男の瞳からは、さめざめと雨が流れていた。
陰鬱で、しかし静謐な、侵しがたい雰囲気に満ちた墓標たちの在処。
そのなかでも、男が一際美しいと感じる白い墓石。
刻まれた名前までそっくり再現された、皮肉な偽物。
「ジュリア……ジュリア…………」
思い浮かぶのは美しい歌姫の横顔。
はにかんだように、自分に笑いかけてくれた笑顔。
寝息を立て安らかに上下していた胸。
しなやかに弦を爪弾いた指先。
透き通る金髪。
一つ一つ、男の瞼の裏に焼き付けられた、狂おしい程に愛した思い出。
ジャン!
男はリュートをかき鳴らした。
猛る感情をありったけぶつけてかき鳴らし、嗚咽の代わりに歌声を轟かせた。
「ジュリア!なぜ!君はぁああ僕を残して死んだのか!?」
ジャン!
疑問はとめどなく、とめどなく。
朗々と切々と、愛と哀しみが怨念じみて宿っていく。
「それはそう!あの男だ!あの男が君と僕を……殺したんだぁああ!!!」
ジャン!
歌は続いていく、悲劇の表題だ。
そこにあるのは煮詰めた怒り、沸騰などとうに通り越してしまった空気の炸裂。
「僕と君の楽器欲しさに、あの、あの盗賊崩れのジューアの男は!!!」
ジャン!
クライマックスに至る、臨界点は近い。
最早それは声も音も越えた感情の蒸発、男の、吟遊詩人のそれだけでルミエスト墓所は埋もれてしまった。
「矢を……矢を無情にも……高笑いしながら僕達に打ち続けた!!死んでも、死んでも!!!!」
「君はそれが嫌になって楽器を手放し、首を括った……もう二度と……
もう二度と君の声を聞くことは叶わない!!世界に君は居ない!!」
「だから、僕は今此処でこの世界であいつを殺す!神が与えたもうたチャンス!!死んだって殺してみせゴガァ!?」
アーネストは☆闇を砕く機械弓『善なるダイヤモンド』を誇らしげに構えた。
「相変わらずの不協和音だな」
吟遊詩人、トナーツの全てを否定し全てを無に帰す一矢。
喉元に刺さったそれは呼吸や声を遮り血を濁濁と溢れさせる。
「グゲァ……ギァア!!!!ギァアガァ…………!!」
「喉を潰しても五月蝿いか……フン、その芸で食っていったほうがマシなんじゃないのか?」
短剣を構えた吟遊詩人をせせら笑う銀髪の男。
「ガァーゲェ……グゴォ!!(アーネストォォ!!)」
アーネスト、吟遊詩人トナーツの全てを奪った男。
血を思わせる昏い赤の瞳、それを片方隠す銀髪。
生白い肌まで揃うといっそ怪しい魅力すら感じる。
その腕のなかには死神の機械弓、そして艶やかな弦楽器。
それを食い入るように見つめるトナーツ。
復讐を果たすべき男はすぐ目の前に居た。
神よ、神よ貴方はなんて誠実で悪趣味で空気が読めていないんだ。
常識で言えばこいつと対面するのはもっと後でいいだろう、しかも不意打ちで瀕死にされるなんて。
「貴様まさか、この期に及んで神を信じているのか……?ふふ……くくく、おめでたいやつだ」
がむしゃらに短剣を振り回せど掠りもしない。
当然だった、トナーツは吟遊詩人であり冒険者ではない。
相手は音楽家であり冒険者のピアニスト。
にわか仕込みの攻撃がそもそも、その心の臓どころか肉や肌に届くことがあり得ないのだ。
ラクダが針の穴を通り抜けるより困難な奇跡をトナーツは神に願った。
こんな場所を用意してくれたんだ、もう少し、もう少しでいいから僕に、奇跡を!!!
「神も奇跡も、積まぬものの上には降らぬし」
小指を切った程度、アーネストの血が流れた。
トナーツは更なる奇跡を願う。
「そもそも、神などに依る時点で存在価値は」
そうだ指だ、指を切り刻んでやれ。
僕は喉を、彼女は命を壊された!
こいつの命を、せめて、ピアニストとしての命を壊せ!
「いや、あるか……うん、使い道はあったぞ、喜べ」
くるり。
奇跡は起きる。
「……ギィ、ァァア、ジュ……リ、ァア…………」
「トナーツ」
金の髪を靡かせ、風のなかで彼女は笑った。
陰惨な墓地に天使が降りたのだ。
彼女は、僕に奇跡をくれた天使。
神は皮肉だけではなく、僕に、彼女の復活を、彼女との再会を許してくれたんだ。
アイツの姿は見えない、きっとミンチになったんだ。
これで僕は……でも、生きている、ジュリアと、生きていかなければ。
「トナーツ、お願いがあるの」
ああ分かっている、僕は君のためなら死ねる。
僕はもうまともに喋れないし、楽器も弾けない。
だけど、死ぬまでは君を守らせてくれ。
「ありがとう、トナーツ」
「貴様が守るのはこの俺だがな?」
そうだねアーネスト……ジュリアが言うなら、守ろう。
君を……いや、貴方様を僕が死ぬまで……。
呆けた顔で自分につき従うようになったトナーツを見て、アーネストは心底愉快だと笑う。
「神如きがこの俺を縛るだと……笑わせるな、すべて支配し、貴様らに挑戦してやろうではないか」
アーネストの行使した『支配』の魔法、それは相手を隷属させ『ペット』に変える。
「しかし使えると言っても……まあ、もっとよいペットが来るまでの場繋ぎとするか」
本当は元のノースティリスで飼っていた馬がいいのだが。
トナーツの背に鞍を乗せ、跨り走るようアーネストは命令する。
それすらも違和感に感じないほど、トナーツは支配されている。
それは、神の起こし給うた残酷な奇跡であった。
【I-9/墓の前/一日目・朝】
【アーネスト@ジューア】
【職業:ピアニスト】
【技能・スキル:乗馬、演奏、支配の魔法4/5、鑑定の魔法2/4】
【宗教:機械のマニ
[状態]:健康
[装備]:☆闇を砕く機械弓『善なるダイアモンド』、★ストラディバリウス、クロスボウの矢束
[所持]:基本支給品、形見の鞄×2(不明アイテム3個)
[思考・状況] 基本:神に反乱するためによさげな冒険者を支配する。邪魔するなら殺す。
【備考】上質な演奏はお届けするし表面上はとてもよい冒険者を気取っているが、人の目の届かぬところではなんでもやる尊大で残忍で冷酷で他人をすぐに見下す男。
銀髪で赤い瞳、白い肌をしている。
【エンチャント紹介】
☆闇を砕く機械弓『善なるダイアモンド』
・それはシルバーでできている
・それは酸では傷つかない
・それは炎では燃えない
・それは恐怖を無効にする
【支給品紹介】
★ストラディバリウス
言わずと知れたおひねりのランクアップや演奏向上を手伝うピアニスト憧れの一品。
この楽器のために死んでいった吟遊詩人は数知れない。
【トナーツ@NPC】
【職業:吟遊詩人】
【技能・スキル:演奏】
【宗教:機械のマニ】
[状態]:支配されている(支配が解ける可能性は有り)
[装備]:ミカダガー
[所持]:基本支給品
[思考・状況] 基本:ジュリアがそう言うならアーネストに従う。
【備考】アーネストに恋人を殺された吟遊詩人。情熱家で詩作の才能と演奏の才能はあるが歌はド下手。
少し思い込みが激しい。
※I-9ルミエスト墓所にリュートが放置されています
最終更新:2013年09月21日 21:36