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もうもうと立ち込める砂埃に咳き込みながら、必死に掴んだ細い腕を握り締める。かろうじて掴んだ腕の先にぶら下がっているのは真紅のローブを身にまとった小柄なミコッテ。しっかりと握り合ったお互いの腕一本を除いて彼女の体を支えるものは何もなく、ブラブラと揺れる足の下には崩れ落ちた瓦礫を飲み込んでいった真っ暗な穴がどこまでも続いていた。

悠久の時にさらされた遺跡の床がもろけていたのか、それとも何かの罠を踏んでしまったのか、小さな携帯用ランプの明かりを頼りに暗い通路を進んでいた私達の足元が、突如轟音とともに崩れ落ちたのだ。私はかろうじて崩れ残った床の縁につかまって、もう一方の手で床の裂け目から落下する友人の腕をつかむことが出来たが、それで精一杯。とっさのことだったので脚を踏ん張れる体勢でもなく、無様に尻餅をついた私はただ、彼女と残った床とをつなぐ命綱になる以上のことは出来そうもなかった。

「ベル!…大丈夫!?…這い上がれる!?」

体勢が変えられないので姿を見ることが出来ない私は、声だけでぶら下がった友人に問いかける。いくら小柄とはいえ、腕一本で大人一人分の体重を支えている私の腕はブルブルと震え、今にも燃え上がりそうな痛みを感じた。でも、私の腕に食い込んだ爪の痛みが下にいる友人の恐怖を物語っている以上、どうあっても弱音を吐くことは出来ない。

「やってみる…ん!…んん…ぎぎっ…だめだぁ!」

私の腕が強く引き寄せられる感触がしたが、しばらくしてまた脱力してしまったらしい。それはそうだろう、私のように野外活動で体術を学んだものでも、ぶら下がった状態から身体を引き上げるのはしんどいのだから。平素から頭脳労働が担当の彼女には厳しいのも解っていた。でも、あまり時間をかけることは出来ない。私の体力ももちろんだけど、それ以上に私達を支えている床の縁がジリジリと動いて、床から抜けようとしているのだ。

「ベル、なんとか踏ん張って!掴んでる床が抜けそうなの!…長くは保たないわ!」

「そ、そんなこと言ったってぇ…くっ…このままだと二人共死んじゃう…ね、シルファ。私のことはいいから…もう手を離して…」

神妙な声。徐々に砂煙が晴れ、私の下にぶら下がったシルバーグレーの髪が、彼女の腕に引っかかったランプの黄ばんだ光りに照らされて揺れているのがみえた。

「…それ、本気で言ってるの?」

「………嘘!」

「…だよね…」

私は苦笑して無駄とは解っていても彼女の身体を引き上げようと力を込める。何度か失敗したものの、二人で呼吸を合わせて、どうにかベルの体勢を整えることが出来た。両手で私の腕にしがみついたベルが、私の身体をよじ登ろうともがいている。

「そう、いいよ、もう少し…」

ベルの細い腕が私の頭の後ろに回され、強く引き寄せられる感触。ぐっと間近に寄ったお互いの顔が砂埃で真っ白になっているのを見ておもわず吹き出したその時、突然支えを失った私達の身体はぐるりと回転して落下していく。私達を支えていた床材がズボッという音を立てて引き抜けたのだ。

わずかに残っていた床材とともに、お互いの体を抱きしめた私達は深い闇の中に吸い込まれていく。瞬間的に着地のことを考えた私だが、視界が闇に染まり何一つ見えなくなるとそれも諦め、悲鳴を上げて私にしがみつくベルの体をただ強く強く抱きしめた。

 

 

 

砂混じりの乾いた風が吹く街、ウルダハ。エオルゼア一の交易都市として名高いこの砂漠の城塞には、エオルゼア各地はもとより、交易の途絶えているはずの帝国の品々までが露店に並び、ここで手に入らないものはエオルゼアのどこを探しても見つからないという商人たちの軽口すら、なまじ冗談ではないと思わせるくらいだった。

私は堅牢な城壁に沿って外周をめぐる大通りにテーブルを広げたカフェで、遅めの朝食のあとのコーヒーを飲んでいた。コーヒーはグリダニアではまだ珍しい豆を使ったお茶で、深く、コクのある苦味と独特の香りが魅力だ。

「…ふぅ、お腹いっぱいだよ。それにしてもすごい品数だよね。ベル、これで本当に一人前なの?」

「うん、なんでもこのあたりの遊牧民の伝統なんだって。人をもてなすときには食べきれないくらいの量を出すのが礼儀みたい」

小さめのテーブルから零れ落ちそうな小皿の群れを見直して、あらためてため息が出る。いくつかの食べ終わった小皿は重ねられていたが、それでも白く塗られたテーブルの上にはかろうじてコーヒーのカップが置けるだけのスペースしか空いていなかった。

向かいに座って、食べ過ぎで大きく膨らんだお腹をさすっているのは真紅のローブをまとった小柄なミコッテ。ベル…ベロニカ・バイヨンは一言で言って年齢不詳だ。強い砂漠の日差しを照り返して銀色に輝く髪を私と同じように肩で切りそろえ、ほっそりとした色の白い顔は童顔のようでいて、切れ長の目とその下に一点、落とされた泣きぼくろが、時折彼女をぐっと大人っぽく見せることがあった。また、子供っぽい言動の中で、時折ふっと見せる沈んだ表情や遠くを見つめる視線が、彼女にある種のミステリアスな魅力を与えているようだった。

実際には彼女は私よりかなり年上の20代で、本来であれば私は敬語を使って話すべきなのかもしれないけど、彼女の人なつっこいキャラクターと、まるで同年代のような気やすさに甘え、友人として接してしまっていた。

ベルと初めて会ったのはまだ第七霊災の前、呪術師を生業とする彼女がとある古い屋敷の調査のためにグリダニアを訪れた時だった。その時、調査の協力と護衛のために雇われた冒険者が私で、それ以来、時折手紙のやり取りをする関係を続けるようになっていた。

「でも、こんな砂漠じゃ食べ物って貴重だったんじゃないの?」

「この辺りは昔から交易が盛んだったみたいだし、食べ物のほうはそれほど困らなかったみたい。問題は水だったらしいよ」

今回、久しぶりに遊びにおいでと誘いの手紙をもらった私がウルダハを訪れたのが昨日の夕方で、昨夜は結局、彼女の部屋で遅くまで話をしていたから今朝は二人して寝坊をしてしまった。

肌を焼く砂漠の日差しで火照った体を冷ます、乾いた風を感じながら飲む熱いコーヒーはまた格別で、私は朝寝坊をしてもなお足りていない睡眠時間で寝ぼけた頭が徐々に覚めていくのを感じながら、大勢の人々でごった返す大通りの喧騒を眺めていた。

「…このあとはどうするの?買い物でもしてみる?」

「そうだね、サンシルクの方に行ってみようか、あの辺の露店にはギルドの職人さんが作った流行の服が安く出てるんだよ。この間ざっと見たときシルファに似合いそうな服も見かけたんだ」

サンシルクは裁縫師ギルド直営の市場で、ギルド加盟の職人たちの習作などが手ごろな値段で売りに出されているため、流行に敏感な街の女性たちの人気スポットになっていた。私たちは少し治安の悪い一帯を避けるためにルビーロード国際市場を通って裁縫師ギルドのあるサンシルクに向かった。そこは多くの職人たちに交じって黄色い歓声を上げる若い女たちの姿も多く、比較的静かなグリダニアに慣れた私は少し圧倒されてしまうくらいだった。

「ほらシルファ、こっちこっち!」

「うん、今いく…」

私は小さく苦笑すると、若い娘たちの群れの中に突進して私に手を振るベルのほうに向かった。ベルは透きとおりそうな薄い絹のワンピースを私の胸に当てたりしながら、あれでもないこれでもないと服の山をひっくり返していた。次に私の胸に押し当てたのは胸元の大きく開いた砂漠の踊り子をイメージしたような衣装だった。

「ちょっ、ベル、そんな露出の多い服恥ずかしいよ」

「何言ってんの!シルファはただでさえスタイル良いのに男の子っぽいイメージがあるんだから!ちゃんとアピールしてかないと駄目だよ!」

びしっと私の鼻先に人差し指を突き付けた。アピールって…いったい誰に対してアピールするというんだろう。その時、私はぼんやりと感じていた今日のベルの態度に対する違和感の理由に思い至った。

「…ベル?」

「ん、なーに?」

「…何か言いたいことがあるんじゃない?」

モグラのように服の山を引っ掻き回して掘り進んでいたベルの肩がびくっと跳ね上がる。そう、そもそも物静かに本を読むのが好きなベルはこんな人ごみは苦手なはずだ。何か言いにくいことを隠しているのか、それとも何か面倒な頼み事でもあるのか。いずれにせよ、今回私を呼んだ本題は別にあるのだろう。

「ナ、ナンノコト?ワタシニハゼンゼン…」

「ふふ、もう…目が泳いでるよ。いいから話してみて、私の力が必要なんでしょ?」

私の言葉に、慌てて掴んだ服で顔を隠したベルの手から、シワにならないうちに服を取り上げて山に戻し、私はベルを促して彼女の部屋に戻った。