レックスの星空 後編
うっそうとした森の中、起伏がうねる大地と流れの速い渓流に足をとられながら、ルカさんは一生懸命走ります。
足は痛いし目も回って、おまけに服もボロボロです。
それでもルカさんは前を走っているひとを追いかけるように走り続けます。
そのひとは立ち止まり、ひときわ大きな大木の影に身を隠してルカさんを呼びました。
「どう、追ってきてる?」
「はぁはぁ、これだけ走りましたからね、きっと逃げ切ったでしょう・・・」
そう答えた瞬間、大木に矢が突き立ちました。
「くっ、ルカ、早く!」
「はい!」
雨の降るなかを二人は再び走り続けました。
薄暗い中全速力だったからでしょう。途中のくぼみに足を取られ、二人は人の背たけ程ある深さの穴に転げ落ちてしまいました。
しかし、それが幸いしてか、追っ手の目から一時的に逃れることができたようです。
「ルカ、大丈夫?」
「は・・・はい」
「参ったね、囲まれてるみたいだ」
ルカさんと走っていたのは、ミコッテという種族のひとです。いつも頼られているリーダーで、ルカさんも彼女が大好きです。
「でもクロエさん、なんでこんな所に帝国軍の兵士がいたのでしょう」
「さあ、偵察か、戦いで敗れた残党か・・・とにかく私たちのことを好きでは無いのだけは確かね」
穴の中は暗くて寒いのです。そして二人は依頼を受けて遠くのキャンプへ行った帰りで、食べ物もすでに底を尽きていました。
だいぶ長い時間じっとしていましたが周囲ではまだ人の歩く気配がして、穴から顔も出せません。
それに一生懸命逃げていたのでここがどこなのかも分からなくなってしまいました。
もうこのまま死んじゃうのかな・・・小さくため息をついた後、ルカさんは夜空を見上げました。
いつのまにか雨雲はどこかに去って、空にはきれいな星がたくさん輝いています。
ルカさんはひとすじこぼれた涙をぬぐいながらつぶやきます。「きれい・・・」
すると、ルカさんは夜空がいつもと少し違っていることに気がつきました。
西のほうに青白く光る星、ひときわ輝いていてとても大きくて美しい星。
「むこう・・・」
ルカさんは穴から身を乗り出してその星を見ています。
「ちょっと、ルカどうしたの?出たら危ないよ!」
ルカさんはリーダーのクロエさんが止めるのも聞かずに輝く星のほうへ向かってふらふらと歩き出しました。
何を言ってもルカさんは聞いてくれないので、しかたなくクロエさんも後を付いて行くことにしました。
すると不思議なことに二人の通り道だけは安全だったのです。
囲まれていたはずなのに、たまたまその辺りだけ帝国軍の兵士がいなかったのでしょうか。
二人は誰にも会うことなく、迷っていた森の出口を見つけることができました。
ルカさんとクロエさんにやっと笑顔が戻りました。二人は早歩きで先を急ぎます。
そして森をでてルカさんたちが見たもの
それは、くるみの大木。
そう、ルカさんがレックスとお別れをした、あのくるみの木。
「レックス、ありがとう」ルカさんは思わずつぶやいていました。
「え、何か言った?」
「いえ、クロエさん、なんでもありません」
笑顔のルカさんの瞳から溢れる涙は星のように輝いていました。
二人はくるみを食べて飢えをしのぎ、ここで一晩休むことにしました。
静かな朝、透き通るような青空と汚れの無い朝日がルカさんたちを迎えてくれました。
目が覚めた二人がくるみの木がある丘から下を見下ろすと、沢山の鎧を着た人たちがいます。
「兵隊だ、帝国軍じゃないけど、危険ね」
慎重なクロエさんでしたが
「きっと大丈夫ですよ」
そう言ってルカさんは丘を降りていったのです。
すると、兵隊の中にいたひとりが声をかけてきました。
「あなた方は冒険者ですか、この辺は帝国軍兵が目撃されているので危険ですよ」
「私たちは追われてここまで来ました。あまり見かけない装備ですが貴女はどこの兵隊ですか」クロエさんがたずねます。
「これは失礼、私達は帝国軍と争ってきたアルシュタットという国から来ました。私はレイチェル・ランカスターと申します」
ルカさん達は、ちょうどレイチェルさんたちとすすむ方向が同じだったのでウルダハの近くまでおくって貰うことになりました。
ウルダハ近くのキャンプで別れをつげるころにはもう夜になっていました。
まもなく見えてきた城壁、ウルダハの街は目の前です。
ルカさんは歩きながら何度もありがとう、と繰り返していました。
ルカさんが立ち止まりました。
ちいさい鳴き声、普段なら聞き流しそうな僅かなその声は岩の陰から聞こえてきます。
覗き込むとそこにいるのは小さな子供のマーモット。
まあるくうずくまって、震えています。
ルカさんは優しく抱き上げこう言いました。
「ひとりぼっちなの?あなたのお名前は?」
たくさんの星のなか、西の空にひときわ輝く星が一つ。そんな夜の出来事でした。
おわり
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