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透き通った水面をふわふわとした湯気が、ゆるい風に乗って滑るように流れていく。目隠し用の板塀の向こうには、燃える様に赤く色づいた秋の木々が、のどかな午後の日差しを浴びて揺れていた。貸し切り用の露天風呂は私の想像よりも広々として、まるで美しい紅葉を一人占めにしているような気分だった。

ぶくぶくぶく…鼻の下まで湯につかった私の口から泡になった息が吐き出される。私は今、湯の中に隠れるようにうつぶせて岩陰から洗い場を覗きこんでいた。ジットリとした視線の先には一人の女性の姿。洗い場で私に背を向け、東方様式の木の腰掛けに座って身体を洗っているのは、私と同じミコッテ族の少女だった。

しなやかに引き締まった体は、雪の様に白いのに貧弱な様子はみじんもなく、かといってゴツゴツした印象も無い、あくまでも女性的なボディラインをしていた。肩の上で切りそろえられた、月の光を彷彿とさせる薄青い髪は、湿り気を帯びてしっとりと白いうなじに張り付いている。

彼女は手桶の湯で髪の泡を洗い流すと、フルフルと首を振って水気を切った。日差しを浴びて舞い散る水滴がキラキラと輝いていた。そして髪の動きにシンクロするように健気に振られたフサフサの尻尾の動きを追って、私の首もまた左右に揺れていた。

やがて髪の水気を切った彼女は薄い手ぬぐいを軽く胸元に当てて立ち上がると、こちらを振り返って湯船のほうに歩いてくる。野外生活の多い暮らしをしているとは思えない、一片のシミすら見当たらない滑らかな肌、重い弓を軽々と引き絞る強靱な腕と背中の筋力をまるで感じさせないほっそりとした肩や腕。

そして、細い首から流れるような曲線を描いて下り、宿の手ぬぐいの下でひときわ盛り上がって自己主張をしている二つのふくらみ…。ガリガリガリ、私はいつの間にか隠れている岩に爪をめり込ませていた。口元でぶくぶくと弾ける泡も一層激しくなる。

彼女は湯船のふちにしゃがみ込んで、軽く手を湯にひたして温度を確かめると、静かに湯の中に入ってきた。波を立てないように湯の中を進み、傍らの岩にもたれるようにして胸のあたりまで湯につかる。白い肌が桜色に染まり、ほうっと吐いた息が湯気を微かに揺らすのがなんとも言えず色っぽかった。

「…ふぅ、良い気持ちだね」

彼女は眼を細めて湯気の向こうに広がる真っ赤な世界に見とれているようだった。

「…少し遠かったけど、思い切って来て良かったね…あれ、ベル?どうかしたの?」

しばらくきょろきょろと視線をさまよわせていたが、やがて岩陰の私を見つけたらしい。きょとんとした顔で首をかしげた彼女と目があって、私は湯に沈んだままゆっくりと彼女に近づいていく。鼻から上のほかは湯の中に広がった私のシルバーグレーの髪と同じ色をした尻尾だけが水面から顔を出していた。

「うぅぅ~~~シルファぁ…恨めしぃ~~~」

彼女のすぐそばまで寄って、ざばぁっと水面に顔を出した私を見て青い髪の娘、シルファがギョッとする。私の眼は潤んで涙を浮かべ、湯の中から顔を出した口元は頬袋にナッツをため込んだマーモットみたいに膨らんでいたからだ。

「え、ちょっとべル、どうしたの?ねえ、泣いてるの?それとも怒ってるの?」

「同じ女なのに…私の方が年上なのに…」

涙目で自分の身体を見下ろしてみる。ちょっと長く浸かりすぎたためかかなり濃いピンク色になってしまっているが、肌の白さは多分同じくらい。キメだってきっと細かいはずだ。レギズバルドの女性はみな肌がきれいだとお母さんもいっていたもの。

今はもう無い私の故郷と、豪快に笑うお母さんの顔を少し思い出す。そう、肌は互角。なのに、それなのに…透明なお湯の中で揺らめいて見える自分の身体はほっそりとしているものの、目の前で戸惑っているシルファと比べると貧弱という言うか、凹凸に乏しいというか…。

私は手を伸ばし、ゆるく延ばされたシルファの足首をつかんでグイと上に持ち上げた。不意を突かれたシルファがバランスを崩して岩に背中をぶつける。

「…きゃあっ!な、何するの?」

私は答えず、ほのかな桜色に染まったシルファの脚をじっくりと眺める。すらりと伸びた美しい脚の表面を透明なお湯が流れ落ちていた。あっけにとられているのか、シルファは抵抗らしい抵抗ができないでいる。大理石みたいに滑らかな肌は、ふっくらした太ももから女性らしい緩やかなカーブを描いてきゅっとすぼまった足首まで伸びていた。その先にある細い指先まで、ジリジリと見つめていると、さすがに居心地が悪いのか、シルファがおずおずと声をかけてきた。

「あ、あの…ベル?」

私は無言でぱっと足首から手を離す。じゃぶんと足が湯の中に戻ると、シルファはいそいそを脚をたたんで横座りになった。私は今度はギュッと眉根を寄せてシルファの顔を睨みつけると、ギクッと引きつったその顔から、徐々に視線を下ろしていく。

ほっそりとした首、同じく細い肩、そして腕…姿を表す表現は同じはずなのに、なぜこうも違うんだろう。目の前にいるわずか16歳の少女の身体は瑞々しい生命力にあふれ、ふっくらと柔らかな凹凸に満ちていると言うのに、大人であるはずの私の身体は、比べてみるとまるで棒きれみたいに頼りなく見えてしまった。

私の奇行にぽかんとしていたシルファの表情が、俯いたままプルプルと震える私の肩を見て再びギョッと引きつった。だっておかしいもの。同じ女で、同じミコッテで、同じムーンキーパー族、おまけに私の方が年上で、髪型だっておんなじ。なのになんでこんなに違うんだろう。そんなふうに考えていたら、とうとう感情を抑える事が出来なくなってしまった。

「う…うぅ…うわああああああぁ~~~~ん!」

突然泣きだした私にシルファが慌てる。そりゃあそうだろう、数々の奇行の末、訳も解らず友人がいきなり泣き始めたら誰だって戸惑う。もちろんシルファは何も悪くない。それも解っている。だけどもうどうしても抑える事ができなくて、私は温かいお湯の中で子供みたいに泣き続けた。

「ちょ、ちょっとべル!いきなりどうしたの?…ねぇ、お願いだから泣かないでよ…」

おろおろと戸惑いながら、私の涙を拭うシルファに、それでも私は何も答える事が出来ないでいた。ううん、むしろ、私自身も混乱してなんて説明していいのか解らなくなっていたのだ。

「ひっぐ…えぐっ…だって…だってさ…おかしいもん…ぐしゅっ…」

「え!?おかしいって…なにが?」

私はキッと目を見開くと、それ!っといってシルファのたわわな胸を指さした。

「ええ!?」

慌ててシルファが両腕で胸を覆い隠す。しかし、圧迫されたことにより胸の谷間がいっそう強調されている事に本人は気付いていないらしい。

「絶対おかしい!私の方が年上なのに、こんなに差があるなんて何か間違ってる!絶対!」

「そ、そんなこと言われても…」

私が指を突き付けたままジリジリとにじり寄ると、気圧されたようにシルファは後ずさる。そして胸を隠したまま岩に背中を押しつけるようにして目をそらした。

「さぁ、白状しなさい、一体何やってそんなふうに巨大化させたの!?」

「巨大化って…私は別に…何も特別には…」

「とぼけないで!狩人の秘義?それともシルファの村に伝わる秘術かしら!?」

「お、落ち着いて、ね?ベル…」

ひきつった愛想笑いを顔にこびりつかせて、シルファが私をなだめる。優しく肩を抱いて、なんだか無性に悔しくてばしゃばしゃと地団太を踏む私をお湯の中に座らせると、自分も隣に腰掛けて私の手を握り、ゆっくりと語りかけてきた。

「ね、ベル…私はベルは美人だと思うよ」

「…ほんとに?」

上目づかいで尋ねる私に、にっこりとほほ笑んだシルファは大きくうなづいた。

「切れ長の目も、私より細い頬やあごのラインも…ずっとうらやましかったんだよ」

「でも…身体だってこんなに細いし…シルファみたいにふっくらした凹凸が無いもの…」

それでも納得のできない私に、シルファは首を振ってこたえた。

「べルみたいなタイプの方が男の人にモテるみたいだよ。…なんて言うのかな、守りたくなるみたい。華奢で…可愛いよね」

「…シルファもそう思う?」

そう問うた私に、青い髪の、はるかに年下のミコッテは、うん、といって微笑んだ。

「胸は?小さいけど平気?」

「うん…というか、ベルの胸は別に小さく無いと思うけど…」

「…何か特別な秘義とかあるんじゃないのね?」

「そんなの無いよ…だいたい狩人の秘義とか村の秘術でなんで胸を大きくする必要があるのよ…」

苦笑するシルファに少し恥ずかしくなった。考えてみれば当たり前の話だ。私は照れ隠しに俯いて目をこすった。

「私にも女性の魅力…あるかな…」

「あるよ…私が男だったら、きっとほっとかないよ、ベルは」

シルファの温かい言葉に、急に鼻の頭が熱くなってのどがひりひりとした。急速に目頭が熱くなってたまらない気分になってくる。

「うわあああぁ~~~ん、シルファぁ!」

感極まって抱きついた私をシルファは少し困ったような顔で、でも優しく抱きしめてくれた。鼻をぐすぐす言わせつつ、私はここぞとばかり軟らかい感触を味わってみた。くそぉ、本当に柔らかくて抱き心地いいなぁ。私はシルファの胸に顔を埋めたまま問いかける。

「…ねぇ、今、しょうがないねーちゃんだなぁ、とか思ったでしょ?」

びくっとシルファの身体が跳ねる。

「そ、そんな事無いよ…」

ひきつったシルファからの返答は、半オクターブくらい高い声になっていた。

そのあと、お風呂を上がった私達は東方様式の晩御飯とお酒に舌鼓を打ったり、宿の人たちが踊る東方の舞踊を見て遅くまで楽しんだ。やがて夜も更け遊び疲れた私達は、いぐさを編んだらしい柔らかい床材の上に直に敷かれた蒲団の上に寝転んで、明日の予定を話し合う。明日もまだいろんな所を見て回るつもりだ。

「ね、シルファ?」

「…うん?」

「来て良かったね…」

「うん、そうだね。明日もたくさん楽しもうね」

うん!っといって私は布団にもぐりこむ。シルファは部屋のランプを消して、窓から差し込む月明かりを頼りに、自分の布団に入ったようだ。東方式の寝床は床に近いからいぐさの香りがとてもよくわかり、まるでふかふかの草の上に寝ているようだった。

あまりにも楽しい事ばかりで、興奮して眠れないかと思ったけど、たくさん歩いた上にずいぶんはしゃいだからだろうか、明かりが消えるとすぐに眠気が来た。私は意識が薄れていく前に隣のシルファにどうしても言いたい事があったのだけど、もううまく口が動かなかったから、シルファに伝わったかどうかは解らない。だけど、きっとシルファなら解ってくれる、そう思えた。

「シルファ…これからも…ずっと…」

 

 

 

 

 

<解説>

ロードストーンの小説書き、ベロニカさんと共作をさせていただくことになりまして、代表作であるベロニカ戦記の主人公、ベルちゃんを動かす練習のために書いてみた習作です。

原作であるベロニカ戦記をお読みになった方にはベルちゃんの性格が変わりすぎと思うかもしれませんが、冒険者になるにあたって辛い過去を隠し、少しでも明るい自分に変わろうと、あえてこのように振舞っているという設定にしてあったりします…という苦しい言い訳をしてみたりw

困ったことにベルちゃんは、私が書くと作を重ねるごとに幼児化が進行していくという妙な病に冒されてしまっていまして・・・。ベロニカさん、本当にごめんなさい。

さて、この話はあくまで習作ですので、詳しい場所や状況などは考えていません。親しくなった二人が旅行で紅葉が美しい和風の温泉旅館に宿泊しているというそんなお話になっています。オチもありません。二人の雰囲気を楽しんでいただければいいかなって思っています。