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「…リィ…サ…リィ…」

…遠くで声がする…人の声?…何だろう、これは…あたしを呼ぶ声…?

「…さん、…お前さん!」

「わぁ!なになに!?」

突然身近で聞こえた大声にびっくりして飛び起きると、そこは二頭立てのチョコボが引く駅馬車の中だった。心臓のドキドキを抑え、少し上がっている息を整えて見回すと、向かいに座っているオジサンが心配そうな顔でこっちを見ているのに気がついた。どうやら今の声はこの人のものらしい。

「よう、大丈夫かい?だいぶうなされてたみたいだけど…」

あたしの顔を覗き込むように見つめてくる視線をついとそらして額に浮かんだ汗を拭った。いつの間にか眠っていたみたい。あたしはまだドキドキしている胸を抑えて、上がった息を整えた。

「顔色が良くないぜ?…エーテルに酔ったかな?」

なんだろう、何かひどく嫌な夢を見ていたような気がするけど、よく思い出せない。あたしは心配気なオジサンに大丈夫といって微笑むと、馬車の外をゆっくりと流れていく森の木々に目を移した。いつの間にか馬車は私の見覚えのある森をはなれ、見たことのない木々が並ぶ「よその森」に入っているようだ。森に住む者ならわかると思うけど、生えている草や木や土の匂いにもみんな違う個性があって、それを見れば自分の住む森かどうかは一目瞭然なのだ。

「うん、大丈夫みたいだな。…そりゃそうと、お嬢さん随分変わった民族衣装を着ているな。駆け出しの冒険者ってとこかい?」

オジサンに言われて改めて自分の格好を見下ろしてみる。露出の多い上着にヒラヒラした鮮やかなピンクのミニスカートから、スラリとした健康そうな脚が伸びている。背中に背負っているのは古木を削って作った幻術師の杖だ。

そう、あたしは今この森の首都であるグリダニアに向かう馬車の中にいるんだった。グリダニアはうちの村とは比べ物にならないくらい豊かだから、美味しい食べ物もたくさんあるんだって村に来た商人さんが言っていた。街のメインストリートにあるカーラインカフェのランチは一度食べたらやみつきだって言ってたっけ。

大きく頷いたあたしに、オジサンはニッコリと微笑む。

「そりゃあいい、そりゃあ豪気だ。だが気をつけなよ?最近は黒衣森のこの辺もすっかり物騒になっちまったからな」

オジサンが言うには、少し前にあった大きな災害でこの辺りの森も大きな被害を受けたんだそうだ。それ以来、森の精霊たちも騒ぎ始めているし、森の蛮族、イクサル族も度々侵入してくるらしい。

やがて馬車は大きな門をくぐり、あたしはグリダニアの街に降り立つ。…それは驚きの光景だった。行き交う人の表情はみな明るく、子どもたちは手に手に棒切れを持って走り回っている。同じ森の中なのに、ここは飢饉や飢餓というものとは全く無縁の場所なんだと思い知った。

あたしは門のそばにいた兵隊さんに聞いた道を歩いて、噂に聞いたカーラインカフェに行ってみることにした。冒険者は皆、そこを拠点にしているんだと村に来た商人さんが言っていたからだ。ついでにほっぺたが落ちることうけ合いというランチも食べてしまおう。うん、それがいい!

温かみのある木造りの大きな建物に入ると、明るい日差しを浴びた七色のステンドグラスが床の上に美しい模様を描いている。こんなところも商人さんの言ったとおり、ううん、実際のほうが全然素敵。

あたしが奥のカウンターにいるお店のマスターに話しかけると、その女の人は冒険者になるために必要な準備の整え方とか、登録の仕方なんかを教えてくれた。ついでにランチセットを頼んだあたしは、窓際の席に腰を下ろして思う存分ほっぺたを落としまくったのだった。う~ん、本当に幸せ!

これからは毎日こんなに美味しいものをお腹いっぱい食べられるんだ…ホクホク顔でそう思っていたら、ちょっとした違和感を感じた。ソーセージの数だ。街の農場で作ったらしいパリパリの香ばしいあらびきソーセージ。確かさっきはお皿の上に3本乗っかっていたはずなんだけど…。今見ると2本しかない。あたし食べたっけ?

その時、あたしの視界の中で何かが動いた。お皿だ。テーブルの上で、ソーセージの乗っているお皿がするすると音もなく端の方に移動していく。お皿の端にかかっているのは小さな指。テーブルの下から伸びたぷくぷくした腕が、あたしのお皿をつまんで端の方に引っ張っているのだ。

そのまま見ていると、腕はテーブルの端っこで動きを止めたお皿の上から、ひょいとソーセージをつまみ上げてテーブルの下に消える。もぐもぐくちゃくちゃと咀嚼する音がテーブルの下から聞こえてくる。そしてしばらくすると、再び伸びてきた腕がお皿に残っていた最後のソーセージをつまみ上げてテーブルの下に消える。

あたしは恐る恐るテーブルの下を覗きこんでみた。そこにいたのはコロコロした体型の小人、ララフェル族の男の子だった。ううん、ララフェルは見た目で年齢がわかりにくいから本当に男の「子」なのかどうかはわからないけど…。

ララフェルはこちらに背を向けてお皿から拝借したソーセージを美味しそうに咥えたところだったが、ふとあたしの視線に気がついて、ゆっくりとこっちを振り返る。テーブルの下で見つめ合う二人の時間が止まる。

「…………」

「…………」

「わあああああっ!!何よあんた!」

「うひゃあっ!みつかったー!」

向かいの椅子を蹴倒して脱兎のごとく駆け出すララフェルを追いかけてあたしも走りだそうとするが、店の入口でまだお会計をしていないからと係の人に止められてしまった。悔しい!見事にやられてしまった。

お店のお会計を済ませたあと、あたしは早速、森に出てみることにした。マスターから紹介されたお仕事をこなすことにしたのだ。森に住むきのこの化け物、ファンガーを数匹倒すだけの簡単なお仕事。稼ぎは多くないけれど、冒険者としての第一歩としてはこんなものだろう。

あたしはずんずんと森の中を進んでいく。今日はすごく体が軽い。今ならなんだって出来そうな気がするほど気力が充実していた。これが冒険者パワーだろうか。それとも、カフェの食事のおかげもあるのかな。

だけど…どこまで行っても目的のファンガーが見当たらない。まわりの雑草の中には大きなきのこがいっぱい生えているから多分この辺りだと思うんだけど…。

その時、どこかで私を呼ぶような声が聞こえたような気がした。

「…リィ…サ…リ…」

「…?」

きょろきょろと見回すあたしの頭上から、突如けたたましい笑い声が降ってきた。見上げると、大きな木から張り出した太い枝の上にさっきのララフェルが腰掛けてあたしを見下ろしていた。よっぽどおかしいのか、両手足をバタバタさせながら笑い続けるララフェルを見上げ、あたしは腰に手を当てて怒鳴りつけた。

「何がおかしいのよ!この泥棒ララフェル!」

すると、ようやく笑うのをやめたララフェルは、ひょいっと両腕で跳んであたしの前に降り立つと、ニタ~っと笑ってあたしを見上げた。ボサボサの髪の両サイドに白いラインが入った頭の下にあるイタズラっぽい顔の中、黒い鼻と大きな出っ歯が凄く印象的だ。いや、出ているのは真ん中の2本だけだから出っ歯とも違うのかな。

「おねーちゃん、初心者だろ?」

「な、何よ突然!…そんなことないわよ…あたしはもう…ベテラン中のベテラン…」

最後の方は聞き取れないほど小さな声になる。さりげないつもりで逸らした目が宙を泳いでいるのが自分でもわかる。うぅ、悔しいけど見透かされているきがする。

「おねえちゃん、ファンガー退治だろ?まだ見つかんないの?」

「ぎくぅ!…き、きっとアレよ。あたしに恐れをなして隠れているんだわ!…あぁ、ベテランって大変…」

できるだけわざとらしくならないように首を振って傍らのきのこに肘をかけてもたれかかる。それを見たララフェルはまた両手を振り回して大笑いを始めた。何さこいつ、ムカツクわ!

「おねーちゃん、ほんとはファンガー見たことないんだろ!」

「ぎくぎくっ!…そそそ、そんなことあるわけないじゃない!もう毎日見てるわ!見飽きるくらい!」

「そっかぁ!そりゃそうだよなぁ!なにせベテランだもんな!」

そう言うと、また大笑い。くっそぉ、なんでこんなヤツにあたし笑われてるんだろ!あたしは何とかして言い返してやろうと、思い切って反撃に出た。

「そ、そういうあんたは見たことあるの!?」

すると、ララフェルはまたニタァ~っと意味ありげな笑みを浮かべてあたしを見上げる。

「そりゃああるさ!た~っくさんね!…教えてあげようか?」

むむ、この子ムカツクけどこの森には詳しいみたい。悔しいけどこのままだと見つからないまま日が暮れちゃいかねないし、ここは一旦下手に出て案内をさせるのも手かもしれない。

「そ、そう?…おねーさんベテランだけど、森のこの辺りには詳しくないのよね。…どうしてもって言うなら案内させてあげてもいいけど…」

「ん?別にいいや。じゃーねー!」

さっさと立ち去ろうとするララフェルの脚に必死にしがみつくあたし。もう、恥とかどうでもいい。

「待ったぁ!…連れてけ!連れてっとけ、なぁ!」

「最初からそういえばいいのに…おねーちゃん無理は良くないよ?」

「…うぅ、お願いしますぅ…」

するとララフェルはあたしを案内もせず、腕組みをして口笛を吹いている。何やってんのよこの子。

「ちょっと早く案内しなさいよ、あたしがあんなにお願いしたのに…」

「あ、準備できた?…んじゃあ、ゴー!ゴー!」

そう言うと傍らに生えているあたしがさっき寄りかかっていたきのこをおもいっきり蹴っ飛ばした。すると、ただのきのこだと思っていたものが、うねうねと動き出し、自ら地面を抜けだしてその正体を表したではないか。こ、こいつがそうだったの!?…じゃああたしずっと目の前で迷ってたってこと!?

「ほらほら、おねーちゃんこっちにくるよ?」

あ、そうだった。あたしはよちよちと向かってくるファンガーに向けて呪文の詠唱を始める。あたしの集中が高まるに従って杖の先に燃え上がる火が除々に大きくなり、それは呪文の完成と同時に巨大なきのこに向かって発射される。ボワっと音を立てて燃え上がるファンガーに、続けざまに第二、第三の火球を浴びせかけると、やがてファンガーは力尽き、地面の上で燃え尽きていった。

「…ふぅ、な、何よ、余裕じゃない…あ、もちろんベテランだからね。こんなのはいつものことよ、うん」

「おねーちゃん、おねーちゃん」

つんつんと腰の後ろを突つかれる。振り返ると、ララフェルが何か言いたげな顔であたしの背後を指していた。

「なによ、少しぐらい初勝利の余韻に…って…」

そこにいたのはきのこの山。5匹、10匹…いやいや20匹、30匹…見渡す限りきのこだらけ。そう言ってる間にもぼこぼこと地面から抜けだして無数のきのこがあたし達を取り囲んでいた。

ヒクヒクとあたしの頬が引きつる。それを見たララフェルがまた笑い出した。しかも今度は地面に仰向けに転がってお腹を抱えて脚をバタバタさせている。くぅ…ムカツクけど今はそれどころじゃない!

ジリジリと包囲を狭めてくるキノコたちになすすべもなくあたしは立ち尽くす。やがて引きつった笑みを浮かべたあたしに、最前列のきのこ達がぴょ~んと飛びかかってきた。

「ひゃああっ!!」

あたしは間一髪、転がってきのこの下を抜けると、急いで立ち上がって逃げる。でもあっちもこっちもきのこだらけ、いったいどこに逃げればいいのか皆目見当もつかない。

「おねーちゃ~ん、こっちこっち~!」

見ると、ララフェルはこっちに向かってのんきに手を振ったかと思うと、ぴょんと飛び上がってきのこを踏んづけ、トランポリンみたいに跳ね上がった。そのまま次々にきのこを踏んづけてどんどん遠ざかっていく。

何よアレ、あんなのあり!?でも四の五の言ってる暇はない、飛びかかってきたきのこを避けると、あたしもララフェルがやったみたいに飛び上がってきのこを踏んづけた。すると、ぷぎゅっと言ってへこんだきのこは中にバネでも入っているみたいにあたしを弾き返し、あたしの身体は宙に舞い上がった。こ、これ楽しい!

「あははははっ!やっほ~!」

あたしは歓声を上げながら次々にきのこを踏んづけて森を進む。行きとは比べ物にならないほど短い時間でグリダニアに戻ってきたあたしは、ララフェルと一緒にカーラインカフェのマスターのところに報告にいった。はじめての仕事だからと心配していたらしいマスターは、あたしがこんなに早く依頼をこなして帰ってくるなんて思わなかったらしく、とても驚いていた。

「凄まじいな。これほど有能な冒険者を僕は見たことがないよ」

ふふん、まぁそれほどでもないけどね。でも、本当は今回の依頼をこなせたのは、この小さなララフェルのおかげなんだけど…。ううん、むしろこいつがいなかったら依頼は失敗になったかも。これから、本当にあたし一人でやっていけるんだろうか。そう思ったら急に寂しいような、悲しいような気持ちになって胸が苦しくなってきた。

あたしが物言いたげな目で見つめているのに気がついたのか、ララフェルはあたしを見上げると、またもニタ~っと笑って大きな前歯をむき出しにした。あたしは恥ずかしくなって尻尾を掴み、ふかふかの毛をもそもそといじりながらチラチラとララフェルに視線を送る。

「ねぇ、あんたムカツクけどさ…もし、良かったら…」

「ん?別にいいや。じゃーねー!」

再び私はララフェルの脚にしがみつく。もういい、きっとあたしはこういうキャラ。

「聞いてけ!まずは話を聞いてっとけ!なぁ!」

「う~わかったよ。おねーちゃん見てて危なっかしいからさ、おいらが一緒についてってやるよ!」

そういってまたニタ~っと笑う。うぅ、助かったよぅ、これでもう一人じゃないんだ。あたしたちは改めてテーブルで簡単に自己紹介を始めた。

「あたしはサラマンドラ。みんなはサリィって呼ぶわ。あ、でもあんたは年下みたいだからサリィさんって呼ぶのよ?」

「…めんどくさいなぁ、まぁいいやおねーちゃん。おいらはレックスだよ」

そういってまた前歯を剥きだして笑う。だからサリイさんだってば…あれ、レックス…レックス?どこかで聞いたことがあるような…なんだろう、まさか前に会ったことがあるんだろうか。そういえば、この前歯はどこかで見たことがあったような…そう思っていたら急にあたしの胸が苦しくなった。あたしってば実はかなり不安だった?知り合いを見つけて嬉しくて胸が苦しくなったり…いやいや、気のせいじゃないみたい。苦しい!なんか苦しいよ!急に呼吸を乱してテーブルに突っ伏したあたしをレックスが心配そうに見つめる。

「おねーちゃん、どうしたの?ねぇ、大丈夫?」

大丈夫じゃないかも…なにこれ、こんなの初めて…怖いよ…あたし…どうなっちゃうの?

その時、またどこか遠くであたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした。

「…リィ…サ…リィ…」

「…サリィ…ねぇ、あなたサリィじゃない!?」

やわらかな声がして誰かがあたしを覗きこんだ気配。でも、あたしは相手を見返す余裕もない。息ができなくて苦しい。身体がどんどん冷たくなっていくのがわかる。その時、あたしの背中に温かな手のひらが触れる気配がした。柔らかい声の誰かが口の中で小さくつぶやくように呪文を詠唱しているのがわかる。それとともにその手のひらからゆっくりと温もりが広がり、あたしの身体を包んでいく。いつの間にか息の苦しさも消え、さっきよりも身体が楽になったくらいだった。

「ファンガーの毒にやられたわね。…もう大丈夫。苦しくないでしょ?」

「うぅ、ありがとう…誰だか知りませんがご親切に…」

「あら、本当に覚えてないの?…寂しいわね」

え?なになに、また知り合い?慌てて顔を上げると、思ったより間近であたしの顔をのぞき込んでいたのは、ゆるく編み込んだ長い髪を肩に垂らして、優しそうな笑みを浮かべたミコッテの女性だった。抜けるように白い肌も、透き通るような青い髪も私と同じ。そうだ、この優しい目はしばらく会わなくても忘れるはずがない。

「ウンディーナ姉さん!」

「ふふ、お久しぶり。大きくなったわね、サリィ」

姉さんは柔らかく微笑むと、私の向かい側に腰を下ろす。最後に見た時と比べてびっくりするほど大人びていて、もう昔の顔をよく思い出せないくらいだ。それでもやわらかな声と、優しい瞳は全然変わっていない。

「ディーナねえちゃん、おいらサリィねーちゃんと一緒に行ってやるって言ったんだ。ねーちゃん危なっかしいからさぁ!」

「え!?ちょっと待ちなさいよ、あんた姉さんと知り合いなの?」

親しげにディーナ姉さんと話す小さなララフェルの首根っこを掴んで引き寄せる。そんな私達の様子を見て姉さんはクスクスと笑っていた。

「そう、サリィは冒険者になったのね。…うん、小さい頃から憧れていたものね。あたしはこの街で治療術で人の傷や病気を治したりしているの」

そうか、ディーナ姉さんは昔からすごく優しくて面倒見が良かった。むかしシルファ姉ちゃんが熱を出して倒れた時も寝ないで看病をしていたのを覚えている。だから今の姉さんの仕事はぴったりだと思った。

「兄さんやシルファは…元気?」

「え?あー…うん、元気だよ。あれ?…う~ん…」

どうも記憶がはっきりとしない。馬車の中で目覚めてからの記憶ははっきりしているんだけど、それ以前の記憶はどれも霧がかかっているみたいだ。あれ…何だろ…あたし何か大切なことを忘れているような…お兄ちゃん、シルファ姉ちゃん…レックス…。

その時、カーラインカフェの入口から息せき切らして駆け込んできた人があった。その人は倒れこむように床に突っ伏すと、声の限りに大声で叫ぶ。

「大変だぁ!…ド、ドラゴンが…イシュガルドを襲っていたドラゴンが、黒衣森に!」

ざわっ…っとカフェの中がざわめいた。何組かの冒険者達はすぐに支度を整え、気の早いものはもうカフェの入口に向かっていくのが見える。大変だ、あたしも行ったほうがいいのかな…でも、まだ駆け出しのあたしがドラゴンなんて…。そう思っていたら、ふと、テーブルに置いたあたしの手に温かな手のひらが添えられた。みると、ディーナ姉さんが私を見て優しく微笑んでいた。

「大丈夫、これからはずっと一緒よ。だから、なにも心配はいらないわ」

不思議だ。姉さんにそう言われた途端、あたしの身体にみるみる力が湧いていくようだった。私は大きくうなづくと、立てかけておいた杖を握りしめて立ち上がる。

「行こう、レックス!」

「あいよぉ!」

あたしたちはカフェを駆け出し、街の門へと向かう。遠くに見える森の中で羽ばたく禍々しい翼や、吐き出した炎が木々を透かして見えている。あたしはそこに向かってぐんぐん加速する。軽い、身体が軽い!手足に力が漲っている。そうだ、今ならなんだって出来る。

あたしはもう振り返らない。昔のことはよく思い出せないけど、あたしのそばには姉さんがいる、レックスだっている。それに、お兄ちゃんや姉ちゃんにだっていつかきっと会える。何故か確信があった。

広場に出たあたしを巨大なドラゴンが迎える。あたしは走ってきたそのままの勢いで吐き出された炎を飛び越え、空中で杖を一振りする。するとドラゴンの頭上に巨大な氷の塊が出現し、その頭部を押しつぶす。

怯んだドラゴンの背に駆け上がったレックスが、腰のナイフでドラゴンの頭に斬りつけた。苦しげに頭を振るドラゴンに振り払われまいとしがみつくレックス。あたしは振り回された尻尾を避けながら次の詠唱に入る。

楽しい、凄く楽しい!みると、蹴散らされるばかりだった他の冒険者達も次々とドラゴンに殺到していく。戦況は上々だ。あたしは一瞬だけ攻撃の手をとめ、木々の切れ間から覗く眩しい太陽を仰いだ。肌に当たる日差しの暖かさ、足の裏に感じる大地の感触、握った杖が詠唱のたびに熱くなるその感じ。

あたしはようやく手に入れたような気がした。おねーちゃーん!あたしを呼ぶ声に、おーよ!と答えてあたしはまたドラゴンに向かって突進する。みてなさい、二度とこの街に悪さしようと思わないくらいこてんぱんにしてやるんだから!あたしは最大級の大技の詠唱を始めた。


◇◇◇


粗末なベッドの中に、小さな、とても小さな身体が横たわっている。ガラスもはまっていない窓から差し込む月明かりをあびて、ただでさえ白いその肌をさらに青白く染め上げていた。ベッドの脇には二つの影が寄り添っていたが、小さい方の影がたまらずベットに飛び乗って横たわる身体にしがみつく。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん…サリィが…サリイが動かないよぉ!」

大きい方の影は動かない。ただ、あかぎれだらけの拳をギュッと握りしめて立ち尽くしていた。

「サリィ!…サリィ!ねぇ、返事をしてよ!サリィ!」

サリィと呼ばれた小さな体も、それにしがみついた体も、立ち尽くした大きな体もまた、ひどくやせ細っていた。特に、おそらくまだ5歳にも満たないだろうサリィと呼ばれた体は、骨の周りにわずかばかりの肉を挟んで、その上を皮が覆っているような有様だった。ただひとつ、もう動くことのないその口がかすかに微笑んでいるようにみえるのがせめてもの慰めだった。

数年前、この地を大きな災害が襲った。その原因は蛮族の仕業だというものもいるし、遠く北にある帝国の侵略によるものだと評するものもいる。なんにせよ、この地を守るはずの精霊たちはざわめき、人に牙を向けるようになった。それから数年間に渡り恐ろしい飢饉が村を襲った。

狩りに出ても獲物はなく、村人は常に飢え、数も除々に減っていった。そういう時代だった。それでもまだ両親のいる家は良かった。僅かばかりの獲物や穀物を手にすることで飢えを凌ぐことが出来たから。だが、この飢饉の中、両親もなく、頼るべき何者をも持たない者達は、こうして消えていくほか道はなかったのだ。

「サリィ…サリィ…」

動かなくなった体を抱いて泣き続ける小さな体に大きな体が近づくと、そっとベッドから下ろしてその小さな体を胸に抱きしめる。そして大きな体に抱きついて泣き続ける小さな体の背中を優しく撫で続けた。

 


棺と呼ぶのもはばかられるような粗末な箱に横たわったサリィの胸の上に、ボロボロに破れて変色したぬいぐるみが置かれる。かろうじてマーモットだと分かるぬいぐるみと、枕元には何度も読んでページがバラバラになった古い絵本。サリィが大好きだった「レックスの星空」という絵本だ。

このぬいぐるみも絵本を読み聞かせていた姉のウンディーナがボロ布と木の実で作ったものだった。小さな頃から身体が弱く、ベッドからも殆ど起き上がれなかったサリィは、旅の商人から遠いグリダニアや世界を股にかけて旅をする冒険者たちの話を聞くのが大好きで、そんな時にいつも胸に抱いているのがこのレックスだった。

だが、一年前にそのウンディーナが病で逝き、今度はサリィまでが精霊のもとへと旅立っていった。まるで大切な宝物を仕舞いこむように蓋をされた箱が、村人たちの手によって穴の中に降ろされていくのを見つめながら、寄り添った影の小さいほうがポツリと呟く。

「お兄ちゃん…サリィは死んじゃったの?」

両親に続いて二人の妹まで失った兄は、ただ一人残った最後の妹の手をしっかりと握りしめると、膝を折って妹と視線を合わせる。泣きはらして真っ赤になった妹の目を、自分もまた真っ赤な目で見つめ返すと、口元に笑みを浮かべてゆっくりとかぶりを振った。

「違うよ…サリィは森に帰ったんだ。父さんや母さんや…ディーナたちがいる所に。これからは精霊たちと一緒に俺たちを見守っていてくれるんだ」

「お父さんたちのところ…私も…いきたいな…」

かすかに耳に届いたつぶやきに、小さな手を握りしめた手に力が入る。

「…まだダメだ。俺達はまだこっちで修行しなさいって…精霊が言っているんだよ」

そう言って幼い妹の痩せた身体を抱きしめながら、兄は少しずつ埋められていく暗い穴を見つめた。サリィはせめて最後に楽しい夢をみることが出来たのだろうか。せめて、あの小さな口に浮かんでいた笑みのように、楽しい夢が見られているのならいい。サリィはもう二度と飢えることもなく、不自由な身体に悩むこともなく、自由に、どこまでも駆けていけるのだから。

 


 

 

<解説>

シルファの妹、サラマンドラのお話です。もともとこの子はシルファの裏設定のみに存在する子だったのですが、ベータ中に試しに作ってみたら思いの外イメージにピッタリに出来上がってしまい、つい、お話にしてしまいました。

実はこの作品、思い入れの割りにはあまり評判がよくありませんで、やはり余り悲しいお話は喜ばれないのかなと思い知ってみたり^^;

ただ、設定上このこは既に故人ですから、どうしても結末がこうなってしまうのですが、それがシルファやお兄ちゃんの人格形成に関わっていること、それといま執筆中のシルファ・ベルシリーズにも多少ながら関わってきますので、やはり書いておかないといけないと思いました。