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鳥たちが朝のコーラスを奏で、柔らかな朝日が床の木目をなでる。
カーラインカフェはいつものように穏やかな朝を迎えていた。

夜は騒がしい冒険者も朝は静かなものである。その多くが寝室で二日酔いに苦しんでいるのであろう。
むしろ朝早くから靴音高らかに階段を下りてくるような冒険者は稀と言える。
イリュリオ・フォアニケーはそんな珍しい冒険者の一人であった。

彼は衣服のパリっとした着こなしから几帳面さが、淀みない歩きから生真面目さが伺えるエレゼンの青年である。
その引き結ばれた口と睨みつけるような鋭い双眸は神経質という印象すら与える。

そんな彼がカーラインカフェのスペースに立ち入り、その眉間のシワを増やした。
人間嫌いを絵に描いたような顔を向ける先には一人の少女。幸せを噛み締めるようにソーセージを頬張るミコッテ。

彼女の薄っすらと青く色付いた髪は朝日に照らされて自ら淡く輝いているかのようである。
肌も色白で新雪のような柔らかさを感じさせる。幻術士の青いローブではなくドレスでも着ればどこぞの箱入り娘に見えるかもしれない。
そんな少女が今まさに浮かべている顔は、まるで長年望み続けた夢を叶えたかのようで、恍惚と言って差し支えない。

およそ十人中十人が微笑ましいと表現するであろう少女を前に不機嫌を表明する者などまずいない。
イリュリオはそんな稀有な一人であった。

ミコッテの少女、サラマンドラ・ルゥは耳をピクリと動かすと、その綺麗な青い瞳をイリュリオに向けた。
彼女はもぐもぐと口を動かしながら、どこか誇らしげな笑みを浮かべながら片手を挙げる。

「あ、うぃるるんあ。おふぁおー」
「口に物を入れながら喋るな。あとイリュりゅんと呼ぶな」

イリュリオは全身を少女に向け、歩み寄った。そのまま彼女と向かい合うようにして席に着く。
淀みも無駄もないキビキビした動作だった。

サラマンドラはソーセージを丸ごと一つ平らげると、正面のエレゼンを見つめながら口を開く。

「あげないよ?」
「誰がお前の食事を寄越せと言った」

二人のやり取りに、近くにいた給仕の少女がクスクスと笑った。
次の瞬間、素早くこちらを振り向くエレゼンに思わず「ひっ」と声を漏らす女給。

「おい」
「ご、ごめんなさい!」

勢い良く頭を下げる女給にイリュリオの眉が僅かに歪む。
まるで不本意だと言わんばかりの表情である。

「こいつと同じモーニングセットを頼む」
「……はい?」

給仕の少女が頭を上げる。
エレゼンはもう彼女を見ていなかった。

「ソーセージと野菜スープのセットだ。茶葉は任せる。濃い目のミルクティーにしろ」
「あ、はい! ただいま!」

それが注文であるとようやく気付いたのか、給仕はエプロンを揺らして厨房へ走り去る。
テーブル席には何も目に入ってないようにただまっすぐに前を見る青年と、そんな彼を非難がましく目を細めて見つめる少女が残された。

「イリュりゅん、ウェイトレスさんいじめちゃダメだよー?」
「何がいじめだ。注文しただけだろう。あとイリュりゅんと呼ぶなと何度言わせる」

イリュリオは不当な非難には屈しないとばかりに険しい表情を見せる。
しかし対するサリィは何か思いついたのか、合点がいったかのように目を丸くして頷いた。そして次の瞬間、花がほころぶような笑顔を作る。

「そっか、お腹すいて気が立ってたんだね」
「……どうしてそうなる」

ニッコリ笑うサリィにイリュリオは渋い顔を返すのが精一杯である。
少女の顔はまるで弟に向けられるような慈しみと、いかにも構いたくて仕方ない相手に頼られたような喜びに輝いているのだ。
お堅いだけのエレゼンの青年に勝てる道理はない。

「もー、仕方ないなー。最後の一本だけど、イリュりゅんにあげるよ」
「……」

サリィがフォークに刺したソーセージを差し出す。
イリュリオはそれを最初は不思議そうに見つめ、やがて驚きに目を見開いた。彼女が何をしようとしていのか気付いたのだ。

「遠慮しなくて良いんだよ? 私はおねーさんなんだからね! はい、あーん」

青年の顔が一瞬にして朱に染まる。それは怒りか羞恥か、傍から見分けることはできない。
だがカーラインカフェに居合わせた他の客、そして厨房から顔を出していた女給は確かにその光景の目撃者となる。
何か言いかけようとしたエレゼンの口にソーセージを思いっきり突っ込むミコッテの少女は、窓から降り注ぐ朝日に照らされてやたら幻想的であったらしい。