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子供のころから雨は嫌い。特に、たいして強いわけでもないのに、じっとりと身体にまとわりつき、尻尾の芯まで濡れるような霧雨。そう、ちょうど今日の雨のような。

今日は久しぶりに寝坊をした。グリダニアに出てからは昼に起きる生活にも慣れ、ここ最近はすっかり早起きになっていたはずなんだけど。一度はいつもの時間に目覚めたけれど、ふわふわの毛布から出ていた耳が室内の湿気を感じ取り、私は小さく呻いて毛布のなかに耳まで潜りこんで丸くなった。…いつからだろう、音も無く降り注ぐ霧雨を窓も開けずに感じ取れるようになったのは。毛布のなかでぼんやりとそんな事を考えているうちに二度眠の魔力にまとわりつかれ、私は眠ってしまったようだ。

カーライン・カフェで遅い朝食をとりながら、ぼんやりと窓の外を眺める。薄暗い店内は閑散としていて、カフェ自慢の巨大なステンドグラスも、今は七色の光を床に落としてはいない。雨とはいっても身動きが取れないようなどしゃ降りではない。見知った冒険者たちはみな、雨具を身につけて森へ入っていった。昨夜隣の席で酔っぱらってやかましく話しかけてきた旅商の姿も既にない。おそらく朝一番でウルダハに向け発ったのだろう。

サイズの合わないだぶだぶの部屋着のまま、しかもこんな中途半端な時間にフォークの先でソーセージを転がしてくすぶっているのは私くらいのものだろう。でも、今日は何もしないと決めた。今日はたぶん何をやってもうまくいかない日だ。…こんなことが許されるのも冒険者だからかもね。つくづくやくざな商売だと思う。

まるで今日の天気のようにぼんやりとかすんだような意識のなか、四角く切り取られた窓の外、白く煙る緑の森のはるか向こうに、今は見えるはずの無い私の村を思う。そしてそこにいるはずの兄の姿。私は知らず、つぶやいていた。

「…兄さん…ちゃんと食べてるかな…」

 

6つ違いの兄はとてもしっかり者で村の大人たちからの信望も厚く、また、妹の私から見ても顔立ちは良かった。そもそも男性の少ないミコッテ族という事もあり、年上のお姉さんたちにとっても憧れの的だったようだ。それに槍の扱いに至っては思わず見とれてしまうほどだった。
そして戦で親を亡くし、貧しい村の暮らしに次々死んでいく姉や妹たちのなか、ただ一人生き残った私を兄はとても可愛がってくれた。貧しい村、殊に狩りをすべき親のいない子供なんかみんなそんな感じかもしれないけれど、それでも私たちは寄り添うようにして生きてきた。

…いつも思う。ここまでなら辛くとも美しい思い出なんだけどね。

そう、兄はとてもしっかり者で腕もたち、そして顔立ちが良く性格も…たぶんいいと思う。少なくとも、困っている人を放っておくことや理不尽な暴力などは断じて許さない正義感をもっていた。
でも、そういったプラスの面もある一点がすべて帳消しにしてしまっていた。私と同い年くらいの女の子たちが兄にあこがれない理由、そして私が今ここにいる理由がそれだ。

兄は私にやさしい。度を越したほどに。唯一残ったただ一人の妹を想うあまり周りが見えなくなるのだろう。その結果が数々の奇行となり、村一番の好青年をシスコンのダメな人に貶めていたのだ。

あぁ…そうだ、こんなことがあった。あれは…

 

 

あれは確か、私が6歳の時。あのころの私は食べるものも満足に無く、痩せっぽちの小さな娘だった。村自体が貧しかったこともあり、親のいない私たちに回ってくる食事など硬いパンが少し。それすら無い日は木の根っこをかじって空腹を紛らわしたりしたっけ。栄養状態が酷かったから毛並みもごわごわでツヤも無かったな。

私の村では、狩りのできないような小さな子どもたちは村の農場や牧場などで手伝いをすることになっていた。私がしていたのは、野菜の泥を洗い落として薄皮を剥いたりする仕事。しゃがみっ放しで腰も痛かったし、冬の水は冷たくて霜焼けだらけだったけど、野菜がたくさん入った重い麻袋を運ばないといけない事もあったから、野菜洗いの仕事の方がうれしかった。それに、農場では粗末ながらお昼に食事が出されたから、少なくとも飢えをしのぐ事が出来たし、なにより同い年くらいの子供がたくさんいたから楽しかったな。
でも、その日の仕事が終わって皆でおしゃべりをしながらの帰り道、突然後ろから声をかけられたの。

「シルファ!お前も今帰りか!」

そこには牧場からの帰り道の兄の姿。当時12歳の兄は牧場で馬の世話を手伝っていた。日に焼けてにこにこと微笑む姿は少しずつ大人びてきていたと思う。友達の何人かは早くも羨望のまなざしをしていたような気がする。

「兄さんも今仕事が終わったところだ、一緒に帰ろうじゃないか!」

周りには友達が沢山いたし、小さな村とはいえ、牧場や農場は村外れにあるから家まではかなり距離がある。私はてっきり皆で帰るんだろうと思っていた。しかし、直後、兄は私をひょいと抱き上げ、お姫様だっこでさっさと歩きだしたのだ。
呆然とする友達を置き去りに、上機嫌で牧場の話をまくしたてる兄に私は驚いて、何も言えなかったよ。

そして翌日から、仕事帰りの兄が農場の外で私を待つようになった。最初は兄の顔立ちにあこがれていた友達も毎日毎日、門の外で待つ兄の姿に、そして他の友達など眼中になく、妙に上機嫌で私を抱き上げて連れ去るその態度に次第にひいていった。当然だよね。

次第に一緒に帰ろうと誘われることも無くなり、牧場が忙しくて兄が迎えに来ない日なんかは、私は一人で帰る事になった。幸い、仕事中友達から冷たくされることは無かったけど、おしゃべりをしながら帰る事が出来なくなった私は正直寂しかった。このころから私はだんだん無口になったような気がする。

ある晩、私はベッドで一人、人形遊びをしていたの。もう、覚えていないくらい小さなころに母に貰ったものだったんだけど、すっかりぼろけて顔の目鼻も取れてどこかに行ってしまっていた。尻尾を握って逆さにぶら下げて持ち歩いていたため、尻尾も千切れかかっていたっけ。
働くようになってから毎日くたくたに疲れたし、友達とたくさんおしゃべりして楽しかったから、人形遊びなどすっかりしなくなっていたけれど、きっと寂しかったんだね、ベッドに寝かせた人形に布切れをかけてあやす真似をしていた…ような気がする。それとも子守唄を歌っていたんだったっけな。

すると、衝立の向こう、ろうそくの明かりで繕いものをしていた兄が関心したような声で

「おままごとか?シルファは優しいなぁ!」

そんなことを言うものだから、少しムッとしてベッドを下り、兄のいる衝立の向こうに行って…思い切って言ったの。

「お兄ちゃん…私、明日からお友達と帰るね」

正直、怒られるかと思った。せっかく迎えに行っているのに!とか。でも、まさか泣くとは思わなかった。しかも、あんな風に顔をぐしゃぐしゃにして。これは完全に予想外。どうにかなだめすかして、お友達とおしゃべりしながら帰れなくて寂しいということ、寂しいから人形で遊んでいたこと、ついでに気持ちは嬉しいけど、お姫様だっこは恥ずかしいということも何度も説明してようやく納得してくれた。

それ以来、兄が門の前に立つことは無くなり、私はお友達とおしゃべりしながら帰る生活を取り戻した。といっても、その頃にはもうどちらかというと聞き役に回ることが多くなってきたような気がするけど…。
それでもその時、困った兄だけど、ちゃんと話せば解ってくれるんだ。そう思った。

それから何日かして、ベッドに入ろうとしていたら、兄に声をかけられた。

「シルファ!この間の人形、ぼろけていたから直しておいたぞ!」

そういえばここ数日見ていなかった気がする。再びお友達と話せるようになり、寂しさも無くなったためほったらかしにしていたので気付かなかったが、兄の裁縫の腕は知っていたので、直してくれたと聞いてうれしかった。

「ベッドに置いておいた。兄さん奮発して新しい服も着せておいたぞ!」

私は兄のうれしそうな声を背に小走りでベッドに向かった。そこで私が見たものは…

 

 

「…あ…」

我に返って手元を見ると、お皿の上のソーセージはフォークによってズタズタのバラバラになっていた。私は軽く息を吐き、フォークが曲がりそうに込めていた手の力を抜いてバラバラになったソーセージをかき集めて口に放り込む。…時間がたっているので冷たい。

あの晩、私が見たものは、綺麗に繕われてまるで新品の様に生まれ変わった人形だった。ただ一つ違うのは、首から上の部分。その人形は兄の顔をしていた。

「…しかもやたらリアルなんだよね…」

絶句している私に良くできているだろう、とか、これでいつでも一緒だぞ!なんて上機嫌でまくしたてる兄を見て、私はしみじみと思ったんだ。あぁ、この人は本当にダメな人なんだって。

それ以来、私は人形遊びから完全に卒業できたわけだけど…この人形、家を出るときに置いてきたはずなんだけど、気がついたら荷物のなかに入ってるし…。寝ていてもなんか視線を感じるし…。あと、昔はもっと子供っぽい顔をしていたような気がするんだけど…成長してるみたいな気がしてしょうが無いし…。おまけにカバンの底にしまってもいつの間にか出てたりするし…。なんか怖くて捨てられないし…。

そういえば昨夜の旅商のおじさん、ウルダハに呪術師のギルドがあるとか言ってたっけ。相談してみようかな…。
その時、ふっと気がついた。風の匂いが変わった。雨が…やむ。

にわかにやる気が出てきた。そして雨がやむころ、すっかり支度を整えた私はグリダニアの門を飛び出す。雲間からのぞいた太陽の下、光る水たまりを飛び越えて私は走る。目指すはウルダハ、呪術師ギルドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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