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「本当にいいんですかぁ~?まぁ~、あなたがそう言うのなら良いんですけどねぇ~…じゃあ、また何かあったらいつでもどうぞぉ~」

全く心のこもっていない笑顔で手を振るララフェルの係官に背を向け、薄暗いアルダネス聖櫃堂を後にする。

ひんやりとした屋内からうって変わった肌を焼く砂漠の強い日差しの下、埃っぽい石段を降りながら、私はイライラと足元の小石を蹴り飛ばす。壁に当たって跳ね返った小石は道端の露店に飛び込み、あ!…っと思った時には雑多な商品を弾き飛ばして盛大な破砕音が響いていた。

「くぉらぁ!てめこの猫!」

慌てて逃げ去ろうと思ったのもつかの間、店主らしき男に首根っこを掴まれる。みると、陽に焼けた無精髭だらけの顔にたくさんの傷痕を残した人相の悪い…いや、はっきり言ってしまえば柄の悪い男で、粗末な敷物の上に並べられた商品らしき品々もなんだか怪しげなものばかりだった。

「ご、ごめんなさい!」

慌てて謝って身を離そうとするが、男は私の肩に腕をまわして凄い力で引き寄せ、まぁまぁと言って露店の方へと引きずっていく。

「まぁよ、誰だってイラついて石ころの一つも蹴りたくなるこたぁあるよな、解るぜぇ…けどよ、その石ころ商品にぶち当てといて素通りはいただけねぇ話だろ、え?なぁ猫ちゃんよぉ!」

一体何日風呂に入っていないのだろう、男の強烈な体臭に顔をしかめながら身をよじる私をぐいぐいと引っ張って、男は私を商品の並んだ敷物の前に座らせる。

染みだらけの粗末な敷物の上に並んでいるのは、欠けた陶器のカップや干からびた何かの尻尾、陽に焼けて色の変わった安っぽい小説本に、素人目にも贋作と解る見覚えのある名画など…どれを選んでも私には捨てる以外の選択肢が思い浮かばないものばかりだった。

「さあどうだお嬢ちゃん、この俺様が国の内外から苦労して仕入れた名品珍品ばかりだぜ!」

肩を落とし、青い顔で縮こまっている私を道行く人が面白そうに、気の毒そうに見つめながら通り過ぎていく。もうこの際何でもいいから買ってしまって早くこの場を去ろう。

私はさっき私が蹴っ飛ばした石があたって頭が欠けてしまった、内側に茶色い何かの染みがこびり付いたガラスの水差をに手を伸ばす。…と、その後ろにあった箱に入った黒っぽい石が目に入る。

「…お!お嬢ちゃん、その水差しに目をつけるたぁさすがだね!そいつはさる王族の…」

「いや、これじゃなくて、…こっちの石は?」

それは拳ほどの大きさの真っ黒な石で、一見黒曜石のようにも見えたが、あんなふうに鋭く鋭角的な輝きはもたず、まるで周囲の光を全てその身のうちに吸いこんでしまうような…そう、黒いというよりも暗い。そんな雰囲気を持った石だった。

「なんだそれかい?そいつはあれだ、こないだ賭博仲間とつるんで呪術師ギルドの若造をカモに…あー、いや、とにかくギャンブルで勝ったときに金の代わりにいただいたもんだよ」

詳しく聞いてみると、イカサマ賭博で呪術師ギルドの研究員をスッカラカンになるまで搾り取り、払えない負け分を衣服や持ち物から取り立てた際の差押え品の一つらしい。

「なんだっけな…ダーク…マトン?バター?そんなこと言ってたっけか?何でも最近発見された正体不明の素材だか何だか言ってて、今研究中なんだそうだけどよ、研究が終わんねえ限り1ギルの価値もねえ石っころだよ…ったく…」

忌々しげにぶつぶつ言っていたが、私がそれを買うと言うととたんに態度が豹変して吹っ掛け始めた。

「え!こいつかい?いやさすが聡明な嬢ちゃんは目の付けどころが違うねぇ…ただほら、こいつはよ、なんたって…ほら、あれだ、未知の新素材だからな…」

言葉を濁しながら値段を考えているのだろう。私は考える暇を与えないように財布から100ギル硬貨を出す。

「…これで買うわ、これ以上なら買わない」

男は迷ったようだが、私が立ち上がると慌てたように黒い石を差し出して私の手から硬貨をひったくった。

 

 

5日後、グリダニアに戻った私は幻術学園の付属図書館を訪れていた。窓から入る穏やかな午後の風を浴びながらミゥの入れてくれたお茶を飲む。

「…それで、結局どうだったの?呪術師ギルドは…」

不自由な足に杖をついたミゥは、空いた手に戸棚から出したお茶菓子を載せたお盆をもって戻ってくると、向かい側に腰を下ろす。私がやるからといってみたが、慣れているからと笑って答えた。

私はカップを置くとあの日の事を思い出す。するといやみったらしいララフェルの顔が頭に浮かんでまた腹が立ってきた。

そもそもの発端は私の部屋においてある人形にあった。私がまだ小さかった頃、母にもらったどうという事も無い布で作られたミコッテの人形だったのだが、乱暴に遊ばれてぼろぼろになったものを兄が直してから異変が起こるようになった。

村の実家に置きっぱなしにしておいたはずの人形がいつの間にか荷物の中に入っていたり、タンスの奥にしまいこんでおいたはずが、いつの間にか出ていたり、夜中になると妙な視線を感じたり…。

あまりにも気味が悪いので、ウルダハの呪術師ギルドに相談に行ったのが、今回のいきさつだ。

「どうもこうも無いよ。むこうで見せようとしたら、カバンの中から消えてたんだ。とまり木に戻ったらタンスの上に座ってたよ」

そう、ウルダハから戻ってグリダニアの宿屋にある自分の部屋をみると、何事も無かったようにタンスの上に座っている人形を見つけた。

「持ってくの忘れたってことは無いの?…シルファ、結構そそっかしいとこあるから…」

そんなミゥに頬をふくらましてむくれてみせると、彼女はほっそりした肩を揺らしてくすくす笑いながらお茶をすすった。

「同じことをギルドの係官に言われたよ。…変ですねぇ~、あなたの気のせいじゃないんですかぁ~?とか…もう一度見てもらうにはまた順番待たなきゃならないって。お金を払えば優先で見てくれるって言われたけど…値段聞いてばかばかしくなったから帰ってきたよ」

嫌味ったらしいララフェルのまねをしてそう言うと、ミゥはちょっと困った顔をする。

「ごめんごめん、冷やかすつもりじゃないよ。でも、不思議だね…ひょっとして、お兄さんの念でも籠ってるのかな?」

ミゥの言葉に背筋が寒くなる。まさかそんなことは無いと思うけど…でも、もしかしたらあの兄なら…そう思ってしまうところが無いわけではなかった。

「その人形…今持って来てる?」

私はうなづくと、カバンの中から20センチくらいの大きさの、布製の人形を取り出してテーブルに置く。

「わ、何これ…凄いリアルな顔だね…あー、確かにお兄さんだよね、この顔…」

もう小さなころの記憶なのではっきりしていないが、もともとは女の子の人形だった気がする。だが、目鼻もとれ、のっぺらぼうになっていたものを兄が大幅にリニューアルした結果がこれだ。

これからはいつでも一緒だぞ!…そう言って得意げに胸を張った兄の顔は今でも忘れる事が出来ない。それ以来、私はお人形遊びを卒業できたのだ。

「うーん、残留した思念だとすると、やっぱり呪術の領分だとは思うけど…少し調べてみるね。これ、預かっても良いかな?」

私はこっくりとうなづいて、なんならあげても良いよと言ってみたが、とても複雑な顔で断られた。

「あ、そうだ…あとこれなんだけど…」

私は露店で買った黒い石をテーブルに置きながら手に入れたいきさつを説明する。ただし、イライラして石を蹴っ飛ばして店の商品を壊した部分は省略した。

「…ダーク…なんとかって言ったんだね?」

ミゥは立ち上がるとコツコツと杖をつきながら本棚の方に向かう。しばらくごそごそとやっていたが、やがて分厚い本を一冊持って戻ってきた。

「…あった…うん、多分これだね」

テーブルの上で開いた本には石ころや香木、油などの触媒がたくさん並んでいる。どうやら詳しくは解らないがマテリアル関係の専門書のようだ。

ミゥの細い指が刺した所にはダークマターと書かれていた。ただ、説明文を読んでも暗黒物質という言葉のほかはなんだか難しい言葉が羅列してあって、何がなんだかさっぱり解らなかった。

「比較的最近になって発見された鉱物で…ううん、鉱物と思われる物質…といった方がいいかな?…この本が書かれたのは発見された直後だから、詳しい事はよく解らないね…」

そういえば、この石を取り上げられた研究者もまだ研究中だと言っていたらしい。

「ウルダハで研究されているなら…そのうち使い道も見つかるかもしれないね」

そう言って本を閉じたミゥに溜息で答えた私は、手の中で息づく漆黒の物体を見つめた。それは私の手の中で、まるで脈動するように闇を発していた。

ダークマターについても少し調べてみたいと言うミゥに石を渡して図書館を出るともう日が暮れかけていた。

私はカーラインカフェで夕食をとると、長旅で疲れてもいたので早めに部屋に戻った。部屋に入るときに一瞬嫌な予感がしたが、扉を開けると箪笥の上には何もなかった。

私はため息をひとつつくと、部屋着に着替えて早めにベッドに横になった。

 

 

窓からの風に蝋燭が揺らめき、ふと我に返るともう周りは真っ暗になっていた。ミゥは集中していた本から目を上げると、後片付けを始める。

壁にかかった時計を見ると、もう就業時間をとっくに超えていた。いつもなら学園のほかの先生や、図書館の館長がくるのだが、今日に限って誰も図書館を訪れなかったので、時間が過ぎた事に気がつかなかったようだ。

シルファから預かった人形に関して調べてはみたが、人形など、ある種の物品に思い入れの強い持ち主の残留思念が残るというのはいくつか例があるようだが、どれも事例としてはシルファとは違っているような気がする。

念が籠っているとすれば、それは持ち主であるシルファでは無く、シルファを心配する兄の念ではないのか。そう考えれば、シルファを監視するような念を感じてもおかしく無い、そんな気がする。

だとしたら、これは別に悪いものではなく、シルファにとって危険なものではないのだろう。とはいっても、若い少女にとって兄とは言え男性の視線に四六時中晒されているのは気分のいいものではないだろうから、どうにかしなくてはいけない、そう思っていた。

ダークマターの方はさらに情報が少なく、ごく最近発見された事。暗黒物質と呼ばれ、光を反射しないとか、吸収するとか…どの本にも似たようなことしか書かれていなかった。

ただ、遠い昔、どこかの国で巨大な暗黒物質の塊が意思を持ち、人の世を脅かしたという記述を見つけたが、それがいつ、どこでの事なのかも書かれていないので、それはどちらかというとお伽噺の類だろうと思う。

とはいえ、もしそれが事実であれば、あまりたくさんのダークマターを一か所に集める事は危険な事にはならないか。…いや、そんな事を考えても仕方がないのかもしれない。いずれウルダハのギルドで何かしらの結論が出るのだろう。

二階の各部屋と廊下の明かりを消し、個人用の小さな燭台一つを手に書庫に向かう。書庫の扉に鍵をかけると、隣の資料室を覗く。小さな戸棚の上にはシルファから預かった人形とダークマターの入った箱が置かれていた。ここにもきちんと鍵をかける。

ウルダハほどではないにしろ、図書館には貴重な資料も少なくない。だから、書庫、資料室ともに、魔法的な結界により外界と遮断される様になっていた。鍵がかかった瞬間に部屋の中と外は強力な結界で隔てられ、物理的な打撃はおろか、生半可な魔力をもってしても開ける事は出来ない仕組みだ。

職員控室に戻って薄手の上着を羽織りカバンを肩から下げると、ミゥは自分の腕を抱きしめるようにしてさする。妙に肌寒い。夏とは言え、森の奥深くにあるグリダニアの夜は涼しい。そのため、少し冷え症のミゥは夏でも薄い上着を羽織ることにしているが、それでも今夜は妙な肌寒さを感じた。

…その時、コトッっと部屋の隅で音がした。振り返ってみるが、特に目につくものはない。

気のせいかと思い、帰り支度を始めるが、背後から妙な視線を感じる。耳を動かし、気配を探るが、部屋の中はおろか、扉を開け放したままの廊下にも人の気配は感じられない。

きっと気のせいだ。シルファから妙な話を聞いていたせいで、自分まで敏感になってしまっているらしい。そんな自分に苦笑すると、つとめて視線を無視するように心がけながら燭台を手に廊下に出る。

コツッ…ギシ…コツッ…ギシ…暗い廊下を歩く自分の足音が響く。この暗い廊下をミゥは毎日歩いている。いつもと同じ職場で、いつもと同じように帰り支度をして、いつもと同じように歩いている。

だが何故だろう、いつもと空気が違うように感じるのは。何故こんなに寒いんだろう。ミゥは知らず急ぎ足になっていた。本当なら駆け出してしまいたい気持ちだが、杖をついたミゥにはできない事だし、もし少しでもいつもと違う事をしたら、その瞬間に日常が壊れて何か恐ろしい事が起きる様な、そんな思いに取りつかれていた。

廊下の角を曲がり、正面に玄関ホールに降りる下りの階段が見えた。窓からさす月の光が差し込んで階段のあたりは明るく見える。

ほっとして歩調を緩め、視線を少し下げた瞬間、ミゥの動きが止まる。

廊下の先、階段の手前に小さな何かがうずくまっている。逆光になってよく見えないが、とても小さな何か。よく目を凝らしたミゥの背筋が凍りついた。

遠くてよくは見えないが、それはシルファから預かったあの人形に見えた。だが、あの人形はたしかに資料室の棚の上にあったはずだ。

身動きが取れず、凍りついたままのミゥの背後で、突然、バタンッ!っと扉のしまる音がしてミゥは悲鳴を上げて跳び上がった。廊下を振り向くが、もちろん動く者などいない。当たり前だ、全ての扉にはミゥ自身の手で鍵を閉めたばかりなのだから。

うろたえて前に視線を戻すと、廊下に見えた人形はすでに消えている。ミゥは杖をつくのももどかしく、階段に向かって半ば駆けるようにして歩き出す。

その時、ミゥの背後、廊下の奥の方からクククッっと押し殺したような笑い声が聞こえたような気がした。

「や…やだ…」

目に涙を浮かべて階段を目指すミゥの手の中の燭台の火がまるで吹き消された様に消える。小さく悲鳴を上げて火の消えた燭台を放り出し、暗闇の中で必死に階段を目指すミゥに、またしても廊下の奥から消えそうに小さな、しかし甲高い声で誰かが囁く。

「オトモダチ…」

必死で力の入らぬ足を動かし、ようやく階段の上までたどり着いた時、耳元ではっきりと誰かの声がこう言った。

「ジャマダヨ…」

次の瞬間、ミゥの杖が横に払われ、バランスを崩したミゥの身体は図書館の急な階段に吸い込まれていく。

翌日、ミゥが階段から落ちたと聞き、慌てて病院へと向かう。受付で病室を聞くと、続けて何か言っている看護婦を置き去りにして階段を駆け上がる。

全速力で廊下を走って病室に飛び込もうとしたところを、強い腕につかまれて引き留められた。

「…彼女は絶対安静だ。君が誰かは知らんが、入れる訳にはいかん」

暴れる私を強い力で抑え込みながらも、全くそれを感じさせない理知的な声で私に告げる。それは美しい銀髪をアップにまとめあげ、細長い眼鏡をかけたたエレゼンの女性だった。

「彼女は…ミゥは無事ですか!?」

息を切らせて詰め寄る私に、全く表情を変えずに答えた女性の声は、あくまでも冷静だ。

「心配なのは解るが、まずは名乗ってもらおうか、今現在は私が彼女の保護者のようなものだ」

「シルファ…シルファといいます!…同じ村の出身で…昨日も図書館で会ってました!」

すると女性は納得がいったようにうなづく。私を掴んでいた腕から力が抜け、少しだけ視線が柔らかくなる。

「なるほど、君が…噂は聞いている。タバサ・デラポーワだ。幻術学園で教鞭をとっている」

場合が場合なので、お互い握手は省略した。タバサさんは身をよけて、病室の中を見せてくれた。白いシーツのベッドの上で痛々しい包帯が巻かれたミゥが目を閉じている。

「まだ意識が戻らん。外傷はそれほどでもないし、首も折れたりはしていないようだが…頭を打っていると厄介だな」

蒼白な顔で立ちつくす私をみて、タバサさんは私を階段の傍にある待合スペースのソファーに誘った。頭が真っ白になり茫然自失の私を座らせ、自分も向かい側に座ると、すらりとした脚を組む。

「…さて…君も具体的な状況を知りたいだろうが…我々が知っている事も、実はそう多くはない。むしろ、我々の方でも君にはぜひ聞きたい事があってね。君の事を待っていた次第なのさ。…君と彼女が何をし、何を話したのか…まずはそこから話してくれるかな?」

ソファーで足を組み、胸の前で腕組みをしたタバサさんの眼鏡が、窓からの光を浴びて光っているため、その表情は読めない。でも、その声音、そして眼鏡の奥から私に向けられているであろう刺すような視線から、タバサさんが怒りを感じている事が見て取れた。

私は昨日図書館を訪れてからのいきさつをかいつまんで話して聞かせた。タバサさんは私が話し終わるまで、全く表情を変えず、また、一切質問などはしなかった。やがて私が話し終えると腕を組み、拳を顎に当てて考え込む。日射しが切れ、再び見えるようになった目を思慮深げに閉じたまつげが長い。

「思念のこもった人形と…ダークマター…」

やがて顔を上げたタバサさんは、今朝、ミゥが発見された時の状況を教えてくれた。ミゥは玄関ロビーの正面にある大階段の下に倒れでいて、階段の途中に彼女の杖が転がっていたことから、階段の上、または途中から足を踏み外したのではないかと思われるそうだ。

だが、問題はそれだけではなく、厳重に封印されていたはずの資料室の扉が開き、棚の上には蓋が開いたままの空箱が置かれていたそうだ。

「他の部屋にはきちんと鍵がかかっていた。資料室のみ、彼女が鍵をかけ忘れたという可能性もない事はないが…彼女の性格上、また普段の素行からもあまり考えられんな」

私もそう思う。ミゥは物静かでおとなしいが、その分とても真面目で仕事に関してはしっかりしている。しかも、昨夜は私が預けた人形やダークマターもそこにおいてあったのだろう。あえてそこだけ鍵を閉め忘れると言うのは不自然だ。

「おまけに、君の話からすると…君の預けた人形、ダークマター共に資料室から消えたことになる。いや、他に消えた物がないことから、賊はその二つが目的だったと考えた方が早いかもしれんな」

ハッとなった。帰り支度をして廊下を進むミゥを襲った誰かがいたのではないか。その誰かは、階段からミゥを突き落とし、ミゥの懐から鍵を奪って扉を開けた…。

私は、その考えをタバサさんに伝えてみた。だが、タバサさんはあっさりと首を振って私の考えを否定した。

「ところがそうは考えにくいんだ。もしかしたら突き落とした所まではそうかもしれん。だが、鍵は彼女の懐にあった。彼女はうつ伏せで倒れていたから、身体の下に敷いていた形だな。一旦奪って使った後、懐に戻すにしてもこれは不自然だろう」

では、鍵をこじ開けて、中を物色していたところをミゥに見つかり、逃げたミゥを階段からから突き落としたか…。

「ちなみに、鍵といっても一般的な鍵ではない。グリダニア幻術学園の誇る魔道キーだ。鍵というよりはむしろ結界と呼ぶべきものだからな。そこらの盗賊風情に破れるものではない」

考えを披露する前に否定されてしまった。でもそうなると、一旦閉めたが最後、開く訳がないじゃないか。その場合、元から鍵がかかっていなかったという事になる。他の部屋に鍵をかけ、最後に資料室の鍵を閉めようとしていたとき、既に侵入していた賊に襲われた…そう言う事はないだろうか。

すると、タバサさんはまたしても私の表情から思考を読んだのか、目を閉じて私の先回りをする。

「資料室の鍵を最後に閉めたというのも不自然だ。彼女が詰めている職員の控室は二階の奥だ。対して、資料室は手前から二番目。一階から鍵を閉めていっても、二階から鍵を閉めても最後になるとは思えん。また、一階が終わった後、二階の奥から閉めていったと考えても、やはり資料室の左右の部屋が閉まっている以上、そこだけ開いているのは不自然なんだ」

私は話すべき言葉を失い、再び口を閉じる。でも、そうなるとやはり鍵が開いた理由が無くなってしまう。

「でも…それじゃあ何故…」

「解らん…」

私達は一時黙り込み、待合スペースに重い沈黙がたれ込めた。病院の廊下にはほかに人影もなく、窓の外から聞こえてくる蝉の声だけが二人の間に響いていた。

「ところで…ダークマターって…何なんでしょうか…」

話題を変えた私に、少しだけ表情を緩めたタバサさんは、ほつれた髪を耳の後ろにかき上げながら答える。

「まだウルダハの錬金や呪術のギルドの連中が調査中だからはっきりとは解らんが…一説によると、画期的な修理用の触媒になるかもしれないという話だ」

「…修理素材?」

ああ、といってタバサさんは脚を組み直す。この人はエレゼンの中でも背が高いのか、やたらと長い脚を組み直す姿がやけに色っぽい。さっきまでは慌てていたのと、緊張していたのとで気にならなかったが、落ち着いてみると同性の私から見てもドキドキしてきそうだ。

「金属、木材、布製品まで…どんなものにも使える画期的新素材…だそうだ」

金属に木材、布製品まで直せるなんて信じられない話だ。どういう原理だか知らないが、手触りは石の様だったし、さすがにそれはないのではないか。

「信じられないという顔だな。奴らにもその原理が理解できているのかは疑問だが…その特性として、どんなものとも融合し、その一部となる事が出来るようだ。ただ…」

「…ただ?」

「それが実際に失われた部分を補っているだけなのか…それとも…存在そのものと同化しているのか…。非公式ではあるが、実験では高純度の結晶であれば、魔力の籠った物品の傷も修復したと言うから、あながち単なる穴埋め素材とは思えん」

単なる素材で無いとしたら…一体何なのだろう。どんなものとも同化し、その魔力すら補う事が出来る謎の物体。実際に見、握った感触は確かに石のようではあったが…あの脈動するかのような黒い光…何か落とし穴があるのではないか。

「…とにかく、賊の正体が解らん。相手の目的がなんにせよ、人形の持ち主である君も立派な当事者という事になるだろうから、警戒は怠らない方がいいだろうな」

目を閉じ、ため息をひとつつくと、何かあったらすぐに連絡をするように、そう言ってタバサさんは懐から白いリンクパールを取り出し、私に手渡した。

 

 

夜の診察が終わり、医者が病室を出ていくのを目礼して見送ると、タバサはミゥにかかったシーツを直し、額に浮かんだ汗を拭う。

ミゥの意識は依然戻らない。時折うなされたように呻き声を上げるが、呼びかけても答える事はなかった。

外傷自体はそれほどでもないと言うが、ミゥのやや色素の薄い髪の毛の下にまかれた包帯はいまだ痛々しく、ただでさえ線の細い少女をいっそう儚げに見せていた。

夜も更け、だいぶ風が出てきたようで今夜は妙に冷え込む。タバサは窓を閉め、ベッド脇の丸椅子に腰をおろして眠り続けるミゥを見つめた。

せめて、賊の正体が解れば対策の立てようもあるのだが…。あの結界を破った以上、ただの盗賊であるわけはないのだろうが、相手の目的が不明だった。資料室には高価な品や貴重な資料なども数多く保管されていたが、それらに手をつけた形跡はなく、ただ、シルファの人形とダークマターの結晶のみが持ち去られていた。

ダークマターの結晶だけならば、まだ解らない事もない。専門家で無いタバサにはあの結晶の純度や大きさがどれくらいの価値になるのかは解らないが、ウルダハの研究者たちの間では話題の品ではある。だが、布製の人形を持ち去った理由が解らない。

今のところ手段も目的も不明…いま一つ相手の姿が見えてこないのが不気味だった。

…ふと、とりとめのない想像が頭に浮かぶ。思念の籠った人形と暗黒物質。何やら不吉な響きではないか。そこまで考えてタバサは自分に苦笑する…それではまるで子供の怪談話だ。

少し根を詰め過ぎたのかもしれない。私が冷静さを失っては賊に付け入るすき気を与えてしまうだろう。タバサは軽く伸びをすると、肩をまわして、いつの間にかこわばっていた全身の力を抜くと、ベッド脇にかかっていたミゥの上着を彼女のシーツの上に重ねた。

なんだか本当に冷え込んできた。例年、グリダニアの夏は過ごしやすいが、ここまで肌寒い夜は珍しい。ミゥの額にかかったほつれ毛をそっと直すと再び丸椅子に腰を下ろした。

…そのミゥが横たわるベッドの下に蠢く小さな影。暗闇に潜んだ「それ」はゆっくりと這いすすみ、暗闇の外、ベッド脇に置かれた丸椅子から延びたスラリとした足首に近付いていく。

背中にまわされた布製の腕が下ろされた時、その手には自らの身長を超える、病院で使う大きな剃刀が握られていた。鋭く磨き上げられたそれはベッドの外から入りこむ光を反射してぎらぎらと光っていた。

 

 

カーラインカフェで夕食をとり自室に戻る。グリダニアでも随一の料理にいつもなら舌鼓を打つはずだが、今夜は心配と不安で味など解らなかった。部屋に戻っても落ち着かず、立ったり座ったりを繰り返す。これではいけない。何かあったときに動けなくなってしまう。

溜息をついたときに、ふっと自分の匂いが鼻についた。そう言えば今朝から走りまわった上に汗もぬぐっていなかった。温かな湯で汗を拭えば気分も変わるかもしれない。私は宿の受付で湯をもらえるようお願いした。

陶器の水差しから洗面器に湯を入れ、手ぬぐいを浸す。首の後ろの紐を解いて下着を首から抜くと、絞った手ぬぐいで身体を拭っていく。温かな湯の感触に少しずつ体のしこりが取れていくような気がする。

いつもならこの季節は冷水を使うのだが、今夜はなんだか妙に冷えるからと、湯にして正解だった。そして汗を拭いながら昼間の事を考えてみる。

入れないはずの結界の中から兄さんの人形とダークマターを盗み出した正体不明の賊。色々な考えを提示してみたが、そのいずれもが否定された。でも…本当はもう一つ、由緒ある学園の教師であるタバサには言いにくい考えがあったのだ。

消えたその二つが盗まれたのでないとしたら…自分の意思で、その場から消えたのだとしたら…。でも…それでもやはり解せない。あれが兄さんの意思で動いているのなら…ミゥを傷つけた事が納得いかない。

…ブルっと身を震わせて我に返る。本当に今夜は冷える。私は熱い湯を足し、再び手拭いを絞って身体を拭う。脇や乳房の間を拭うと、ようやく汗の匂いもおさまった気がする。…と、昼にもらったリンクパールから、タバサさんの緊張した声が私を呼んだ。

「シルファ、いるか!?…奴がこちらに現れた。いいか、あれは賊なんかじゃない…あれは…」

慌ててパールを耳に当てる。…なんだろう、妙に声が遠くてよく聞き取れない。

「…気をつけろ……が、すんでの所で…り逃がした。…奴……に行くかも…」

声が大きくなったり小さくなったりして安定しない。私はよく聞きとろうとパールを耳に強く押し当てたが、とうとう何も聞こえなくなってしまった。

ただ、何かが起きている事は確かなようだ。…そう思ったその時、耳に押し当てたリンクパールから、突然、はっきりと甲高い声が響いた。

「…ミツケタ…」

…驚いてパールを放り出した途端に部屋の明かりが消える。天井からぶら下がったもの、作りつけの机の上に置いてあったもの、双方のランプが同時に吹き消された様に消え、部屋が闇に閉ざされる。

私はとっさに椅子の背にかけてあったベルトからナイフを抜き、窓の脇の壁を背にして、身を小さくして身構える。やがて、月が雲から顔を出し、部屋の中を薄青く照らし出すが、そこに動くものは見当たらない。

私は耳を動かし、神経を研ぎ澄ませて部屋の気配を探る…すると、コトッ…っと、部屋の隅の方で物音がした。

音は暗がりから暗がりへ、駆けまわるように移動する。何か小さな物の影が一瞬見える様な気がするのだが、すぐにまた部屋にわだかまる闇の中に姿を消す。

そして、私をあざ笑うかのように、クククッっと喉の奥で笑うような声が聞こえた。

コト…パタタタタ…コトッコトッ…パタタッ…音は部屋の中で反響し、どこから聞こえているのか解らない。私はナイフを逆手に構えたまま、必死に音の出所を探る…

「アソボウヨ…」

突然耳元でささやかれ、私は悲鳴を上げて振り向きざま肩口を払いのける。だがそこには何もいない。不様に尻もちをついた私をあざ笑うかのように甲高い笑い声だけが部屋中に響き渡る。

「オニゴッコシヨウヨ!」

私はたまらず、体当たりするようにドアを開けて廊下に飛び出す、2、3歩走った所で躓いて転び、むき出しの胸をしたたか打った。

顔をしかめて振り返ると、開いたままのドアから半身を出した小さな影がこちらを見ている。逆光になっていて、シルエットしか見えないが見覚えのある姿だ。

その影はゆっくりと部屋の中側に隠れていた腕を表に出す…その手には何か大きな長いもの…窓からの光を反射する何かを持っていた。

「…ツカマエタラ…」

影は光る何かを頭上に掲げ、こめかみに響く甲高い声で私に対して宣言をする。

「タ~ベチャ~ウゾォ~~~…ウケケケケキャキャキャキャ!」」

影はその場でぴょんぴょん跳びはね、踊りだした。私は必死に立ち上がると階段めがけて一目散に走る。おかしい、さっきまで明るかったはずの廊下の明かりがすべて消えている。私は等間隔で並んだ窓から入る月の明かりだけを頼りに廊下を走る。

転がるように階段を降りる時、目の前の踊り場の壁に、私の背後に迫る人形が大きな刃物…剃刀のように見えた…を持って迫っているのが影になって映ってた。

カフェに出れば…沢山の冒険者たちがいる。私はカフェのホールを目指してただひたすらに走った。だが、頭上から降ってくるけたたましい笑い声から必死に逃げ、受付を飛び越えて愕然とする。

「なんで…なんで誰もいないの…」

真っ暗なホールには人の気配はなく、宿の受付やギルドカウンター、カフェのカウンターにさえ誰の姿もなかった。カーラインカフェはただしんと静まり返り、私の荒い呼吸の音だけが響いていた。

「…ソンナカッコウジャ、カゼヒイチャウヨ~~…」

喉の奥で悲鳴を上げ、我に返って振り返ると階段の踊り場から顔を出した人形がこちらを見ている。私が凍りついていると、ゆっくりと階段に姿を現し、頭の上に大きな剃刀構えて階段を下りてくる。

 

 

病室の窓から外を眺め、リンクパールに何度も呼びかけ続けるが、シルファの声は聞こえなくなったままだ。タバサは苛立たしげに舌打ちをすると、部屋から飛び出そうとするが、ベッドに横たわっているミゥの姿を見て思いとどまる。

「…くそっ…まずいぞ…」

 

 

カーラインカフェを飛び出した私は、街中から明かりが消えたグリダニアの道を転がるよう駆ける。
急な坂を駆け上がり、川に沿って走る。神勇隊の詰所に向かう事も考えたが、もしそこにも誰も居なかったらあそこは行き止まりだ。もう逃げ道はない。

私はあちこちにつまづきながら紫檀商店街、黒檀商店街を駆け抜け、鬼哭隊詰所の方面に向かってがむしゃらに走った。

商店街を抜け、道が広くなった所で木の根につまづき、砂利だらけの地面に転がる。心臓は早鐘の様に打ち、肺はまるで燃える様で、いくら呼吸をしてもまだ足りないといって酸素を要求している。

ペース配分も忘れた無理な疾走のせいか、それとも恐怖からか、小刻みに震える膝頭には力が入らない。

その時、すぐわきにある商店の看板が目に入った。私は萎える膝に活を入れて立ち上がると、階段を上がりドアを引きあける。

「…ミィツケタ!」

店の中をあさっていた私の背後からの甲高い声に振り返ると、人形は店の入り口に陣取ってゆらゆらと蠢いている。

「オイツメタゾ~!ウキャキャキャキャ!」

楽しそうにくるくると回っている人形に黙って弓を向ける。ここはセントールアイ、弓の専門店だ。私は矢を番えて弓を引き絞る。

「…コラ~…!…オミセノモノヲヌスムナンテ、ナンテワルイコ…」

最後までしゃべらせず、私は矢を放つ。唸りを上げた矢は額の真中に命中して人形を外の道まで弾き飛ばす。

私は弓を構えたまま、道の真ん中で手足をくしゃくしゃに折り曲げて転がった人形にゆっくりと近づく。その時、青い月の光が突然揺らめき、空の色が変わった。

澄んだ青い月がうねる様に色を変え、まるで血のような真っ赤な月に姿を変えた。空の色も、街の色もまるで血ぬられた様な毒々しい赤に染まっていく。

「し~~~る~~~ふぁ~~~…」

人形は俯いたままゆっくりと身を起こすと、額に刺さった矢をずるりと引き抜き、足元に捨てる、再び顔を上げた人形の顔を見た私の背筋が凍りつく。笑顔だった人形の顔が凄まじいばかりの憤怒の形相になり、その目が真っ赤に燃え盛っていた。

「…オ前…実の兄ニ向かって…弓を引イたナ…」

私は激しく動揺した。さっきまでの甲高い声とは変わり、聞き覚えのある男性の声。間違いない、長年聞きなれた兄の声だった。

「…嘘…兄さん…」

兄の声をした人形はゆらりと立ち上がると転がっていた剃刀を拾い上げゆっくりと近づいてくる。

「お前のそばデずっと…見守っテきたのは…ダれだと思ってイる…」

私の頭は混乱し、凍りついたまま身動きをとることもできずに近づく人形を見つめていた。だがその時、ベッドの上で眠り続けるミゥの姿が頭に浮かぶ。

金縛りが解けた私は再び弓を引き絞り、連続で矢を放つ。鋭く迫る矢をぴょんぴょん飛び跳ねて避けながら人形は兄の声で喋り続ける。

「シルファ…お前にハ躾ガ必要だ…」

人形が私を睨んだ瞬間、バン!っと大きな音がして弓の弦がはじけ飛ぶ。はじけた弦が私の頬をしたたかに打ち、熱を持ったそこから細く熱いしずくがこぼれ落ちるを感じながら、私は必死で駆けだした。

小川にかかる橋を渡り、細い小道を一目散に駆ける。狂ったような真っ赤な景色の中、見通しの悪い狭い道を駆ける。苦しくて胸が燃えそうだ。不意に前方の壁に人形の影が映り、私は慌てて脇道に入る…が、それが失敗だった。

その道はほどなく小さな水場で行き止まりとなっていた。私は抜け道を探して壁を探るが、周りは高い崖、どこにも逃げ場はなかった。

「オ~イツ~メタ~!」

崖を背にゆっくりと振り返ると、再び甲高い声に戻った笑顔の人形がゆらゆらと揺れながら脇道の入口に立っていた。

私はナイフを構えてみるが、腕にも、脚にも力が入っていない。そんな私に気付いたのか、剃刀を下ろした人形はゆっくりと私に近付いてくる。

そして額に穴のあいたまま笑顔を向ける人形が私の足元まで来た時、私は腕を下ろし、ぐったりと膝をついた。握っていたナイフが足元に転がる。

「…解ったよ…兄さん…もう…許して…」

俯いたまま、私は小さくつぶやいた。

 

 

ウレシイ!タノシイ!

ボクハ、しるふぁニ追イカケテイル間ニ見ツケテオイタ素敵ナ服ヲ着セ、咲キ乱レル花ノ上ニ座ラセタ!

しるふぁハ、チョット、ハズカシソウニシテタケド、アリガトウ兄サント、イッテクレタ!ソレカラ花ヲ摘ンデ冠ヲ作ッタリ、花ビラデ占イヲシテ遊ンダヨ!

「兄さん、昔みたいに…おままごとしようよ」

ヤッター!しるふぁハ覚エテイテクレタンダ!しるふぁガマダ、チイチャカッタコロ、ヨクオママゴトデ遊ンダコトヲ!

「私、お母さんね…」

しるふぁハ僕ヲ膝ノ上ニ抱キ上ゲルト、子守歌ヲ歌イ始メタ。アァ、懐カシイ歌声ダナァ。コウヤッテ何度モ寝カシツケテモラッタヨ。

コウヤッテ歌ッテモラッテルト、本当ニ眠タク…

ソノ時、僕ノ胸ニ何カ冷タイモノガ突キ刺サッタ。ソレハ僕ノ中ニアル黒イ石ニ突キ刺サッテ、ヨウヤクトマッタ。

僕ガビックリシテ目ヲ開ケタラ、僕ヲ抱イテイルしるふぁガ物凄ク冷タイ目デ僕ヲ見下ロシナガラ、僕ノ胸ニないふヲ突キ立テイタンダ。

「ア…ア…キョキョキョ!」

僕ノ身体ガ小刻ミニ震エル。僕ノ身体ノ中ニアル石カラ湧キダシテイタチカラガ、ドンドン
抜ケ出シテイク。

「あなたは兄さんじゃない…兄さんはミゥにあんな事しない…それに私、兄さんとはおままごとした事無いもの…あれは…あなたは…ただの人形…」

ヤダ…ソンナコト言ワナイデ…僕ハオ兄チャンダヨ…ズット一緒ダッタジャナイカ。しるふぁガ、ボクヲ置イテ村ヲ出タ後モズット…アレ…オカシイナ…ナンデオイテ行カレタハズナノニ一緒ニイタンダロ…

胸ニ刺ササッタないふガ強ク押シ込マレテイク。ヤメテ…ステナイデ!怖イ…寂シイヨ!

「おやすみなさい…私の人形…」

ボクニチカラヲくれた石ガ、真ップタツニ割レル感触。ソレト同時ニボクノ中ノチカラガ、ドンドン消エテイクノガ解ル。ボクハモウ叫ビ声ヲ上ゲルチカラモナク、全身カラ黒イ靄ミタイナノガ噴キ出シテイクノヲ、タダ眺メテイタ。

意識ガ無クナルホンノチョット前、ボクノホッペタニ温カイ何カガ垂レテ来て、一言ダケ、大好キナしるふぁノ声ガ聞コエタ。

「…ごめんなさい…」

 

 

涼しげな森の風が病室のカーテンを揺らす。私は丸椅子に座って意識を取り戻したミゥに事の次第を話している。

「…そう…じゃああれは、お兄さんじゃなくて…」

「うん、多分、兄さんだと自分で思い込んでいただけで、あれは人形そのものだと思う。貧しかった頃、ずっと大事にしていたから…」

壁にもたれて私の話を聞いていたタバサさんが、宙を仰ぎながらつぶやく。

「なるほどな。捨てられたくない、離れたくないと言う思念を暗黒物質が取り込んだか。シルファが取り込まれたグリダニアの街もおそらくはあいつの結界の中だろう。扉の鍵にかかった結界を取り込んだな」

「…それはそうと、驚いたぞ。お前を探して街中を走り回っていたら、まさかあんな所で素っ裸で転がっているんだからな」

思い出したように、タバサさんは笑いを噛み殺しながら私を見る。…そうなのだ。私はグレートローム農場の花畑の真ん中で下着姿で倒れているところを畑仕事をしに来た農夫に発見されたのだ。

あの夜の街の中で、人形が私に着せた服は消えてしまっていた。あそこはあくまで別の…夢のような世界らしい。

「身体拭いてる最中だったんだから仕方ないよ、それにちゃんと下は…履いてたよ…」

一緒になって笑うミゥを睨むと、彼女はごめんごめんといってあやまった。

「…ところで、人形はどうなったの?」

ミゥの言葉に一同の顔から笑みが消える。それが…といって、私はその後の事を話して聞かせた。

胸に穴のあいた人形は、農夫に発見された時、確かに私の腕の中にあったらしい。だが、人が呼ばれて、私が保護された時にはすでに消え去っていた。そのあと、農場の人に断って何度かあたりを探したけれども、結局見つかる事はなかった。

「そう…」

一同の間に沈黙が落ちる。その沈黙を破るようにタバサさんが明るい声を出して私の背を叩く。

「ともあれ、みな無事に済んでよかった。先の事を悩んでも仕方あるまい」

タバサさんの言葉にうなづいて、あの人形の事を考えてみる。あの人形はきっと、自分の事を兄だと思っていたのだ。でも、それはたぶん兄の思念じゃない。喧嘩をして飛び出してきたけれど、一人ぼっちで生活する不安から兄の存在を求めたのはきっと私だ。

あれはきっと、私の寂しさから生まれた思念。小さなころから遊び相手だったあの人形には、私のさびしい気持がきっとこもっていたのだろう。

だけど、今の私には沢山の仲間がいる。もう寂しくないから…ありがとう、私の人形。…それから…。

「さよなら…」

私を見守り続けた小さな人形に、誰にも聞こえないような小さな声で、私は別れの言葉をささやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室の窓が見える木立のなか、細い枝に腰をかけて、胸にぱっくりと穴のあいた人形が座っていた。穴から覗く真っ黒な石は割れた面が少しずつ元に戻り始めている。

人形は窓の中にいる青い髪の少女を見つめて嬉しそうにつぶやく。

「サヨナラジャナイヨ…マタ…アソボウネ…」