タイトル:名も無き戦士第一話:少年
物心がつく頃は闘技場で鎧を磨いていた。それしかする事がなかったし、それをするように命じられていたからだ。次は武器の手入れ。慣れないうちは刃で怪我もしたけれど、段々慣れて怪我もしなくなり、闘士の試合を見ているうちに何となく武器の使い方も覚えてきた。鎧の着かただってわかる。いつかは俺も、闘士として闘技場で戦うんだろうな、って漠然と思っていた。
暇な時はウルダハに近い難民キャンプに遊びに行っていた。ウルダハの子供とは、どうも話が合わない。何となく見下されている気がする。難民キャンプの子供も、みなどこか暗かったり荒んでいる子が多かったが、一人だけ、やけに陽気で前向きな子がいた。リックと名乗るその子が、いつも俺の遊び友達だった。棒切れで闘士ごっこをしたり、手製の弓矢でマーモット狩りをしたりして一日を過ごす。うまくマーモットが狩れた時は、リックは大喜びで母親に見せに行ったものだ。母親も大喜びで、その日はリックのテントでマーモット料理を振舞われた。
「お前、難民キャンプに行っているそうだな?もうあそこには近寄るな」親方に注意され、おおっぴらにキャンプには行けなくなった。ある日、いつものように鎧を磨いていると、闘技場の方がやけに騒がしくなった。何だろう?事故でもあったのだろうか?様子を見に行く。闘技場の真ん中には一人の屈強な剣闘士と、横たわる痩せた少年の姿があった。少年の体の下から、赤い血のシミがじわじわと広がってゆく・・・・闘技場で相手に重い怪我をさせると、罰則が与えられる。相手を死なそうものなら、長期間の出場停止か、最悪は追放だ。それでも稀に、うっかり相手を死なせてしまう事故が起きる。まさに今がそうだった。立っているのは、ゲール。顔を合わせるたびに、いつも意地悪をする嫌なヤツだ。横たわっているのは・・・・・・「・・・・・・・リック?」
親方に言わせると「見せしめ」らしい。最近、ウルダハ市内で盗難事件が頻発しており、犯人は大抵の場合は難民キャンプに逃げ込んで逃げおおせる。たまに捕まる犯人も、難民である場合がほとんどだ。難民キャンプを隠れ蓑にした盗賊団の噂もあるが、それを確かめた者がいない限り、犯人は全て難民という事になる。リックはその時、取れたてのモールを手にしていた。自分が弓で仕留めたと言い張ったらしいが、警備隊の兵には通用せず・・・・・そんなに腕がいいのなら、闘技場に出ろと。そこで勝利すれば認めてやると。ゲールは嫌なヤツだが、腕はいい。剣闘士ごっこでしか剣を振るった事のない少年が勝てる相手ではなかった・・・・・・
マーモットの皮で作った篭手を、じっと見つめた。リックの母親が、いつか俺が剣闘士としてデビューする時のために、俺たちが仕留めたマーモットの皮で作ってくれたものだ。「その頃にはもっと大きくなって、これじゃ小さくなってるかもね」と笑いながら俺に手渡してくれた。「そんな事ないよ、おばさん・・・・・十分間に合った」俺はその篭手をはめ、古びた鎧を手早く見に着け、木製の盾と粗末な剣を手に取ると闘技場へと向かった・・・・
「闘技場に出るだと?お前がか?」昨夜、親方に闘技場に出たいと申し出た。「はい。これでもモールくらいなら仕留められるようになったので・・・」「闘技場の戦士はモグラなんかとは比べもんにならんぞ。この前の難民のガキみたいになりたいのか?」ギリッと奥歯を噛み締める。「俺は・・・・死にません」「馬鹿野郎。そりゃお前が決めるんじゃなくて相手とお前の腕の差が決めるんだ」そう言いつつ、親方は話し相手の体をジロジロと眺める。「ふうむ・・・・まあ、確かに剣術の稽古は真面目にやってるようだし、だいぶ肉もついてきているな・・・・。いいだろう、やってみろ。だがヘボかったらすぐに鎧磨きに逆戻りだからな?」「はい!」
相手は歴戦の闘士ではなかったが、何回かは闘技場に出た事のある駆け出しの冒険者だった。斧術士見習いとかで、大きな戦斧を構えている。こっちも武器も相手の武器も、もちろん刃が潰してあるので、滅多な事では致命傷にならない。だが、あの重量の鉄の塊を叩きつけられたらタダでは済まない。待てよ。刃がない?じゃああの時何故リックは・・・・・と考えてる余裕などなかった。隙ありと見て相手が素早く間を詰めてきた。戦斧は破壊力は抜群だが、大降りして空振りした後の隙が大きい。そして重いが故に攻撃が直線的だ。片手剣や短剣のように、切りつける途中で刃を返して変則的な攻撃を行う事などできない。大降りの一撃をギリギリまで見極めてからひらりとかわし、相手の横腹に突きを入れる。浅い。相手はよろめいたものの、うめき声をあげただけだ。すぐ立て直してもう一撃。これもひらりとかわして、今度は背面に一撃。うお、こいつ斧術士なのに背中に盾をかついでいるぞ。そうか、背面からの攻撃を警戒しているんだな。今度はさすがに相手も慎重になった。斧を構えてじりじりと間合いを詰める。この2撃でもっとダメージ与えておくべきだったか・・・・と後悔してももう遅い。すっかり警戒されてしまった。こうなったら一か八か・・・盾を高めに構え、一気に踏み込む。一瞬、相手がひるんだが、すぐにこちらの盾目掛けて斧を振り下ろす。俺が待っていたのはそれだった。盾ごと粉砕するつもりだったのだろうが、こちらは盾で受け止める気などない。盾に当たると同時に全身のバネを使って盾をハネ上げ、相手の打撃を弾き飛ばす。衝撃で盾は砕け散ったが、相手も大きく上体を反らし、脇腹が無防備にさらけ出される。そこに渾身の一撃を叩き込むだけで、勝負がついた。
「まったく・・・・お前いつの間にあんな戦い方を覚えたんだ?」呆れつつも賞賛の眼差しで俺を見ながら、それでもどこか親方はがっかりしているようだ。受付嬢は逆にほくほく顔で俺を見つめている。なるほど。親方は対戦相手に賭けをして、受付嬢は俺に賭けてくれたんだな。「やはりトードの子はトードって事か・・・・これでお前も一人前の剣闘士だな」少し、引っかかった。そういえば・・・・「親方・・・・ひとつ聞きたい事がある」「ん?何だ?」「俺の親って、誰だ?親方じゃないよな?」しばらく俺の顔をじっと見て、「そうか・・・・そろそろ話しておくか。お前の両親は、どちらも剣術使いの剣闘士だった。お袋さんの方は、まあ女剣士って事で人気はあったが、腕前は平凡だった。だが親父さんの方は、この闘技場でも常に上位に入る腕前の凄腕の剣士だった。お前は文字通り、ここで生まれた子なのだ」「親父とお袋はどこに・・・・」「親父さんは、酒場でたらふく飲んで酔っ払って帰る途中、何者かに背後から刺されて・・・・発見されたのは翌朝だったよ。同じ日、自宅でお袋さんが同じように背後から刺されて死んでいるのが発見された。有名剣闘士2名が同じやり方で殺されたんだ、ウルダハ中が騒然となったが、いくら調べても犯人は見つからなかった。お前はその時、たまたま俺が預かっていた。お袋さんが知り合いと会う用があるんで、その間だけ預かってくれと頼んで来たのさ。考えてみれば、その時の知り合いが2人を殺した犯人なのかもな」「そんな事が・・・・」「犯人を捜して仇を討ちたいだろうが、まあやめておけ。当時警備隊総出で調べても判らなかったものが、一介の剣闘士が調べたところで見つかるはずもないからな」確かにな・・・・見た事もない両親の仇と言ってもピンと来ない。それよりも・・・・ゲール。あいつは許せない。いつか・・・・そして、リックを殺した剣だ。刃を潰した剣で、致命的な斬撃など与えられるものか?
釈然としないまま、俺はねぐらに足を向けた。
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