆気なく異形の首を刎ね飛ばした。
ごろりと墜ちた首は、先に紗の身体がそうであったように、アスファルトの上を跳ね、少し離れた地面に落ちる。
そのまま、異形の身体は砂のように崩れ、やがて、跡形もなく消え去っていく。

「紗、ごめんな。兄ちゃん、行かなきゃ」

未だ人間の面影を残した左腕で、紋は紗の頭を撫でる。
不器用に笑った兄の身体は、際限なく胸の傷から溢れ出す赤い血に半ば覆われつつあった。

そのまま自らの傍を離れていく兄を、紗は追いかけられなかった。
兄の身に何が起ったのかを、本能的に理解していたからだった。

──自分が持ち堪えた一線を、兄は超えてしまったのだということを。

頬を伝う涙をぬぐう事もなく、紗は遠ざかる兄の背を見詰め続ける。
背を向けて去っていく兄は、次第に人の形を失い、最後には真っ赤な獣の姿となって、紗の視界から消えた。

シーン5:交錯する紅と、赤


──話を終えた紗は緩く息を吐いて、苦笑を浮かべる。
普段の図太さを自覚していた紗は、自嘲気味にショックだったのかなあと七海に問う。
それに対し七海は、この世界は何もない人の方が珍しいくらいだから、そこは気にしなくていい。
大事なもの失ってショック受けない人なんてそう多くはないはずだ、と言う様な意味の事を述べる。

紗「……ん。ありがと、ななみん」
七海「構わないよ。あたしはそういう人を助けたいな、って思って、こんな組織やってる訳だしね。そういう意味では寧ろ、お礼を言うのはこっちかもしんないね」
紗「ふふ。なんか、厄介事持ち込んだのに、お礼を言われるって変な感じ」
七海「いやー。やっぱ言ってくんないと解んない事も多いじゃん? で、そういうのってなかなか言い辛い事だったりするしね」
七海「だから『言ってくれてありがとう』になるんだよ」

この後、千秋辺りも何か抱えてそうな事、死生観的な話題などを少し話した後、電車は目的地である『月岡』駅へ到着する。
二人は下車すると人気のない改札を潜る。すぐに薄暗い山林が姿を現した。

登山道へ入ると、辺りは不気味なくらいに静まり返っていた。
前を歩いていた紗は、ふとその場に立ち止まり、前方を指さしながら七海に声を落として伝える。
そこには、薄暗い夜の森でも解る程に紅い、一つの影があった。
真紅の血が豹か虎か、と言ったしなやかな体躯の猛獣を形作り──二人の方をじっと見ている。

二人は合図を送り合うと、紅き獣と対峙する。

紗「……お兄ちゃん。会いにきたよ。あたしのこと、覚え──てないとは思うけど」

当然のように返答はなく、紗は少しだけ痛ましげに目を伏せますが、やがて意を決したように獣へと近づく。
一歩、二歩。──そうして、紗が手の届くほどの位置まで辿り着いても、獣は動く様子を見せない。
紗はもう一度呼びかける。──すると、獣は弾かれたように後方へ飛び退き、紗と距離を取る。
威嚇するように低く唸り、獣は紗と七海を睨みつけた。

紗「……ななみん、ごめんね。やっぱりね、これは、あたしの我侭かも」
七海「我侭でもいいと思うよ。紗ちゃんの気が済むかどうかの方が大事。だから、紗ちゃんの思う様に行動してほしいんだ」
紗「そっか。……うん、そうだね……だったら、ごめん、ななみん。支えてもらっていいかな。あたしが最後まで逃げないで──向き合えるように」
七海「うん、解ったよ。今のあたしにできるのはそれくらいだしね」

そう言いながら七海は水色に輝く魔眼を展開させる。


紗の振り下ろした最後の蹴撃は、吸い込まれるように紋の身体へと打ち込まれ──
“クリムゾンネイバー”東雲・紋は、今度こそその場に膝を折り、倒れ伏す。

シーン6:紅色の永訣


紗「お兄ちゃん……」

紗は、張りつめていたものが切れたかのようにぺたりと座り込むと、ずるずると倒れ伏した獣の方へと近づいて行く。
ぴくりと、獣の前肢がわずかに動くのが、七海には見えた。近くにいる紗には、見えていないようだ。
七海はその様子を見て、紗と同じように獣の方へとゆっくり近づく。
紗の手が触れそうな瞬間、獣は震える前脚でその場に立ち上がると、震える前肢を、そっと紗の前に差し出し──
獣は差し出した前肢を、そっと身を屈めた彼女の額に当てる。ぽん、ぽん、と。

紗「──、お兄、ちゃん?」

慈しむかのように紗の額を軽く撫でた後、真赤な前肢は力なくくたりと垂れ下がり。
──そして、深紅の獣はふたたびその場に崩れ落ち、……もはや、二度と動く事はなかった。
最期の別れを言っていたのではないか、と七海が述べると紗はうつむいたまま、小さく答える。

七海「……紗ちゃん、明日か明後日空いてる?」
紗「? ……うん。空いてるよ?」
七海「拠点のみんなとどこか遊びいきたいなって思ってさ。どう?」

紗は少しだけ考えるように視線を落としてから、振り返って小さく笑う。

紗「おっけーだよ。リクエストが通るなら是非カラオケで。……また詩子の独壇場になりそうだけどね」
七海「あ、あと紗ちゃん……お兄さんの亡骸の件なんだけど、支部に連絡した方がいいよね? ここにほっとくわけにもいかないし……」
紗「? あ、それはいいよ。気にしなくて」

どういう事かと問えば、紗はあたしの能力、忘れてないよね、と言いながら、手の内に小さな紅い炎を宿らせる。
豪快だなあと大分遠い目をする七海に、こういう状況を支部の面子に知られる方が恥ずかしいし、などと取り繕う紗。
そんなこんなで七海は単身、駅で紗の後始末を待つ事となったのであった。

シーン7:Bloody Sacrament

  • シーンプレイヤー:なし(マスターシーン)

骨までも舐め尽くすような紅い炎は、次第にその勢いを衰えさせ、消えていった。
その場に暗闇と静寂が戻ると、紗はまだ熱の燻る、兄であったものが倒れていたその場へとゆっくりと近づく。

ぱしゃり、と靴先が液体を撥ねあげる音。
地面には、まだ紅い血がわだかまっていた。
炎の勢いにも呑まれぬ紅い血、身体が燃え尽きても尚消えない鮮烈な紅。
今ではそれが、兄が確かに生きていた事を示す、唯一の証左だった。

屈み込んでそっと、赤い血だまりに手を浸す。

紗「お兄ちゃん、あたし、頑張るよ」
紗「……もう、こんな風になる人が増えないように」

紗「だから、少しだけ、勇気を分けてね」

浸した手で紅い血をすくい上げ、静かに口元に運び、一思いに飲み干す。

紗「見守っててね……あたし、頑張るから……」

静かに呟くと、紗はその場に立ち上がり、振り返る事なく山を下りて行く。
深い紅が、自分の中で確かに息衝くことを、感じながら──

シーン8:変わらぬ日々の彩


翌日、昼下りに集合した『やせいのおうこく』の面々。いつもの如く、七海を先頭にカラオケボックスに突入する。
急な招集であるにも関わらず、奇跡的に全員が暇していたらしく、一人として欠ける事なく集合した。
概ね一巡し終えると、詩子の独壇場となっていくのも、最早恒例行事である。

七海「うん、いつも通りの流れになってきたね。まああの子レパートリー広すぎるからなあ」

ドリンクバーのコーヒーを啜りながら詩子の歌を聴く。
他のメンバーはと言えば、曜子はサイドダンサーになり、真砂はそれにつき合わされ、良二が面白がって真似をし──
一方、栞はぐったりした様子でついていけなくなりつつある、とこぼしたり。

そんなこんなで詩子は一曲を終える。割り込まないのかと紗に問う七海。
それに対して紗は、詩子にしっとり系の曲をリクエストする。
七海は紗の様子を伺うが──表面上はいつもと同じように見え、それに安心したかのようにまたコーヒーを啜る。
目聡い曜子がそれを見、何かあったのかを問うが紗との約束もあったため、七海は悩めるお年頃なんだ、と曖昧に答えをはぐらかす。

七海「あたし自身の事じゃないから心配しないでね」
曜子「七海の事は心配してないけど、うーん。うん、でも七海がそういうなら、大丈夫なのかな」
栞「それだとまるで七海がどうでもいいみたいに聞こえるよ、曜子ー?」
曜子「ちょっ! 栞、誰もそんな事言ってないでしょー!?」
七海「はっはっは。いやーそれでも別にあたしは構わないけどねー」
詩子「ちょっとー! 折角の珍しい紗せんぱいのリクエストなのに騒がないのー!」

歌そっちのけで盛り上がる面々に、丁度間奏を迎えた詩子がきゃいきゃいとクレームをつける。
それを横目に紗は、いやあこういうのやっぱりいいねえ、とぽつりと呟く。

紗「ありがとななみん。こういう瞬間があるから、あたしたち生きてるし、生きていけるんだなあって思うよ、本当」
七海「今のあたしにできるのは、これくらいしかないからさ。楽しんでくれてるならよかったよ」

こそこそとそんなやり取りをしつつ、ふと千秋の方に目をやると少し様子がおかしい。
七海が声を掛けると、誰かの犠牲の上で生きて居る事をどう思うか、と問われる。
それに対し、難しい質問だが自分であればその後後悔しない生き方をして欲しい、と伝え、更に、他の人にも意見を求めてみてはどうかと助言する。
丁度その時、どうやら曜子が七海の十八番を仕込んだらしくお呼びがかかる。

密やかな打ち上げは、盛り上がりつつ、まだまだ続きそうな勢いを保つのであった。



七海番外編1「紅色の永訣」 完