螺旋の手記


 そこで考え出したのは、道化でした。  と、大昔「おばけ」は言いました。
自分が変わった人間であることに恐怖を感じ、それでもなお人と繋がりたいと願った末の行為でした。


所詮独学、そう思いました。僕は幼い頃から人を欺く為の術を父から教えられました。他人を騙すために育てられました。彼が「道化」なら、僕は「役者」です。「サーヴィス」とは訳が違います。独学なんかで完璧に演技をすることなど出来ないのです。馬鹿な奴だな、と僕は思いました。「自称自分を偽って生きている人間」は、ただの大根役者。だって完全に自分を偽れたなら、「自分を偽っている」という実感等湧くはずもない筈です。ましてや役者として「自分は自分を偽っている」などと声に出すことはしてはならない行為です。
完全な役者となる為には「自分を偽る」のではなく「自分は初めからそうであった」と考える必要があります。僕は少なくとも、そう思います。「もう一つの人間を作る」と考えたほうが早いかもしれません。変えるのは人格、職業、それだけじゃない。口調、髪型、目の色、趣味、親族関係からその身にあった過去まで全てです。そこでやっと、演技は完全なものとなります。僕は完璧な演技を続けて、今まで、数え切れない人間を、騙し、欺き、殺してきました。賞賛を、罵声を同時に受け取りました。「見事だった」という声と「殺してやる」という声を同時に聞きました。
だからこそ、自分の心がどうなっていたのか分からなかったのです。
気が付いたら、母に恋をしていました。気が付いたら、父に嫉妬していました。気が付いたら母に幻覚剤入りのミルクティーを毎日飲ませていました。周りの人間は一切僕に気が付いていませんでした。母は幻覚によって精神が衰弱していくなかで「あの人を支えてあげて、あの人は不器用なのだから」と父のことしか話しませんでした。僕の事など何一つ話してはくれなかったし、褒めることすらしませんでした。気が付いたら母は寝たきりになっていました。口から出る言葉は「あの人」ばかりでした。幻覚剤を与えるのは止めませんでした。母は言葉を話せなくなりました。医者にアルツハイマーと診断されました。僕の顔は忘れたのに父の顔は辛うじて分かるようでした。幻覚剤を与えました。母を僕の物にしたくてなりませんでした。それすら周囲は気づきませんでした。母が食事が出来なくなっても
(中略)
気が付いたら母は死んでいました。つい最近のことのはずなのに死に顔がもう思い出せません。ただ安らかな顔では死ねなかっただろうと思います。何回毒を盛ったのか覚えていません。母親の葬式があった後、ふと疑問に思いました。何故母親に恋をしていたのだろうと。続けざまに思いました。何故僕は「物静かで人当たりが良く仲間思いな、警視庁捜査課幹部の息子」を演じていたのだろうかと。僕は何故ここに居るのだろうと。気が付いたら僕は失踪していました。気が付いたら強欲な賭博師となり青緑の瞳をした少年を賭博の品に使おうとしていました。気が付いたら盲目の作家となり銀色の髪をした中性的な男性(本当に見分けが付かなかったので口調で勝手に男だと思っていました)を自分の住処となっていたアパートに匿っていました。気が付いたら破天荒な令嬢となりオレンジのパーカーを着た少女を過激派の幹部に仕立て上げていました。印象深かった事だけ書きました。でもこの他に数え切れないくらいの人間になっていました。今これを読んでいる貴方とも、どこかですれ違ったり、会釈をしたかもしれません。でももう殆ど覚えていません。他人の記憶として扱われ、すっぱりと忘れてしまったのかもしれません。とにかく、「物静かで人当たりが良く仲間思いな、警視庁捜査課幹部の息子」という役を降りてもなお、僕は気が付けば赤の他人を演じているのです。そしてたまの確立で誰かを愛し、嫉妬し、誰かを殺してしまうのです。螺旋のように、演劇を続けているのです。今も、捻くれた使用人となっている僕は、主を密かに愛し、主が慕う人間に手をかけようかかけまいか、凄まじい嫉妬に苦しんでいます。どうやら役者であることを止めることは出来ないようです。そして僕自身でありながら、僕は、僕がする行為を止めることが出来ないようです。全てが、わからなくなってきました。僕はだれなんでしょう。