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――― 1 アフィン


ヒューマン・ニューマン・キャストの三種族により構成された惑星間航行船団、通称「オラクル」。宇宙の片隅にある小さな星に生まれた我々人類が、遥か外宇宙への進出を可能としたとき、新たな歴史は始まった。

新光歴283年。すでに「オラクル」の活動範囲は数多くの銀河に渡っていた。外宇宙にて、新たに発見された惑星には調査隊として組織された「アークス」が降下し、調査と交流を行う。そしてまた、次の惑星へと渡り新たな探索と発見を繰り返す。それこそが君たち「アークス」の役割である…とこれは目の前のモニターでアークスの偉そうなおっさんが熱く語っている内容。アークス候補生が試験前に見る映像講習の最後なんだろうけど、あまりに大仰すぎてなんだか嘘っぽく見えちゃうね。

おっと、俺の名はアフィン。ニューマンのレンジャーを目指すピッカピカの研修生ってとこさ。今は正式なアークスになるための試験の最終段階。このあと惑星ナベリウスに降下しての実地試験を終えたら念願の正式アークスになれるってことらしい。まぁ、俺の場合はアークスになるって事よりも別の目的があるんだけどね。…まぁそれはいいか。それもこれも正式アークスになれてからの話だもんな。

お偉いさんの退屈な話が終わったあと、現地での実地訓練を行うペアが発表された。俺は割と人見知りしない方だからよっぽど変なやつでない限りうまくやってく自信はある。でもどうせなら色っぽいお姉さんとかだと最高だけどな~。

一定の間隔をおいて名前を呼ばれた候補生が試験官の前に行き、二人一組で転送ゲートに飛び込んでいく。いざとなるとだんだん緊張してきたぜ。…と、いよいよ俺の名前が呼ばれ、半透明のタブレットボードを抱えた試験官の前に進み出ると、もう一人順番待ちの中から進み出てきた候補生がいる。こいつが俺の相棒になるやつだな。

相棒はうす青い髪を頭の左右でくくった、とてもちびっこいニューマンの女の子。体型や服装からおそらくフォースなのだろう。ちょこちょこと小走りに教官前まで来ると、くるりと俺の方をむいてペコッと頭を下げる。

「えと、えと、フォース候補生のシルクですっ…まだまだ未熟ですけどよろしくお願いしますですっ」

そう言ってお日様みたいな笑顔で俺を見上げた。…か、かわいい。いや、俺の趣味はあくまでボインボインなお姉さんなんだけど、こういう可愛らしいのも悪くはないかもしれない。なんて言うの?守りたくなる感じ?今までロリコンのオニーサンがたの気持ちは分からなかったんだけど、こういう感じなのかねぇ。

ともあれ、自己紹介を終えた俺達は並んでうっすらと地上の木々が透けて見える転送ゲートの縁に立った。下に見えるのが試験の現場となる惑星ナベリウス。どういう原理かしらないけど、このプールみたいに見えるゲートに飛び込むことで宇宙空間を超えて下に見えている地上に転送されるらしい。

シルクを見るとやはり緊張してるんだろうな、少し固い表情をしてゲートの下を見下ろしている。ここはやはり男の俺が先に飛び込んでやるべきだろうな。俺はシルクに軽くウィンクしてみせると思い切ってゲートに飛び込んだ。

 

 


頭が真っ白になる瞬間のあと、長い星空のような空間を飛んでいるようなイメージだろうか…地上への空間転送はシミュレーションで何度か経験していたけど実践するのは初めてだ。都市内部での短時転送は何度も経験してるけど、あれとは少し違う感じだな。手足はもとより、体全体の感覚がなくなり、魂だけがむき出しになって前方に向かって吸い込まれていくような…正直、あまりいい気分じゃない。再び目の前が光りに包まれ、トンネルを抜けるような感覚のあと、ふっと周りの空気が変わった。曖昧だった四肢の感覚が戻り、浮いていた体に重力がかかる。俺は訓練通りに着地姿勢をとってナベリウスの大地に降り立った。

土や草の香りを強く含んだ少し湿った空気を胸いっぱいに吸い込んでゆっくりと立ち上がると、後ろでドシャッっと何かが落ちる音とともに「きゃっ」っと可愛い悲鳴が上がる。振り返ると着地に失敗したシルクが地面に尻餅をついていた。

「あいたたた…」

顔をしかめておしりをさすっているシルクに手を差し出すと、シルクは恥ずかしそうに顔を赤らめて俺の手を握り返してくる。俺は軽く彼女を引き起こして改めて周りを見回す。今のは試験開始前だから評価基準には入らないはずだ。どうやらシルクは見た目通りにあまり運動神経が良くないようだ。試験上とはいえパートナーになったのも何かの縁だし、ここは俺がきっちりとフォローしてやらないないとな。

彼女を守るように一歩前に出て試験開始の合図を待つ。正直なところ、俺も戦闘はあまり得意じゃないんだが、相手がこんなにか弱い女の子じゃ俺が気張っていくしかないもんな。その時背後でククッっと押し殺した笑い声が聞こえたような気がしたけどまぁ気のせいだろう。

俺は腰の後ろに下げたライフルを手に取り、軽く作動チェックをする。試験中にトラブルはゴメンだからな。シルクもまたテクニックのチェックだろうか。後ろでなにかゴソゴソやっている。風にのって「レスタ…回数チェック」とか、「時間、画像も記録…」とかつぶやきが聞こえてきたから戦闘スキル研究用のサブプログラムかもしれない。フォースのことはよくわからないが研究熱心な子みたいだ。

前の研修生が遅れているのだろうか、なかなか試験が始まらない。俺はジリジリとした緊張を紛らわすように緑に包まれたまわりの景色を眺めてみた。緑の惑星という座学での説明通り、ナベリウスは鬱蒼としたジャングルのような惑星だ。ただ、今いる場所は比較的開けていて、周りが高い崖に囲まれていて見通しこそ良くないものの、それほど鬱蒼としたイメージはない。小さな虫の羽音や小鳥のさえずりが聞こえてきて、ともすると試験中だということを忘れてしまいそうだった。

「これより試験を開始する。まずは…」

今までののどかな雰囲気から一転、インカムから届いた雑音混じりの試験官の声に緊張に身が縮む思いだが、不安そうなシルクを見ていると逆に勇気が湧いてきた。俺が縮こまってちゃこの子がかわいそうだもんな。

「行こうぜ、相棒!」

俺はシルクに軽く親指を立て、さっと振り返って指定されたポイントに向かって走りだす。まずは基本的な動きのおさらい。研修所で何度も練習してきたことの復習だからどうってことはない。シルクもややもたついたものの、しっかりとついてきている。

そしていよいよ実戦訓練。標的は定められておらず、進行上障害となる対象の各自排除という大雑把なものだった。

「障害ったって何を基準にしたらいいんだろうな、普通の動物だっているんだろ?試験官も適当だよな~」

最後の一言はインカムのボリュームを落としてシルクにだけ聞こえるようにした。シルクは困ったように苦笑すると、また少し不安そうな目で俺を見た。やっぱり実戦は怖いのだろう。俺は大丈夫だよと言ってシルクの、文字通り絹のように柔らかな髪を撫でてやった。シルクは最初ちょっとびっくりしたようだったが、恥ずかしそうに頬を染めてうつむいた。その時ギリギリという何かが軋むような音がしたが、周りを見回しても特に何も見えなかったから気のせいかもしれない。

のどかな日差しを浴びて試験ルート上を進んでいると、前方に一匹の猿が見えた。地面に座って毛づくろいをしていたみたいだが、俺たちに気がつくと動きを止めてこっちをじっと見つめている。ナベリウスの原生生物だろう。鮮やかな黄色の体毛で、なかなか愛嬌のある顔をしていた。

「お、見ろ原生生物だぜ!可愛いやつだなぁ…ほら、おいでおいで…」

俺はしゃがみこんで猿に手招きをしてみた。見た感じあまり凶暴そうにも見えないし、身体も小さいようだから、多分おとなしい生き物だろう。だ、断じてシルクの手前余裕のあるところを見せたかった訳じゃないぜ?いや、マジで。

猿は俺の手招きに答えるように立ち上がると、ゆっくりとこっちに近づいてきた。後ろで慌てるシルクを優しく制すと、俺はまた猿に手招きを続けた。

「ほらほら、こんなトコにいるとおっかないアークスにやられちまうぞ。早く安全な崖の上に…あ…れれれ?」

でかい。徐々に近づいてきた黄色い猿は俺の予想をはるかに上回って巨大化を続け、今や俺と同じくらいの身長にまでなっていた。5メートルほどの距離まで接近した猿が、鼻っ面に皺を寄せて激しい威嚇の声をあげる。な、なんかやばい予感?慌てて腰の銃を引きぬいて構えるが、慌ててしまってセーフティの解除がうまくいかない。ようやく解除をして銃を構え直した途端、逆立ちした猿が全身をバネのように使って飛び蹴りを放ってきた。

「ぐはっ!」

吹っ飛ばされた俺は背後の崖に背中をしたたかに打ち付けた。目の前がチカチカして胃の中身がはじき出されるような感覚に一瞬息が止まる。頭の片隅でもう一人の俺が「起きろ!追い打ちが来るぞ!」と叫んでいるが頭と体がうまく連動してくれない。かろうじて横に転がって追い打ちの飛び蹴りをかわしたものの、気がつくと握っていたはずの銃がない。慌てて見回すと、弾き飛ばされた銃はピョンピョンと飛び跳ねて楽しそうに手を叩いている猿の向こう側に転がっていた。

奴はひとしきり踊りまわると再び俺に向かって逆立ちの姿勢で力をため、飛び蹴りの体制に入った。その様子が妙にゆっくりと映し出されるのを見ながら、俺は絶望の悲鳴をあげていた。

その刹那、逆立ちしていた黄色い体毛が真っ赤な炎に包まれた。驚いて仰ぎみると、俺の隣に立ったシルクが純白の杖を構えていた。ロッドの先端からゆらゆらとかげろうが立っていたから今のはきっとフォイエのテクニックだろう。燃え上がった猿は苦しげに呻きながら転がりまわって体の火を消していた。

シルクは構えを変えるとほっそりした眉根を寄せて次の詠唱を始め、俺の体が白い光りに包まれた。蹴り飛ばされたみぞおちの痛みが泡のように消え、立ち上がる力が湧いてきた。俺は猿のわきを駆け抜けて銃を拾うと、ようやく火を消し止めて立ち上がった猿に銃口を向けて引き金を引き絞った。腕を揺さぶる振動とともに灼熱の弾丸が連続で猿の体に叩きこまれていく。

俺は猿が完全に動かなくなるまで連射を続け、ようやくそれを確認するとため息をついて銃を腰に戻した。心臓は早鐘の様に打ち続け、呼吸も短距離走をしたあとのようだ。目に見えるほどに手が震えていないのがせめてもだったが、シルクが見ていなかったらきっとへたり込んでいただろう。

「大丈夫ですか!?まだ痛いところはないですか?」

駆け寄ってきたシルクが心配そうに俺の身体を検める。大丈夫だよといって微笑むと、こっそりと目に浮かんだ涙を拭いて、改めて足元に転がった猿を見下ろした。舌をだらりと出し、血を流して横たわっている姿を見ると、改めて自分が殺したんだと身に沁みてくる。アークスになったらこんなことは日常茶飯事、いちいち考えていたらきりがないのは承知だったつもりだけど…なるほど、こんな気持ちなんだな。

とにかく、試験はまだ終わっていない、先に進もう。俺はシルクを促して再び前進を再開した。

 

 

その後、支援コンテナによる治療ポッドの使い方や携帯用医療チューブ「モノメイト」の使用など、ひと通りの行程を経て、試験も終盤に差し掛かった時、異変は起きた。

「緊急警報発令!周辺地域のフォトン係数上昇…ダーカーが出現します!全アークスにつぐ、これよりダーカーへの戒厳令が発動されます!」

試験官の通信を割り込んで別のオペレーターの金切り声が響いた。お、おい、嘘だろ?ダーカーって…座学で散々出てきた「宇宙の破壊者」、「アークスの天敵」。奴らはナベリウスにはいないはずじゃなかったのかよっ!

「ザザッ…周辺地域の…修者…ザッ…は…至急…退…ザザー…」

さっきまでクリアに聞こえていた通信が急にノイズだらけになり聞き取れなくなった。それとともに装備の腕部分に装着された端末のフォトンメーターがでたらめな数値を描いたと思うと、Errorの文字が点滅をし始める。

すると、目の前、今まで何もなかった空間に禍々しい黒い渦…そうとしか言えない何かが発生して、そこからにじみ出るように、4本の足を持った蜘蛛みたいな何かが現れた。まるで棘のような細い足、中央部分には頭部なのだろうか、やはり鋭角的な突起のある器官が見て取れた。そして何より、吐き気を催すほどの禍々しいフォトン。

不意に、呆然としていた俺の背後で炎が炸裂する。後ろから忍び寄っていた別のダーカーにシルクのフォイエが命中したのだ。俺も振り向きざまライフルを向け、三点バーストで弾丸を叩きこむ。ダーカーは一旦はひっくり返ったが、すぐに体制を立てなおして鋭い棘のような足で飛びかかってくる。転がって身をかわした俺は、這いつくばったダーカーに至近距離からお見舞いしてやる。前方ではシルクがもう一体のダーカーを片付けているようだった。

俺はたった今蜂の巣にしたダーカーを見下ろした。砕けた頭部とちぎれた足。死骸といってもいいはずだ。だが何だろう、さっきの猿の死骸とはまるで違う感じ。そうだ、こいつらには生物としての何か決定的なものが欠けている気がする。例えるなら、そう、命そのもの…

「アフィン、あれを見るですっ!」

シルクの叫びに我に返って彼女が指差す方向を見ると、さっきと同じ黒い渦がいくつも湧き出しているのが見えた。そしてそこから滲み出したダーカーたちは俺達の周りで増え続け、見る間に俺たちは無数のダーカーたちに取り囲まれていた。二人共必死に目の前のダーカーに攻撃を続けたが、次々に湧いて出るダーカーの群れにジリジリと後退して、ついに背中合わせに追い詰められた。

「ま、まずいぜ…このままじゃ…」

「きりがないですっ…もう、思い切って突破するしかないですよっ」

シルクの言葉に耳を疑った。この無数のダーカーのまっただ中を駆け抜けようってのか!?正気の沙汰じゃないぜ!

「冗談だろおい!こんだけの数じゃ…」

「つべこべ言うなです!このグズが!!」

「ハ、ハイッ!」

思わず背筋が伸びて直立不動になった。何がなんだか分からなかったがとにかく駆け出したシルクの後を追って俺もダーカーの群れの中を猛然と駆け抜けた。あまりの数にほぼ真っ黒の視界の中、シルクの白い背中を見失わないように押し寄せるダーカーをあるいは飛び越え、あるいは銃の台尻で殴りつけて、ただただ、がむしゃらに走り続けた。

シルクも小柄な身体を活かしてダーカーの下をくぐり、転がり、一目散に前だけを目指していた。なんかさっきまでと違ってやたら動きが軽快だ。あと、時折邪魔なダーカーを純白の杖で殴りつけてはヒステリックな高笑いをしていたような気がするけど、きっと極限状態から来る気の迷いだろう。

やがて迫りくるダーカーの数も減り、気がついたら俺達二人だけになっていた。正直、息がもう持たなかったので一休みする事にして、俺は地面に尻餅をついた。

「はぁ、はぁ、どーだコラ、さすがに逃げ切っただろ…」

「アフィン、人がいるですよっ!」

シルクの指差す先、岩の向こうに俺たちと同じ研修生と思しきレンジャーの男が見えた。たしかエリックといったっけ?ロビーで見かけたような気がする。奴は俺達に気づくとほっとしたような表情で振り向いた。やはり不安だったのだろう。構えていた銃を下ろしてゆっくりと俺達の方へ歩いてきた。その時、崖の上に出現したダーカーがエリックを狙って身を縮め攻撃態勢を取った。

「エリック!!上だ!!」

俺の叫びに驚いて見上げた姿。それが奴の最後の姿になってしまった。喉笛を掻き切られ、血を吹き出して倒れたエリックに次々に湧きだしたダーカーたちが襲いかかったのだ。凄惨な光景に息を呑んだが、ぼーっとしている暇はない。俺達の周りにも沢山のダーカーが湧きはじめたのだ。

また駆け抜けたいのはやまやまだが、既に膝がガクガクだ。これ以上は走れそうもない。シルクも同様のようで、口を真一文字につぐんで杖を握り締めている。やばい、やばい、やばい。頭の中はそればかりで、どうしていいのかが全く浮かばない。ともすればエリックが血を吹き出して倒れる姿が脳内で何度も再生されて、思考がそこで固定されてしまう。

やがてエリックの亡骸から離れたダーカーたちは次なる獲物、つまり俺達に矛先を変え、ジリジリと包囲の輪を狭め始めた。壁際に追い詰められた俺達はただ、それぞれの武器を握りしめてつっ立っていることしかできない。そして手の届く距離まで迫ったダーカーたちが一斉に鋭い鉤爪を振り上げたその時、眩い閃光とともに駆け抜けた一体の幻獣がいた。お伽話に登場する一角獣に似た姿をした、まばゆく光り輝くその獣は、俺達の目の前のダーカー達を蹴散らし、突き上げ、ひとしきり暴れたあと主のもとへと帰っていった。

そこにいたのは赤い戦闘服に身を包んだ目付きの鋭い男。一見して熟練のアークスと解るオーラを発していた。光の一角獣は男に甘えるように頬ずりをすると霞むように消え去り、あとにはカブトムシのような姿の小さなメカが残った。

「す、すげえ…」

今のは噂に聞くフォトンブラストというやつだろうか。熟練のアークスだけが使うことができるという必殺技で、マグと呼ばれるサポートメカに蓄積されたフォトンを一気に解放することにより様々な力を発揮するアークスの切り札。

「よう、大丈夫か?遅くなっちまって悪かったなぁ」

男は妙に気の抜けたような口調で話しかけてきた。さっきのフォトンブラストでだいぶ数が減ったとはいえ、まだかなりの数のダーカーが残っている。だが男はもう事が解決したかのように気楽な様子で歩み寄ってきた。

「まぁ色々あってよ、今救援の救援を呼んだとこなんだが、こいつがどうも遅刻してるみたいでなぁ…」

「ちょっと!遅刻なんかしてないわよ!」

インカムから甲高い声が割って入る。腕の端末モニターにはやはりアークスと思われる女性が写っていた。少し気が強そうだけどなかなかの美人だ。遅刻呼ばわりされた美人はぷりぷりと怒っていたが、アークスの男は全く意に介さず転送装置の具合を女性に聞いていた。

「まだダメみたい…転送座標がジャミングされているから、回収ゲートも出せないみたいなの」

そうか、研修生が大勢いるにもかかわらず転送ゲートでの救助が行われなかったり、通信機がいきなり不具合を起こしたのはその為だったのか。それを聞くと、アークスの男は背中に吊るしていた巨大なソードを引き抜いてつぶやいた。

「つまり…こいつらを片付けちまえば解決するってわけだ」

「え!?そ、それって俺らも戦うってことなんですか!?」

冗談じゃない!やっと現役の先輩に救助されたんだ。俺は正直な話、もう大丈夫だろうと思っていた。あとは先輩が守ってくれると思っていたんだ。なのに…

「当たり前だろう、お前もアークスなんだから。ほら、そっちの嬢ちゃんはもう準備を始めてるぜ」

見てみると、シルクは腕の端末にせっせと何かを入力しているようだ。ぼそぼそと「一人頭の回復料」とか何とか聞こえてきたが何のことだろう。

「あーーっ!もう解ったよ!やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」

もうヤケクソだ。ダーカーだろうが何だろうがやっつけてやるぜ!!俺たちはいまだ群れなす黒い化け物どもに突進した。

 

 

それからしばらくあと、俺は着陸艇のキャビンでへたり込んでいた。どうにかダーカーどもを蹴散らし、転送ゲートが再設定できるようになったため、こうして戻ってくることができたようだ。色々あったが、何にせよ無事に戻ってこられて良かった。エリックの亡骸も回収されたそうだ。

キャビンで待っていたのはさっきの通信に出てきたニューマンの女性。彼女はエコーと名乗り、俺たちを助けた先輩、ゼノのパートナーだと名乗った。なんだか喧嘩ばかりしているようだが、本当は仲のよさそうな二人みたいだな。俺とシルクもそんな二人になりたいな…なんてなっ!そんな妄想にふけってふとシルクを見ると、なんだかつらそうな顔で俯いていた。

ロビーに戻ると、先輩たちは報告があるからと去っていき、俺たちはまたふたりきりになった。とはいえ研修生も試験結果が出るまでは特にやることもない。さてどうしたものかな。

「んじゃあ、俺、しばらくそのへんをぶらついてみるよ」

軽く手を振って歩きかけたその時、俺の服の裾がついと掴まれた。見ると、うつむいたシルクが俺の裾を掴んでいる。俺が振り返ると慌てたように裾を離して手を後ろに隠すようにした。

「どうした?」

「あ、いえ…なんでも…ないですっ…」

なにか言いたいことがあるのだろう。俯いてもじもじしているシルクの手を引いて近場のベンチに腰を下ろした。

「なんだよ、言いたいことははっきり言いな。悪いようにはしないぜ」

俯くシルクが話しやすいように、できるだけ明るい笑顔で先を続けるように促す。それでもなかなか言い出しづらいのか、もじもじしていたシルクは、ようやく蚊の泣くような声で切り出した。

「えと…とても言い難い…お願いが…あるです…」

「ん?なんだよ改まって、水臭いことは無しだぜ、俺達相棒だろ?」

すると、シルクは少し泣きそうな、でも嬉しそうな顔で俺を見つめてきた。やべえ、こいつは脈ありかもしれねぇ。俺の人生決まったかもだぜ。

「じゃ、じゃあ…あ、えと、アフィンは、何でアークスになったんですか?」

急に話題を変えてきたシルクに戸惑ったが、俺は差し支えない程度に事情を説明した。俺はある人を探していること、その為にアークスになったというのが本当のところで、別に戦いが好きだとか、みんなを守るとかそんな大層なことはないってことを。

「そ、そうですか…えと、私は…私には歳の近いお姉ちゃんがいるですけど…」

ふっと表情が暗くなった。シルクの長い睫毛の先に光る涙が小刻みに震えている。初めて会った時のお日様みたいな笑顔が頭に浮かんで胸が締め付けられるような気持ちになった。

「お姉ちゃんは…普段は元気そうに見えるですけど…実は…実は…重い病気なんです…メディカルルームでも普通の方法じゃ治せないそうで…治る方法も無いことはないみたいなんですけど…ものすごくお金がかかるって…あ、これ周りのみんなには内緒にしておいて欲しいです!」

慌てて顔の前で両手を振り回すと、またふっと寂しげな表情になる。

「お姉ちゃん…病気のこと知らないですから…」

く、くううぅぅ…なんて、なんて健気なんだ。よし、解った。俺にまかしとけ、何だってしてやんぜ!

「だから私、頑張って少しでもお金稼がなきゃいけなくて…でも、私に出来る事って…レスタくらいだし…えへへ、それじゃお金にならないですよねっ」

涙を浮かべて、あえておどけてみせるシルクの姿に感極まった俺は彼女をギュッと抱きしめた。

「んじゃあさ、こうしようぜ。これからコンビで仕事するときにはさ、レスタ一回につきメセタ払うよ」

「え!そんな…だって、仲間なのに…レスタでお金取るなんて…」

「ただの仲間じゃねえだろ、相棒なんだからさ。相棒のねーちゃんなら俺のねーちゃんみたいなもんだぜ」

シルクは少し固かった体の力を抜き、俺に身を預けてきた。シャンプーの匂いだろうか、あれほど激しく動いた後なのに凄く良い匂いがする。

「本当に…いいんですか?」

「あぁ、任せとけ…」

夢見心地の俺の意識の片隅でピーッと言う電子音が聞こえたような気がする。なんとなく目を開くと彼女の肩越し、白い腕の端末モニターに「録音完了」の文字が点滅していた。

彼女は恥ずかしそうにゆっくりと身を離すと、俺の端末にデータを転送してきた。

「あ、では早速ですけど、今回のレスタの内訳ですっ。一応、タイムログとレスタ中の画像データも一緒に送っておきますので確認してくださいですっ不明な点は遠慮無く言って下さいですよっ」

「え…あ、ああ…その、用意いいね…」

「はいっ!こういうのはしたの、しないのと、もめがちですからねっ!その点ログを取っておけばバッチリですっ」

た、たしかにそうだよな。うん。間違ってはいない…よな?シルクはさっきまでと一転してあふれんばかりの笑顔でぱっと立ち上がると、じゃあ、月末までに支払いよろしくです!っといって華麗なVサインを送ってきた。

「あ…えっと、念の為に聞くけどさ、俺、騙されてないよな?」

「当たり前じゃないですか!なんたって私達は相棒なんですから!」

そうだよな、相棒だもんな。うん、騙されるわけないよ。ははは…

「では、これからもよろしくですよ!相棒さんっ!」

茶目っ気たっぷりのウィンクを残し、風のように去っていくシルクの後ろ姿を虚ろな目で見送る俺がいた。うん、大丈夫、俺は騙されていない。なぁ、そうだろ?

 


(インターミッション 1)

 


――― 2 シルク


フォトンドライヤーの熱でまだホカホカしている髪を頭の左右でくくりツインテールにまとめると、クマのプリントされた黄色いパジャマ姿の私がそこにいた。

私は鏡に向かってこの間ビジフォンの端末でダウンロードしたサブカル系電子書籍、「愛されるHimechanになるために」にあった、男がグッと来る微笑み方を鏡の前で実践してみる。(にぱっ!)

「…うん、かわいい。おっと、かわいいですぅっ。」

やっぱりイメージ戦略って大切みたいだし、こういう語尾は単純だけど外せない鉄板らしい。

私の目的を実現するためにも、まだまだ覚えるべきスキルはたくさんあってもう目が回りそうだ。とはいえ、なんとか無事にアークスにもなれそうだし、とりあえずの金づるの目処もついたからよしとするか。

私は冷蔵ポットから本日二本目のバドワイザーのチューブを取り出してリップルを抜き、一息に半分ほど飲み下した。

「…くうぅ~~~~っ!たまらないです、まさにこの一杯のために生きてるですよ~っ!」

「それにしても…まったくあのアヘンとか言うサル。もうちっと何とかならないもんですかね。やたらと馴れ馴れしいっていうか、あの体たらくで俺が守るオーラビンビン放ってるのが私もう痛々しくって見てられなかったですよっ。ありり?アヒン?アフィンだったっけ、まぁいいか、一応アフィンに統一しとくです」

私は鼻息も荒く机の明かりをつけ、椅子に腰掛けると引き出しから取り出した今では珍しい分厚い紙製の日記帳を開いた。

 

 

今日はアークス入隊研修の最終試験日。正直なところ研修といっても大したレベルではなく、こんなものでエリート部隊を名乗れるのかと思うと少し不思議な思いがした。やはりフォトン操作の適性のほうが重要ってことなのだろう。

惑星ナベリウスでの最終実地試験の時、相方になったのは貧相な顔をしたニューマンの男でアフィンと名乗った。やたらと馴れ馴れしくてうざったかったが、研究の成果を試すにはもってこいの相手だろう。早速用意しておいたキャラ作りにそって挨拶をしてトドメに、にぱっ!っと微笑んでみた。

効果は抜群だった。鼻の下がゼリーみたいに緩んだアフィンは目を輝かせてゲートに飛び込んでいった。なんて単純な生き物なんだろう。私はダメ押しに転送後の着地で尻餅をついてみせたが、もう私のことを1バイトも疑っていないようだった。私を引っぱり起こしたその背中には「俺が君を守ってやるぜ!」と燃える様な書き文字で書いてあるようだった。バカみたい。

とりあえず回復用テクニックであるレスタの証拠を残すため、行動ログ回収用のサブプログラムを走らせておく。これでいつ誰に何回レスタをしたかが画像入りで記録できるはずだ。目的達成のためには常に自分を高め続け無くてはならないし、そのためにはメセタはいくらあっても困ることはない。当面はこのアフィンに頑張って稼がせてもらうとしよう。

その後、失格にならない程度にわざともたついて見せた実技試験中も、こうしたらいいぜ!とか、やってみせるから見てな!とか言ってヘッタクソなお手本を見せたりしていた。哀れなり。

そうそう、実戦訓練の前に不安そうな顔をしてみせた時、あの男、よりにもよってこの私の頭を撫で回しやがった。あんな事されて喜ぶのは3つの子供かバーチャルゲームの頭の弱いヒロインくらいなものだ。一般的に同年代の男に頭をなでられたら下に見られているかバカにされているかだ。まぁそういうキャラを演じた以上仕方ないので歯ぎしりをして我慢していたが、本当は張り倒したくてウズウズしていた。

何より驚いたのは実戦訓練で、原生生物のウーダンを発見した時だ。頭のあったかい奴だとは思ってたけど、まさか犬っころみたいに手招きするとは思わなかった。座学の教本にも凶暴な原生生物だと書いてあったはずなのに。あの様子だと座学は寝てばかりだったのだろう。あれで試験に受かるとしたらフォトン適性試験で落ちた者が哀れすぎる。

案の定飛び蹴りを食らって無様に吹っ飛ばされていた。余裕の表情から慌てて銃のセイフティを外そうともがいたあと、涙目で壁まですっ飛んでいく姿は悲惨を通り過ぎていっそ微笑ましくもあったくらいだ。

私としてはおとなしく守られてやるつもりだったが、このままこいつがノされてしまうと、私まで試験失格になりかねないので少しだけ助けてやることにしたがのだが、過度には手を出さず、俺が倒した感を演出するのに苦労した。で、我らがアフィン君はどうにかウーダンを倒した後、私に隠れてこっそりと涙を拭いていたが、鼻水が垂れたままなのは気づかなかったみたいだ。まさにハナたれ小僧というやつだ。

その後は大きな問題もなく無事に試験も終わると踏んでいたのだが、私にも予想外の酷いハプニングが起きた。宇宙の破壊者、ダーカーの出現だ。

ダーカーの生態についてはいまだ謎が多いようだが、教本によれば空間を超えて出現し、少数の群れで行動する性質があるらしい。一匹二匹ならどうとでもなりそうだが、群れで押し寄せられると厄介だ。特に相方がこのサルでは心もとない。

私は早々に逃走を提案したが、バカザルの野郎「冗談だろ」とかぬかしやがった。倒すのは無理、逃げるのも嫌なら後はどうなるのか、それこそサルでも分かりそうなものだ。さすがに切羽詰まった私はちょっと地が出ちゃった気がするけど、頭真っ白なサル男には気づかれなかったみたい。

そのあとはさすがの私も必死だった。次々に襲ってくる鉤爪をかき分けてもかき分けても果てが見えやしない。邪魔なダーカーどもをボクンボクンと殴り飛ばしていたら途中からなんだか妙な感じに楽しくなってきちゃったけど、これは内緒。

とは言えアフィンのやつ、なんだかんだでちゃんとついてきていた。アレも潜在的には結構いけるのかもしれない。まぁ、潜在のまま人生を終わりそうな気がするけど。

その後のことはあまり思い出したくない。…同じ研修生がダーカーに襲われ、目の前で細切れに刻まれているのを目撃した。アークスの任務にはつきものだと解っているけど、やはりあまりいい気分ではない。

それに私の場合の嫌悪感には別の…っと、これはまぁいいか。その後現役のアークス、ゼノって人に助けられた。明らかにアフィンよりも頼りになりそうだけどあいつほど単純でお調子者じゃなさそうだから狙うには時間が掛かるかもしれない。それに相方の女、確かエコーって言ったかな。あいつの存在も邪魔臭い。気のないフリをしているがゼノに対するツンデレオーラが全身から漂っている。

急ぎすぎては仕損じることになるだろう。やはり当面はアフィンにターゲットを絞ったほうがよさそうだ。そう決めた私はシップに戻った後アフィンを引き止めて、最後のひと押しをカマしてみた。

当然、現役アークスとして働いているおねーちゃんが今回のダーカー討伐でナベリウスに降りていることは確認してある。あの人の神出鬼没加減は時空を超えそうな勢いだから油断ができない。うわさ話などしようものならなぜか偶然真後ろにいたりするしさ。

案の定、おねーちゃんが病気だって話を振ったらアフィンの奴、目を真っ赤にして涙をこらえていた。本当に純真な男だ。これほど真っ直ぐなままで良く今まで生きてこられたものだと感心するけれど、こちらにも目的と計画があるからありがたく利用させてもらうことにする。

だけど、まさか自分からレスタ代を払うと言い出すとは思わなかった。私としてはどうやって切り出そうかと最後まで悩んでいたのだけれど。さすがにここまでになるとあいつの将来が少し心配になってくる。罠にかけるつもりが家財道具一式背負ったまま自分から罠に飛び込んでくると、さすがの私の胸もちょっとだけ痛んだ。

ともかく、当面は大事な大事な「相棒」になるわけだからもう少ししっかりしてもらえるようにうまく誘導していこうと思う…まるっと。

 

 

私は怪しい骨董品屋で買った万年筆を置くと分厚い日記帳を閉じて鍵をかけ、引き出しにしまいこんだ。

ふぅ、これでよしっ!今日はいろいろ疲れたですぅ。

チューブに残っていたバドワイザーを流しこみ、一息つくと、カラのチューブをダストボックスに投げ込みベッドに飛び込んで仰向けに寝転がる。そしてベッドの縁に座らせておいたお気にい入りのクマのぬいぐるみを抱き上げて今日の出来事を報告した。いつもの私の寝る前の習慣だ。

さ~て、明日もたくさん頑張るですっ!おやすみなさ~い…ですっ!

クマの腕を振るように動かしてバイバイという仕草をさせると、おやすみのキスをして机の明かりを消した私は、クマを抱きしめながら眠りに落ちた。

 

 

 

 


――― 3 アフィン


くすんだグレーで統一された広い空間の中、たくさんのアークス達が俺の脇を抜けキャンプシップに向かう通路へと進んでいく。

巨大な剣を背負った者、黒光りするライフルを手にした者、そしてテクニックを発動するための杖を握りしめた者など。ここはアークス達が任務の依頼を受け、待ち合わせなどをするロビーの一角だ。

任務に向かう者達の表情は一様にある主の緊張感を持っていた。当然だろう。先日の惑星ナベリウスでのダーカー異常発生では最終試験中の研修生を中心に多くの犠牲者がでたようだし、あの日以来、ナベリウスでもたびたびダーカー出現の報告が届くようになった。

奴らはゆっくりと、でも確実にその勢力を広げているのだ。これからの任務には今までとは違う何かが起こるかもしれない。ベテランであればあるほど、それを肌で感じているのかもしれない。彼らのピリピリとした緊張感は先日の試験に合格して正式アークスに編入されたばかりの俺にも伝わってきた。いや、実際に犠牲者を目にした俺だからこそ、彼らの不安も理解できるのかもしれない。

惑星ナベリウスでの悪夢のような経験の数日後、俺のもとに試験合格の通知が届いた。連絡をとってみると相棒のシルクにも合格通知が来たという。二人揃って正式アークスに合格したお祝いに食事でもどうかと誘ってみたんだが、なんでも用事があるそうで断られてしまった。残念だけど用事があるんじゃ仕方ないよなぁ。

しかし、その少し後、実に意外な人物からアークス専用回線を通じてメールが届いた。俺は腕の端末を開いて届いたメールを読み返してみる。

『突然のメール失礼します。私はシルクの姉でアンズと申します。この度は正式アークス合格おめでとうございます!ナベリウスでは大変だったそうですけど、本当に無事でよかったですね。その際には妹のことも助けて下さったようで、なんとお礼を言っていいか解りません。ついては是非一度お会いしてお礼かたがた、お話を聞かせていただきたいと思いました。よろしければ下記の時間に第8ロビーでお会いしましょう』

驚くべきことに差出人はシルクのお姉さんからだった。シルクも忙しいようだし、当然ながら俺に断る理由はない。相手はあのシルクの姉さんだからきっと美人に違いない。しかもメールの文面から俺のことを大層買ってくれているようだ。これは素晴らしい夜の予感がしてきたぜ。俺、最近上り調子なんじゃねえか?

そろそろ約束の時間だがさっきのパーティーがキャンプシップに向かって以降、近くに人の気配はない。俺はもう一度髪を整え、服の乱れを確認する。よし、バッチリだ。何事も第一印象が大切だって言うからな。俺は手のひらに息を吐きかけ口臭も確認する。

「あの~、アフィンさん~?」

「うわぁ!」

びっくりして振り返るとそこにはシルクと同じフォース用の服を着た小柄な女性が微笑んでいた。背はシルクよりもいくらか高いだろうか。それでもかなり小柄に見えるのは全体的にほっそりとした華奢な体型だからか。なるほど、髪型こそ違うがとても良く似た姉妹だった。

シルクよりも若干緑がかった髪は背中まで垂らしたサラサラのストレート。ほっそりとした顎につながる小振りな顔の中央でツンと尖った可愛らしい鼻の上には鮮やかな赤い眼鏡が光っていた。服と髪飾りは白地に黒のシルクとはちょうど逆で黒地に白のポイントというイメージだろうか。

…い、いかん!思わず見とれてしまった。アンズさんはドギマギと挙動不審の俺を気にする風もなくニコニコと穏やかに微笑み続けている。あれ、待てよ…俺は今まで壁を背にして立っていたはずだ。確かにメールの確認なんかで視線を下げたりしたこともあるけど真後ろ、自分と壁の間に人が立てば気づかないはずはない。一体いつの間に後ろに回ったんだろう…まぁいいか。

「…?どうかしましたかぁ?」

「あ、いや、なんでも!」

俺たちは改めて挨拶を交わして、立ち話も何だからとショップエリアのカフェテリアに向こうことにした。道すがらアンズさんは少し鼻にかかったような可愛らしい声で自分のことなんかを話していた。アークスとしては数ヶ月先輩となるはずだが、おっとりというか、のんびりというか、独特のユルさをもった喋り方や穏やかに微笑むところなど、言いようのない可愛らしさを秘めた人だった。

しかし…そうだ、カフェテリアで向かい合ってコーヒーを飲みながら俺はシルクの言葉を思い出していた。

『…普段は元気そうに見えるですけど…実は…実は…重い病気なんです…』

目の前で試験当日の話を、時に目を輝かせ、時にクスクスと笑いながら熱心に聞いているこの人が重い病気に冒されているなんて。世の中ってのはどうしてこう残酷にできているんだろうな。

ショップエリアが一望できる高台のカフェテリアからは、陽の光が燦々と降り注ぐ中央広場の噴水やその周りでくつろぐ人々を見下ろすことができた。俺は思い思いの方法で午後の日差しを楽しむ人々を見て、少ししんみりとしてしまった気持ちを切り替えた。

「…花って…いいですよねぇ~」

ふと、アンズさんがつぶやいた。彼女の視線は俺の後ろにある花壇に注がれており、そこには緑の木々や色とりどりの花々が咲き乱れていた。俺はあまり気にしたことがなかったが、ちょうど今の季節はたくさんの花が咲く頃であるらしい。

「アンズさんは、花が好きなんですか?」

俺がそう問いかけると、アンズさんはとても嬉しそうに両手を胸の前で握り合わせると輝くような笑みを浮かべた。

「はい!お花は大好きです!」

何だか本当に嬉しそうだ。このご時世、美しい花に心を奪われるなんて本当に女性らしい人なんだなぁ。見た目にもピッタリだぜ。アンズさんは少しトロンとした表情で咲き乱れる花の素晴らしさを語り続けた。

「花といっても、色々な花があるんですよぉ。黄色い花や青い花、紫の花…でも、私が一番好きなのは…やっぱり真っ赤な花ですねぇ~」

俺の脳裏に赤い花を両手いっぱいに抱えて微笑むアンズさんの姿が浮かび掛け、慌ててそれを振り払った。いや、さすがに妄想走りすぎだろ、俺!相手はシルクのお姉さんだぜ!いやしかし、入隊早々こんな美人姉妹とお近づきになれるとか、俺やっぱ星の動き変わったね、絶対!

「花は…見ているのも楽しいんですけどぉ…私はどちらかと言うと、自分で咲かせるほうが好きですねぇ~。それに、花によっても本当に色々な咲き方があるんです~。うまく咲かせることができた時には胸がきゅ~ってなるくらい気持ちがいいんですよぉ」

「アンズさんは本当に花が好きなんだなぁ。もしかして部屋のベランダにも花がいっぱいあったり?」

ベランダでうれしそうに花に水をやるアンズさんを思い浮かべながらそう聞いてみると、彼女は少し残念そうに首を振った。

「…そうしたいのはやまやまなんですけど、ベランンダでは花を咲かせることはできないんですよぉ。ほんとにつまんないです…」

あれ?そんな規則あったっけか?もしかしたら宿舎によって決まりが違うのかもしれない。だとすると、どこか別の場所に花壇を借りて花を育てているのかもしれないな。

「でも、安心しましたぁ。アフィンさんがとってもいい方で…」

アンズさんが頬を赤らめて俺を見つめてやがる…俺はツバをぐびぐび飲み込みながら平静を装うのに必死だった。

「もっと…アフィンさんの事が知りたくなってきちゃいました…アフィンさんなら…どんな花を咲かせるんでしょうか…」

なんてこった、アンズさんは少し潤んだ熱っぽい目を上目づかいにして俺を見つめてくる。俺の理性はもう臨界寸前だった。

「ア、アンズさん、俺は…!!」

「あれ、アフィン?」

突然かかった声に我に返る。振り向くとキャラメル味のアイスコーヒーのカップを手にしたシルクがレジの方からやってくるところだった。用事はもう済んだのだろうか。

「こんなところで何やって…げっ!おねーちゃん!」

観葉植物の陰で見えなかったのだろう、俺の向かいに座っている人物に気がついたシルクが青ざめる。

「……げ?」

「あ、あーあー!何でもないですよっおねーちゃんの聞き間違いですぅっ!」

いったいどうしたと言うんだろう、首を傾げて聞き返したアンズさんに引きつった蒼白の顔の前で両手を振り回したシルクは突然俺の腕を掴み、店の隅のほうまで引っ張っていった。

「こ、こんな所でうちのおねーちゃんと何やってるですか!!」

「え、あ、いや…お礼を兼ねて、俺の話が聞きたいって言うから…」

観葉植物の陰にしゃがみこみ、声を潜めて俺を問い詰めるシルクのいつにない迫力に押され、俺はモゴモゴと事の経緯を説明する。

「…試験の時に私を助けた…お礼…ですか…?」

何だろう、「私を助けた」のあたりで一瞬口元に歪んだ笑みを浮かべたような気がしたけど、気のせいかな?

「何のお話ですか~?」

「ぎゃああああっ!!」

驚いて見上げると、顔を突き合わせてしゃがみこんだ二人の上から覗きこむようにアンズさんが見下ろしていた。いつの間に真後ろに…全く気配を感じなかったぞ!

「な、なんでもないですよ!こ、今後のほら、アレの打ち合わせをナニしようと…!」

「あらぁ~、じゃあアフィンさん忙しかったんですねぇ~。ごめんなさいね、わざわざ付き合ってもらっちゃって~」

アンズさんは俺たちの隣にしゃがみこんで困ったような笑みを浮かべる。店の隅でしゃがんだ三人に他の客が何事かと視線を送ってきていた。

「あ、いや俺は別に…」

「さあほら!もう行くですよ!…じゃあおねーちゃん、そういう訳でまたですっ!」

シルクは俺の腕を抱きしめるように掴んで強引に店を出ていく。何だろう、今日のシルクはやたらと積極的だ。俺は抱えられた腕に当たる柔らかい感触に夢見心地になりながら、背後のアンズさんを振り返った。アンズさんは俺の視線に気がつくと、軽く手を振って俺たちを見送った。

「アフィンさん、今度ゆっくりとお花を咲かせに行きましょうね~!」

なぜだかそれを聞いたシルクの身が硬くなり、喉の奥で引きつるような音がした気がする。それにしてもどうしてシルクはこんなに強引に俺を連れだしたんだろう。今日の約束は確かキャンセルされたはずだったのに…。

シルクはそのまま広場から少し脇に入った路地まで俺を引きずっていった。そろそろ陽も傾き始めてはいたが広場にはまだたくさんの人がいて、壁を隔てた向こうからは涼し気な水音とともに楽しそうな歓声が聞こえてくる。

シルクは俺を路地の奥まで引っ張ってくるとようやく腕を離して振り返った。うつむいているから表情はわからないけど、心なしか肩が震えているような気がする。

「…シルク?」

「…お姉ちゃんと、何話していたですか!?」

シルクはキッと顔をあげ、俺の両腕を掴んできた。眉根を寄せ、なにか思いつめたような目をしている。その表情は真剣で、とても冗談で返せるような雰囲気ではなかった。俺はカフェテリアでの出来事を思い出せる限り話して聞かせた。

「しかし何だなぁ、アンズさんって本当に花が好きなんだなぁ。女らしいっていうか…」

なぜだろうか、俺の感想に対してシルクの顔に浮かんだシニカルな笑みがとても印象的だった。

「そういえば、今度一緒に花を咲かせに行こうって…」

不意に俺の服の裾をシルクがきゅっと掴んだ。そして俯いたまま小さな声でこういった。

「…私も…いくです…」

え?シルク今なんて…

「二人でなんて…ダメです…!」

え?え?それって一体どういう…何だ、この展開…

「アフィン…あんまり…おねーちゃんと仲良くしないで…」

そう言ってシルクは俺の胸に顔をうずめてきた。頭の中ではシルクの真剣な表情とアンズさんの優しい微笑みがぐるぐる回っている。

つまりこれはアレか?アレだよな!ついに俺もアレなのか!?つまりほら、アレだよアレ!…なんて言ったっけ?ほら、アレだ!両手に花?…いや、三角関係?…び、びびび、美少女姉妹が、おおお俺を取り合ってるってことなのか!?

「とにかく…今度おねーちゃんから連絡が来たら必ず私に…って、ちょっと、聞いてるですか!?」

我に返ると、シルクが軽く睨むようにして俺を見上げていた。

「…え?あ、ああ、フッ…大丈夫さシルク。俺はそう簡単に心変わりをするような男じゃないんだぜ…」

「…はぁ?」

きょとんとした顔のシルク。ははは、照れているんだな、可愛い奴め。訝しげな表情のシルクの肩を叩き、前髪をサッとかき上げてみせる。シルクが一瞬汚いものでも見るような表情をした気がしたが、ここまでの展開からそれはないだろう。きっと光の加減か何かだ。

その後、シルクはアンズさんから連絡があったら必ず自分に知らせるようにともう一度念を押すと妙に疲れた顔で帰っていった。

しかし、そうか…俺もなぁ…いやいや、参ったぜ…アークスはモテるって聞いてはいたけどさ、まさか…なぁ。バーチャル恋愛ゲームで男の魅力を磨き続けた効果があったってことかも知れないな。

そうだ、部屋の増築申請を出しといたほうがいいよな。うん、この先何が起こるかわかんないし!でかいベッドと…やっぱキッチンは広いほうがいいって言うよな!善は急げだ、今から早速申請してこよう!

色々あったけど、俺にもやっとツキが回ってきたみたいだ。俺はこれから来るだろうバラ色の生活に思いを馳せながらオラクルの住民管理施設へと駈け出した。

 

 

 

 


―――― 4 シルク


いまだホカホカと湯気を上げる頭にタオルをかぶせたまま、部屋の隅に置かれた机で一気に冷えたバドワイザーを煽ると大きく息をつく。なんだか今日はやたらと疲れる一日だった。私はクマのぬいぐるみを膝の上に乗せると、引き出しから日記帳を取り出し、今日一日の出来事を思い出し始めた。

 


思えば今日は寝起きからして最悪だった。朝っぱらからアフィンの脳天気な声で叩き起こされ、何かと思えば合格通知が来たからと食事の誘い。

合格とは言うものの、ただでさえフォトン操作能力の有無による選別がある上、今回の騒動で「候補生の数」そのものが激減してしまったこともあり、あの状況を生き残れた者の中から更にふるいにかけるほどの余裕は今のアークスには無いというのが実情だろう。

そうでなくても今回の新たな地域でのダーカー異常発生を見れば、アークスとダーカーの戦いという一局面においてだけでも新たな段階へと移行していくことは間違い無いだろう。その上惑星アムドゥスキアの龍族とのいざこざまで持ち上がったという話だ。おそらく、今回の募集だって採用基準は限りなく低かったに違いないと踏んでいる。

私はアフィンの誘いには、どうしても外せない用事があるから今度また改めて時間を取ろうと流して通信を切った。今度は今度、予定は未定であって決定ではない。

ベッドに戻ってそのままもう一眠りしようと思ったが、どうにも眠気がきそうにない。しかたがないので起き上がると部屋着に着替えて、冷蔵ポッドから朝食に携帯フード「朝食Cセット」を取り出して封を開けた。

食事を終えてベッドでくつろいでいると、端末のメール着信音が軽やかな音を立てた。ベッドの上でのけぞって端末モニターを覗きこむが送信相手の名前に心当たりはない。私は一応、自作のセキュリティプログラム「撃滅くんRX」を走らせるが、ウィルスや悪意のあるプログラムは見つからなかったのでメールを開封してみると、相手はハダリと名乗り、アークスのメンバーでおねーちゃんの所属するチームのリーダーを務めている人らしい。

ざっと内容を読んでみると、アークス採用に対する祝福と、チームへの勧誘が主なようだった。詳しい話だけでもしたいということでアークスメンバーの宿舎ロビーが指定されていたが、残念ながら私はまだチームに入る気はないし、もし入るとしてもおねーちゃんのいないところを選ぶつもりだった。私は祝福に対する感謝の言葉とチーム勧誘に対する丁重な断りの内容をメールに書き起こし、返信のボタンをクリックしようとしたところでふと指が止まる。

おかしい。私が合格を知ったのはつい先程だ。それはアフィンにしてもそう変わらないだろう。私は返信を保留しつつ、アークス公式サイトの中から採用に関する箇所をチェックする。制式採用試験実施の日程の下に公式での結果発表の日程として本日午後の日付が書かれていた。やはりそうだ。研修生個々への連絡はともかく、公式への発表は今日の午後の予定となっている。

このハダリという人は一体いつ私の合格を知ったのだろう。私の首の後がちりちりする。危険を感じたときに特有の感覚だ。この一件にはどこかで何者かの意思が働いている気がする。私はハダリという人へ改めて断りのメールを送ろうと返信スイッチをクリックしたが、モニターに表示されたのは愛想のないエラーメッセージだった。

「このメールには返信できません」

 

 

それからしばらく後、私は転送ゲートを乗り継ぎ、指定された宿舎のロビーまできていた。ロビー端末にメールにあった部屋番号を入力してしばらく待つと、転送ゲートに黒と紫を基調にしたグラマーなキャスト女性が現れた。この人がハダリというリーダーだろうか。

軽い挨拶の後、立ち話も何だからとチームの溜まり場になっているという彼女の部屋に行くことになった。私としてはこの誘いは断るつもりだったのでロビーで手早く話を済ませてしまいたかったが、合格通知の件といい、多少気になる部分もあったため、とりあえずハダリさんについていくことにした。

「そっか、シルクちゃんはアンズちゃんと同じフォースなんだね、アンズちゃんと同じで可愛い子だなぁ!」

「あ、どうもです…そ、それで合格通知の件なんですけど、どこからその話があったですか?」

「昨夜アンズちゃんから聞いたんだよ!それにしても足とか細いねぇ、真っ白だねぇ~!」

ハダリさんは妙にテンションの高い人でルームに向かう廊下でも、私の緊張を解くためか、常に喋り続けていた。…にしても、おねーちゃんから聞いたとはどういうことだろう。しかも昨夜なんて本人にすら連絡はなかったはずだ。

ほどなく目的の部屋につき、スライド式のドアが開くとそこは明るい日差しの入る広いリビングルームだった。置いてある家具もセンスが良く、決して華美にならない居心地の良い空間に仕上がっていた。

私が勧められたソファーに腰を下ろすと、柔らかな湯気のたつ紅茶の入ったカップが眼の前に置かれる。ふっと鼻をくすぐる香りに私は驚いた。あ、これ本物の紅茶だ。長い間宇宙をさまようオラクル船団にとってきちんと香りの立つ茶葉というのは貴重品だ。

そのため、一般のカフェテリアや庶民的な感覚で入るティールームなどでは紅茶の香りを人工的に創りだした物が一般的に飲まれている。私自身もこんな本物を飲むのは久しぶりだった。

「はい、それでチーム入団のことなんだけどね!」

「あ、その件なんですけど…実はぁ…」

こうしたもてなしを受けた後には言い難いのだが、ここはやはりはっきりと言わなければならないだろう。私は小さく頭を下げて断りの言葉を口にしようと口を開いたのだが…。

「私、まだ入隊したばかりで右も左も解らないですしぃ…」

「特にこう呼んでほしい!とかあるかな!?」

「あ、いえ、そうでなくてっ、まずはもう少し見聞を広めてから…」

「メンバーには徐々に紹介していくからそれはいいよねっ!」

「あのぉ、私の話を…」

「細かいルールとかは追って説明するとして…」

ハダリさんは全く私の話を聞かず、どんどんチーム登録の手続きを進めていく。しまった。ここはおねーちゃんが所属しているチームだというのを忘れていた。常識が通じると思ってノコノコついてきた私が浅はかだった。

「あ、あのぉ!私っ」

「んじゃあチーム入団の最終チェックをしちゃおうか!ね?ね?」

ハダリさんは私を引っ張って立たせると、背中を押して隣の部屋へと続くドアの方に押し込んでいく。最終チェック?何のことだろう。リビングの脇にあるスライドドアがシュッと音を立てて開くと、ふわっと甘い香りが鼻をくすぐった。そこはリビングの半分程度の広さだろうか、ぐっとシックなイメージの部屋で、まず目に入るのが部屋の中央におかれた豪華な天蓋つきのキングサイズベッド。その脇では繊細な4本の脚を持つ優雅な浴槽が美しい花びらを浮かべて湯気を上たてていた。

一瞬の思考停止の後、私の背筋が凍りつき、頭の中で激しく非常サイレンが響き渡った。危険だ、これはとてつもなく危険な状況だ!慌てて振り返ると、私をこの部屋に押し込んだキャスト女性は口元に笑みを浮かべたまま無言で私を見下ろしている。

「あ、あのぉっ!最終チェックって一体!?」

「心配ないよっ、チームは集団行動だからね、メンバーとうまくやっていけるか確認のためにシルクちゃんがどんな女の子なのか確かめるだけだよ~っ」

その時、ベッドの脇においてあったウサギみたいな形のぬいぐるみから、自動録音されていたらしい音声が再生された。

「ヤメテ、ヤメテ!シンジャウ、シンジャウ!………モット!」

繰り返し再生されるウサギの歓喜の声に、二人の間に重い沈黙が垂れ込める。ハダリさんはつかつかと部屋を横切りウサギを抱き上げると背中にあったスイッチを切る。そして再び静かになった部屋の中、何事もなかったように笑顔で振り返った。

「心配しないでねっ!」

嘘だっ!!絶対捕食(性的な意味で)される!ってゆーか、もう捕食されかけてる!私は脱兎のごとく部屋の入口に駆け出すが、その私の目の前で、入口のドアが分厚いシャッターで閉ざされる。そして間髪入れずに日差しの入り込んでいた大きな窓にも同様の特殊合金と思われる鉄格子が音を立てて閉じていった。

「開けてっ!誰か助けてぇっ!!」

私は必死にドアを叩くが分厚いシャッターはびくともせず、ぺちぺちと鈍い音を立てただけだった。ジリッという床板の音に振り返るとハダリさんが両手をワキワキと蠢かせ、私に迫ってくるところだった。

「大丈夫だよぉ~、怖くないからねぇ~」

私は回りこむようにしてベランダへ出るドアへ走るが、ここも同様のシャッターで塞がれている。追い詰められた私はナノトランサーからロッドを取り出そうと試みるが、アークス宿舎内では武器の出し入れは制限されていて取り出すことができない。

「はぁ~い、つかまえた~っ」

壁に背中を付けてズルズルとへたり込んだ私をハダリさんがヒョイと抱き上げる。じたばたと暴れてみたが、さすがに相手がキャストではかなうはずもない。私はベッドの上に優しく下ろされ、その上に舌なめずりをしながらハダリさんが覆いかぶさってくる。

「さ~て、シルクちゃんはどんな子かなぁ~、どんなとこが弱いのかな~」

唇をつきだして近づいてくるハダリさんの顔にぎゅっと目を閉じて覚悟を決めたその時、キュン…バキン!っという風切り音と金属音が炸裂し、私に覆いかぶさる重みが消えた。身を固めたまま、恐る恐る眼を開くとそこにハダリさんの姿はなく、彼女は鉄格子の降りた窓の反対側の壁近くに転がって関節から激しく火花を散らしていた。

よく見ると、窓ガラスに拳大の穴が開いており、その部分の鉄格子が一本内側にめくれ上がるように折れていた。

ベッドの上に身を起こし、格子越しに窓の外をあおぎみると、向かいの建物の屋上に誰かがいる。遠くて良く見えないが、軍服のようなシルエットで銀色の髪の人物のようだ。服の端末を操作し、視界のズーム機能を使って相手をよく見てみると、その人物はアークスのレンジャー用の服に身を包んだ褐色の肌をした女性で、自らの身長をはるかに超える長さの対物ライフルを抱え、身振りを交えながら誰かに向かってしきりに喋っているようだった。

彼女はしばらく口をパクパクやっていたが、相手の反応がないことを訝しく思ったのか、きょとんとした顔をした後、口元にあったマイクらしきものをいじり始めた。

「ザザッ…ザーッ…あーあー、こちらレミントン。感度は良好か?」

不意に室内で響いたハスキーな女性の声に慌てて部屋を見回す。声は転がったままのハダリさんのあたりから聞こえたはずだ。見ると、ハダリさんの側頭部に突き刺さった細長い棒状のマイクからその声は響いていた。

「…マイクの音量が不適切だったようで失礼した。改めて、私はレミィ・レミントン。君のチームメイトとなる者だ」

あまりのことに言葉が出てこない私は、未だ床の上で火花を散らすチームリーダーとその頭部を対物ライフルで撃ちぬいたチームメイトの顔をただただ交互に見比べる事しかできなかった。

「…おや、まだ音量が適正にならないかな?あーあー、こちらレミントン、応答せよ」

「あ!は、はいっ!聞こえてるですぅ!」

我に返った私はようやく引きつったような声でレミントンさんに答えた。だがまだ頭がうまく働かず、マイクに向かって喋っていいのか、それとも向こうの屋上の彼女に向かって喋っていいのか分からなくてベッドの上でオロオロとうろたえる。

「ん、良かった。僭越だが、通信内容が理解できたら返答は迅速にするべきだな。的確で迅速な意思の疎通は作戦の成功率に直結する。本来であれば復唱するに越したことはないが、ここは軍隊でもないからそこまでは…」

「あ、あの!!…ハダリさん、倒れてますけど!」

今思えば、この言葉はやや正確さを欠いていたような気がする。もはや倒れているとかそういう問題じゃないような気もするが、この時は私の頭も明らかにオーバーフローしていたので仕方がない。

「…ああ、新人として若い娘が来ると聞いていたから念の為にスタンバイしておいて良かった。怪我はないかね?」

「え…あ、はい、それは大丈夫でした…けど…」

私は確かに怪我はないけど、でもチームリーダーは今まさに足元で焦げ臭い匂いを上げてるんですけど!

「いきなりの事で驚いたかもしれないが、勘弁してほしい。彼女の悪い癖でね。若い娘さんを見ると倫理回路に不具合を起こすようで、時々こうした奇行に走ることがある。まぁ、我々も慣れてきたからこうして抑えることができるがね」

抑えるって、対物ライフルで!?対物ってアンチ・マテリアルだよ!?マテリアルって意味解ってる!?人間撃っちゃダメなんだよ!?

「…彼女のことは心配ない。きちんと手加減をしているから程なく正気に戻るだろう」

対物ライフルで頭撃ちぬいて手加減って…っていうか、このマイク反対側から先っちょ突き出てるよ!?関節とか目とかから火花散っちゃってるけど、これ本当に再起動できるの!?

「…では、私はこのあと任務を予定しているので失礼させてもらう」

「待って!!行かないで!こんな状況で独りきりにしないでぇっ!!」

私は向かいの屋上でピシっと敬礼をするレミントンさんに本気の泣き声で懇願した。

 

 

「あははははっ!レミさんのツッコミは相変わらずきっついよねっ」

あれから数分後、私たちはリビングでテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。驚いたことに部屋のロックを解除して入ってきたレミントンさんが頭に刺さったマイクを引きぬいてしばらくすると、ハダリさんは何事もなかったように元気に起き上がった。

「人の趣向はそれぞれとは言うが、入団初日にこれではシルクさんも驚くと思う。リーダーにはもう少し自重を期待したい」

「だって可愛いんだも~ん!」

そう言って隣に座る私に抱きついてくる。私はもう心底疲れて抵抗する気もなく抱きつかれるままになっていた。さすがにレミントンさんの前でこれ以上の蛮行には及ばないだろう。そのあと、簡単な連絡事項やチーム登録に必要な手続きを終えた後、今日は解散となった。

 

 

アークスの宿舎を出た後、私は疲れた脚でショップエリアへと戻ってきた。なんだか色々ありすぎてこのまま自室に帰る気がしなかったのだ。噴水広場を見下ろせるカフェテリアでキャラメルマキアートのカップを受け取り席を探していると、端っこの方の席に見慣れたアホ面を見つけた。アフィンだ。

アフィンは私が声をかけるとビックリしたような顔をした。あ、そうか、私誘いを断ったんだっけ。まぁ実際用事を済ませてきたわけだし嘘ではないか。しかし、こんなにお洒落なカフェにアフィンが一体何の用で…その時、今まで観葉植物の陰に隠れていた、アフィンの向かいに座っている相手が視界に入った。

「げ、お姉ちゃん!」

「………げ?」

そこにいたのは私と対になるような黒い服に身を包んだ私の姉、アンズその人だった。おねーちゃんは私の口から思わず飛び出た驚きの声を耳ざとく聞きつけ、首をかしげて聞き返してくる。

「わー!わー!何でもないですよっ!おねーちゃんの聞き間違いですぅっ!」

私はアフィンのバカの腕を引っ張って店の隅まで行くと、しゃがみ込んでこの危険な状況の訳を問いただした。アフィンは少し得意になって、この私を助けたお礼として招待を受けたと抜かしていた。

まずい…実際この男が私を助けたかどうかはともかく、問題はおねーちゃんのアフィンに対する好感度が多少なりとも上がってしまったということだ。思春期真っ只中のサル男はおねーちゃんに気に入られて鼻の穴を広げて喜んでいるけど、自分がどれだけ危険な相手に見込まれたかに全く気がついていない。

「何の話ですかぁ?」

「ぎゃああああっ!!」

突然頭上背後から声が降ってくる。これだ。この人の神出鬼没さ、読めない気配は本当に恐ろしい。子供の頃から一緒にいたが、いつの間にか真後ろにいるというのは生まれつきの特殊能力といってもいいのではないか。

とにかく危険だ。このままだと、この思春期ザルはおねーちゃんに誘われるままに任務に出てそのまま帰らぬ人になるだろう。そう、胸に真っ赤な花を咲かせて。とにかく、二人きりにはさせないことだ。

私はこれから二人で打ち合わせがあるからと、無理矢理におねーちゃんと別れてアフィンを広場脇の路地の奥まで引っ張ってきた。何を思ったかこのサル、私が腕を抱えている間も鼻の下をビロンビロンにしていた。それにしても今日は本当になんて言う日だろう。もう芯から疲れた。

私が問いただすと、アフィンはカフェテリアでの出来事をペラペラ喋り出したが、最終的な感想が「アンズさんって本当に花が好きなんだなぁ…」って…うんまぁ好き。大好きだよね、たしかにさ。ただし、一般的に言う花とは違うんだけどね。…いや、まぁでも無理もないか…おねーちゃん一見天然系で可愛いもんなー。

私はかたわらのアフィンを横目で観察する。彼は多分おねーちゃんとのデートを思い出しているのだろ、うっすらとほほを染めて口元に微妙な笑みを浮かべていた。気持ち悪い。

「そういえば、今度一緒に花を咲かせに行こうって…」

私はアフィンの間抜け面を見ていたら何だか一気に疲れが吹き出してきたが、その一言に冷水をかけられたように硬直した。おねーちゃん…想像以上にアフィンのこと気に入ったんだ。もうそこまで…

私の胸に、遠い過去から苦いものが込み上がってくる。私は脚から力が抜けそうになるのをこらえながら、アフィンの胸にトンと頭を預けた。

「アフィン…あんまり…おねーちゃんと仲良くしないで…」

そう、このサルからはまだまだ絞りきっていない。それになにより…

私は深くため息をつくと、アフィンにおねーちゃんから連絡があったら教えるようにと強く念を押してその場を後にした。

今思い出したが、成り行き上おねーちゃんのチームに入ることになってしまった。それにしても個性の強いメンツだ。いや、果たして個性という言葉で表せるものかどうか…とにかく、今後ハダリさんの部屋に行く時にはレミントンさんから離れないようにしようと心に決めた…まるっ…と…

 

 

私はペンを放り出し、日記をしまうとぬいぐるみを抱えたままベッドにダイブする。今日はいろいろなことがありすぎた。考えなければならないことがたくさんあったが、兎にも角にも明日にしよう。

いつものようにぬいぐるみにキスをして部屋の明かりを消すと、私は泥のように眠りに落ちた。