クレプトマニアの生きてた頃

いつから世界が狂ったのか。
いつからボクが狂ったのか。
きっともう、誰にも知りえないことになってしまったのだろう。
それは誰のせいでもなくて。
きっと、あの一冊の本のせいなのだろう。
黒い外套を着た男と、赤い革表紙の本。
記憶に残っているのはそれぐらいだけれど。きっと、狂い出したのはそこからなのだろうね。
でも、もうボクですら事実を知ることは許されないのだから。
きっともう、永遠に知りえない。
そう、この物語はそんな一冊の本と、ボクの悲劇の物語だ。



  ◆クレプトマニアの殺人記録
妙に耳障りなビープ音が部屋に響く。
特に何をするでもなく、惚けていたあたいことテリアは、その音を聞いて立った。
電話だ。
この電話の相手は、きっとあたいが電話嫌いなのを知っていて電話をかけてきていると思う。なんとなくである。
「…もしもし。」
仕方ないので電話をとることにした。
「相変わらず電話だと機嫌が悪いな、やっぱり急用でも電話じゃダメか?テリア」
「何だ、フェントか」
「何だとは何だ」
電話の相手はフェント。あたいの弟で、たまにこうして電話をかけてくる。携帯を持っているにもかかわらず固定電話にかけてくる変人。こう言い切ってしまうのも悪い気がするけど、女にはモテないと思う。
「それで?急用?」
「あぁ、そうそう。これから親父のところに顔出しに行かないとならないんだけどさ、付いてきてくれない?一人じゃあどうにも勝手が悪くてさ、頼むよ、お願い」
「言うほど急用でもないんだね」
「それが急用でさ、うん」
「…はいはい。今すぐ準備してバス停集合でしょ、どうせ」
別に実家に顔を出すのが嫌なわけではない。フェントがいきなり電話をかけてくることももう慣れている。じゃあなんで不機嫌なんだって聞かれれば、うまく説明できないけど、多分、三年前の事故から歯車が噛み合わないような、そんな感覚をずっと持ち続けているからだと思う。
 「そう、そのとおり。一時一八分の北行きのバスな。遅れるなよ」
解っている。知っている。
この会話が確かに事故の前と同じ調子で繰り返されていることを。
この人間がどういう思考で話しているのか、私という存在表面的にどう思っているか。
知っている。確かにあたいは知っている。
ガチャリ。
一方的に切られた電話から、虚しく響く、ツー、ツー、という単調な響きがあたいの思考まで単調にしていく。
あたいは誰かに拾われた。その誰かが、きっと今のお父さんであることはほとんどわかりきったことであるのに、やっぱり記憶に確証が持てなくて断定することができないでいる。
そのお父さんはとても優しい人で、あたいを立派に育ててくれた。
――異能者という存在であることを知ってか知らずか。
子供の、フェントも優しかった。
――生まれつきの異能者で、鬼子と噂された存在であった。
そして名前をもらった。
テリアという、素敵な名前を。
それまでの名前や、生みの親のことや、ぞうやってあのスラム街で生き延びていたかなどなどそういうことは全く記憶にないけれど、それでも幸せに暮らせているのは家族がいたからであろう。
こころには、空白と無が有る。
時刻はもう午後一時。
どうやら、三十分も意味のない考え事をしていたようだった。
窶れた老人の顔は、昔の世界を渡り歩いていた頃とまるで別人のようであった。
「お父さん…」
刻み込まれた皺は深く、目には昔のような野心と希望に溢れる光はなかった。
「テリア、ちょっと」
その姿は、まるで石像のようであった。
静かにその場を立ち、母のもとへゆく。
「お父さんはフェントに話があるんだったね、じゃああたいは部屋にでも行ってるよ」
「えぇ、そうね…ごめんね」
「何も謝らなくったっていいよ」
「でも…」
「あぁ、一緒にお茶でもする?これでも料理の腕は上がったんだよ」
「そうね、そうしましょうか」
久しぶりの我が家は、なんだか重い空気に包まれていた。
なら、あたいだけでも元気でいないと。
きっと押しつぶされてしまいそうになる。 「それで?お父さんはなんて?」
「いや、テリアに伝えるようなことはあんまり話さなかった。強いて言うなら遺産の相続権があるってことぐらいで、ほかは何も」
「それ結構重要だし」
「そうか?」
「そうですー。まぁ、フェントが死ぬようなことはないだろうから、そーゆーことは任せるよ、ね」
「めんどくさいだけだろ絶対」
「うん?うん。そうだね」
あはは、と乾いて笑ってみせる。
バスが来たからちょうど良い。
「じゃあ、今日はちょっと寄って帰るところがあるから、ここでお別れだね。じゃあまた今度。ばいばい!」
「おう、またな」
寄って帰るところなんてないけど。
今日は久しぶりに散歩でもしたくなったから、ふらふらと夜の街を歩こう。
次の日。
橋の上で意識を失っている女性が発見された。原因は不明。病院に搬送され、昏睡状態のままなすすべもなく眠り続けていたという。
その二週間後。
彼女は眠りから目覚めるように自然に起き上がって、看護師が医者を呼びに行っているあいだに病室から消え、そのまま行方不明となった。
警察は彼女のもとによく来ていた女性を探すが、こちらも行方不明。
家族に聞いてみたところ、そんな人は知らないとのことである。
その後、彼女が目覚めるまでの二週間に、異能者が殺される事件が発生していたことが判明した。
彼女が異能者であったことが判明し、捜査は警視庁の異能力課に引き渡されたが捜査は手詰まりとなった。
事件は未解決のままである。

大きな傘を差した女性が立っている。
妙に現代めいた、着物をアレンジしたような服に、ゆるく縛った長い髪。
「ラマイー?」
「なんですの?」
「ちょっとこっちこっちー」
「要件を言いなさい……隔靴掻痒ですわ」
「だからわけわかんねってーとりあえず来い!」
ラマイと呼ばれたその少女はその場から声のした方向へ進む。
まったく、めんどうですわ。
小声でそういった。
誰に聞かれてもいい、どうでもいい愚痴だった。
「料理はやりませんわよ」
「何にもしないだろうが」
その男がチョップしようとしたのを、あわてて傘で防ぐ。
「羅蓋が壊れますわ!やめてくださいまし!」「こっちの手も痛いからそれやめろ」
「叩くのをおやめなさい!テトラお兄様!」
「まぁ、落ち着け」
「何も用がないなら戻りますわ!もう!」
「あ、おい、ちょっと」
テトラという男は、やれやれ、といったような仕草をした。
ラマイは元の立っていた、自分の部屋の中央付近に戻った。
そして羅蓋を回した。
カーン、カーン
良い金属の触れ合う音が響いた。
「今から五分間、外は台風となるが、家は一つも壊れない」
次の瞬間、閉め切ったカーテンの奥から轟音が響いた。
台風が来た。
ラマイは引き出しからストップウォッチを出し、時間を計り始めた。
やっぱり、衰えてなんかいないわ。
計り始めてからちょうど五分後、轟音は止んだ。
むしろ、強まっているぐらい。
毎日、何かしらの方法を使って自分の能力を確かめている。
言霊を操る能力。それがラマイの異能。
異能というのは、超能力のことで、限られた人しか持っていない能力。
ラマイはそれを誇りに思っているが、頼りすぎているところもある。
小学生の頃は、なんでも話を聞いてくれてうれしかった。
成長するにつれ、それが異能であることに気づき、利用するようになった。
学校にいるときはミニチュアの羅蓋をいつも持ち歩き、異能を使う時はそれを回すという決まりを作った。
中学のテストはいつも満点だった。
一度、怪しまれて別室で個人受験させられた時もあった。そのことは結構な頻度で思い出す。
その時も満点を取ったから疑いは晴れた。
だが、目立ちすぎるとよくない、ということを学べた場でもあった。
高校受験も満点を取って、大学にも行って、今。
お金は有り余っている。そのことがラマイの心の余裕を作り出している。
はっきり言うと、ニートなのだ。
ほぼ毎日パソコンに向かって動かない。
たまに通販をして遊んだりしている。
だが最近は少し変わった。
異能者の組織に入った。
ラマイの家は大手製薬会社なので違法な薬物を取り扱うのは容易なことだった。
そのことを生かし、指定暴力団にはいったのだ。
だったが、また最近はひきこもり気味になっている。
今日は好きなゲームが届く予定だ。
さっきの台風で遅れなければいいけど。そう思った。
「まったくあいつは、何がしたいんだか」
テトラは羅蓋にあたった右手を冷やしながらつぶやいた。
小さなころから甘やかされて育って、少しわがままになり過ぎている。
本人は自覚していないようだが、テトラや他の家族も、さらには使用人でさえそう思っている。
完全に家のお荷物になっている。
そんなこの状況から救い出したい。それがテトラの、兄としての責任だった。
もう外の台風は止んでいる。
綺麗なオレンジ色の夕景が広がっている。
この景色も、きっともうあいつは見ていない。
急にさびしくなり、目を閉じた。
平衡感覚がおかしくなる感触があり、目を開けた。
「うわっとっとっと」
テトラの部屋だった。
ラマイと同じく、テトラも異能者なのだ。
ピンポンピーンポーン
チャイムが鳴った。
テトラの部屋と玄関はほぼ正反対の位置にあり、ラマイの部屋が玄関に一番近い。
どうせラマイの通販だろう
オレンジ色に染まる部屋で、そう思った。
「来ましたわねー!」
座っていたパソコン前の椅子から勢いよく立ち上がる。
兄は来ないと確信していたので、一直線に玄関へ向かう。
羅蓋を持っていなかった。
「△△急便ですー」
金髪で背の低い女性が、荷物を持って立っていた。
「はいはーい代引きですわよね?」
玄関ドアを開けながらそう言った。
次の瞬間、その女性の背が縮まった。
異能者だ。直勘でそう思った。
「お止まりなさい!」
言葉の力を駆使しようとした。だが羅蓋を持っていない。
「なんであのでっかい傘持ってないの?バカみたいだね」
その少女は言った。
「能力なんて無くたって、こんな小娘ぐらい倒せますわよ……!」
「本当に?それは楽しみだ」
さっきまで目の前にいた少女はいなくなり、真後ろに猫がいた。
ニャーン。のんきに鳴いた。
「ふざけるのもんぐっ!」
「本気で首絞められたいの?」
彼女に首を絞められ、瀕死になったラマイ。瞬間、ラマイの異能が暴走した。
「死にたくなんてないっ……!絶対にわたくしは死なないんだ!!」
「よく言ったね」
 背中にナイフが刺さった。
「じゃあどんな肉片になっても生きてるんだよね?」
グサッ、グサッ、グサッ。
「あ……っぐっ!」
何回も何回も、ナイフを刺し続ける少女。
痛みを感じながらも、命を失うことのできないラマイ。
「じゃあちょっと眠ってもらうね」
ラマイが持ってた睡眠薬を素早く盗み、ラマイに飲ませる。
「おに…さま…」
助けて。
ラマイは遠のく意識の中でそう思った。  だがその思いも虚しく、兄は気づかないままであった。
こぼれ落ちた腹部の肉がラマイの体を再構築していく。
言葉の通り、不死身であった。

「何ぬかしとんじゃボケぇ!!とっとと出ていけあほんだら!!!」
あーうるさいうるさい。こういうのは好きでも嫌いでもなくはないけど嫌いだ。
怒鳴りつける男の前に立っている、目を隠した男は思った。
「えーっとここはあなたの所有地ではないはずですよと警告しましたけどー」
「うるさいぶっ殺すぞこのたわけ!!」
男の周りに風が出来てきた。
「予想通りですねーいやーまったく正直ですねー」
急に風が吹いて、鉄骨が動き出した。
「それ以上何かしでかしたら当たるかもしれませんし当たらないとも言えませんよー」
「……お前、まさか」
「いやーご名答ご名答電気使いのルールさんですよー」
ルールと名乗った男は、風を作り出している男に電気を浴びせた。
「はいはいおとなしくしててくださいね連行します連行連行」
話しかけても男は動かない。
少し強く電気を浴びせてしまったかもしれない、とルールは思った。
「よーしよしよし連行これで手柄だ手柄ー」
ルールは手柄なんか立てなくてももういい役職にはついている。
それは知っているがこうして外で動き回るのが好きなのだ。
そんなときに、一通のメールが入った。
『いまから うしろに あらわれ ます』
振り返ってみると猫がいた。
ばかばかしい。そう思い、歩き出そうするとまたメールが入った。
『いま てがみを おき ました よく よんで ください』
石で抑えられた白い封筒が見えた。
開こうとするとまたメールが来た。
この手の犯罪は何度か見てきた。
また手柄が増える。ルールはそう思い、手紙を読んだ。
『殺す』
やっぱり恨みを買いすぎたのかなぁ、と頭を掻く。
それにしても随分とまた直球だ。
それに、字が子供っぽい。
「大人をからかっちゃあダメだよ?」
「からかってなんかいないさ。むしろ君の方が油断していないかい?ボクに背中を向けるなんて、愚かだね!」
「な、」
に、と象った唇から溢れるのは真紅の血。
手紙を持った手は空を切り、異能の元であるイドは弾け、拡散する。
まっすぐに心臓を貫いた刃は折れた。
「さよなら、異能者」

「……あれ?」
死んでる。
息もしてない。
外傷もなし。
これって。
「フェント…、成程、そういうことだったんだね。君は異能の力を借りて生きる人間だったから、異能に縛られて死ぬ」
死人が死んだ。
当たり前のようで嘘。
あぁ、こういうことか。
「死んだ死人は生き返らせられない」
ごめんねフェント。
ボクは君を見捨てないといけないみたいだ。

「で、今日も食事ボイコットと。君馬鹿なんじゃないの?」
反抗的な目でラマイはクレプトを睨み付ける。
「まぁ食べなくても死なないならどうでもいいんだけどさ」
反応がない。ただの屍のようだ、とまではいかないが。
「じゃあまた出かけてくるから」
無音。
死体でもないのに、ここまで無音だと虚しく思う。
「生き物って、ひどく無音……」
呟いた声ですら闇に飲み込まれて消えてゆく。誰も入り込めない奥底へ沈んでゆく。
意識の奥底へ。
生命の源泉へ…。

クレプトは病院にいた。
別に怪我をしたわけでもない。病気でもない。
この病院にいる人に用があったのだ。 えーっと何号室だっけ。三階だね」
ぶつぶつと独り言を言いながら進んでいく。
夜の病院。ほとんど人もいなくなった十時頃。
この年の普通のやつなら怖がるんだろうな、とうわの空で考えながら階段を上っていく。
三階の何号室かは自信がなかったため名札を頼りに部屋を探す。
「テリア……じゃなくて椎名邦だよね普通」
椎名邦とはテリアが六歳まで使っていた名前。つまり生みの親が付けた名前のことである。
「…お姉ちゃ……」
クレプトの足が止まった。名前があった。
一号室。なんだ意外と近かったじゃない、とクレプトは思った。
躊躇なく扉を開ける。
「テリアー?」
贅沢にも個室だった。まったくお金はどこから出ているんだか、と思わずつぶやいた。
「な、誰ですかぁああぁあ……?」
「ずいぶんと気の抜けた返事ね」
この時点でクレプトはテリアが記憶喪失だということに確信を持った。
一方テリアはこんな時間に病室に入ってくる少女のことを訳も分からずにぼうっと見ていた。
「ボクはクレプト。君の腹違いの妹。記憶喪失なんでしょ、どうせ」
どうせ、のところに力が入ったのをテリアは見逃さなかった。
「どうせ、ってことはこの事態に慣れてるんじゃない……かなぁ?」
最後には自信がなくなったのか疑問符が付いた。
「そうだよ。……どこまで覚えてるの?」
「お父さんとお母さんを殺したところ」
テリアが即答したのにクレプトは少し面食らった。
「あっそ。その時ボクとボクの母もいたんだけど、殺さなかったってことは気が付かなかったんだね」
まぁ母はとばっちりで軽く腕折ったんだけどね、とは無駄なので言わなかったようだ。
「……うん……そうだね、二人しかいなかった。いや、お母さんのお腹の中には弟もいたから、三人かな」
「で、その積年の恨みを果たそうと思ってきてみたんだけど」
「えっ!」
「ウソに決まってるでしょ。ただ協力してほしいことがある」
クレプトは真剣そうな顔になってテリアにこう言った。
「空間移動。その力を貸してほしいの」
クレプトが病室に入ってきたときに、テリアは無意識に空間移動の力を使っていた。
そのことに気が付いたのか、はたまたもともと知っていたのかは定かでないが、そう話を持ちかけた。
「……まぁ一回使ってみて」
机の上のメモ帳が移動した。
見ているものなら移動できる、というのがテリアの制限なのだろう。
「自分の見てるところに、自分は移動させられる?」
病室の角に移動した。目がいいんだな、と思った。
「じゃあボクのことは見えてるよね。この病室の外に移動させて」
何のためらいもなく行われるその行為が危険なものだとテリアは知らないであろう。これは一部だけ移動する可能性もある。
その危険性を考慮して幻覚の自分を移動させた。
「よくできたね」
病室内から聞こえるその声にテリアは驚いた様子を見せた。
「これで最後。この写真のところにこの置物を移動させて。」
その写真は病院の外見を映したもので、移動させる置物は大きめの陶器の招き猫だった。
「がんばる……!」
そのとき、外から陶器が割れたような大きな音が聞こえた。
職員どころか患者まで廊下に出て騒ぎ出した。
「あー、どうやら成功したみたいだ」
どっかの探偵みたいなことを言うな、とテリアは思った。
「じゃ。君にまたさっきみたいな頼みごとをしに来るから。またね」
「うん……見つからないようにね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
自分がお姉ちゃんと呼ばれることに慣れていないテリアは、照れくさそうに頭を掻いた。
そうだ、明日はきちんとお風呂にはいろう。そう思ってテリアは床に就いた。
クレプトは家に帰ってから、明日の予定を立てていた。
「ねぇラマイ、君さ、背中の刺し傷って治った?」
「血は出てませんわ…」
「歯切れ悪いなぁ」
どうすれば気絶させられるかなー、と鼻歌を歌った。
きっとこんなのも今日だけだ。
ボクは楽しい気分になっていた。
昨日はパセリとたくさん遊んだし、一人殺せたし、今日は二人殺せる。
そして、明日は母に会える。
すべて上手くいくとは限らない。もしかしたら今日、いや、今殺されるかもしれない。
でもそれでいいとも思える僕自身に腹が立つ。
あぁ、でも今日はハイになっているみたいだ。薬は使っていないのにな。
大丈夫。全部うまくいく。
次の日。
ボクの前を歩くラマイは、ふらふらとした足取りで進む。
「…っあ、いた」
ルールの姿を見つけて、小走りになる。
「ルール、ちょっと面白いモノ見つけたんだ。来て」
強引過ぎたかな、とボクも思うけど、ついてきたから結果オーライだね。
しかしこいつも馬鹿なのか、と思うぐらい単純。
人通りの少ない適当な路地に入り「待ってて」と指示を出す。
背中を向けたら刺されるんじゃないかとか思いつつ進んで、ラマイを連れてくる。
眠っているように見せかけて。
「これ。異能者で突っかかって来たから捕まえといたんだけど、いる?」
台本通りのセリフと表情。
「じゃあもらっておこうかな。いつもありがとう、というべきですね」
「本当?お礼の一つでもしてよ」
ここまでルールの言葉も台本通りだ。
「じゃあ何かおごりましょう。」
「やったー!じゃあボク、カレーが食べたなぁっ!」
「あ、でもその前にこれを置いてこなければなりませんので。またの機会としましょう」
「んーそうだね。またね」
あとはラマイに賭けるしかない。
「なに…をしております、の?」
ラマイ渾身の演技。驚いたルールの顔が面白くて笑いを抑えるのが大変だから早く。
吐いてー、吸ってー
「死ね」
ルールが倒れる。
脈を計ってみる。「あ、お見事。死んでるよ」
「じゃあラマイ、これをそこのビルまで運ぼう。それで終わり。」
ウソでーす。はい。
「それで本当に終わりですわね」
「うん。三階までお願い。高い方が見つからないから」
「ええ」
前を歩かせる。三階に到着。ラマイが振り向く。
鳩尾を思いっきり蹴る。「ぐは」間抜けな声が出た。
素早くロープを使い手足を縛り、大きめの布で猿轡をはめる。
「よし、おーわった」
二つを一室に押し込み、処理が終わった。
よし、家に戻って明日の準備でもしよう。
その夜、クレプトはまたテリアの病室に訪れていた。
「どう?怪我…はしてないんだったっけ」
「うん。それで、話って」
「明日、さ。ボクをある場所に連れてって欲しいんだ。
ボクと君の、お父さんも、お母さんもいる世界。
君の力を借りたいんだ。ボクだけじゃ到底無理だから。
ボクの能力は幻覚を見せる。でもそれは、この世界じゃないどこかから物をひっぱり出してきて見せるんだ。
だから、どこにもないものは見せられない。
で、君の能力は見たものを移動できる、それと、見たところに移動できる。
だからボクが見せた世界のところに移動できるんじゃないかなって。どうかな」
クレプトが言った話は、失敗すれば死んでしまうような話だった。
だが、お父さんと、お母さん、という言葉が引っ掛かり、断れない状況になっていた。
「それ…もどって、こられる、かな?」
「戻る気があるならね。ボクがつかってる世界は四つだから、見つけることぐらい簡単だし」
「明日しか行けないの?」
「うん。…ボクが使ってる四つの世界は、この世界と近づいたり離れたりしてて、明日その世界が一番近いんだ」
「…わかった。あたいも、親に謝りたいし」
「そっか…じゃあ明日、来るからね」
今日の話は、二人にとってとても重要なものだった。
運命を左右するような、そんな話だった。
「まって!」
急にテリアが大声を出した。
「な、なに?」
「それって、向こうにいる人を戻ってくるときに連れてこられるの?」
「…うん。だけど、危険がたくさん降りかかる可能性が高い。死ぬ確率が高いってこと」
「そう…」
「じゃあ今度こそまた明日」

「あ、どうしよう」
パセリに言ってから行くべきかな。
でもなんか面倒が起きそうだな。
あの子はボクがいなくても一人じゃないから。
ボクは、ボクの居場所は?
お母さんのいるところ。
じゃあお母さんのいるところは?
パステルカラーの建物。
たくさんの小さな部屋とおもちゃ。
優しい笑顔。
火。
火。
燃え盛る炎。
崩れてゆく建物。
それは美しくて、魔的。
おぞましいほどに綺麗だ。
中にいる人のことなど考えられないほどに、魅了されるその光景。
ボクは見たことがある。その光景を。
何もしないでただ視ていたボク。
叫ぶ声すら木々の燃える音に吸い込まれて。
その景色を知覚したボク。
助けすら来ない深い深い森の中。
お母さんは。
ボクがいれば、死ななかったんですか?
「じゃあ、行こうか」
ずっと見てきたあの世界に。
「さよなら」
この世界の皆。




  ◆クレプトマニアの原本回帰
今年もまた暑い夏がやってきた。
例年より気温は低めと気象予報士は伝えているが、やっぱり外は暑いらしい。
その暑い外から帰ってきた私の相棒が、珍しく文句をたらしているものだから、つい聞き入ってしまう。
そいつの名前は久里浜珠洲。私はスズと呼んでいる。まぁ俗に言う変人。自己紹介で魔術師ですって言ってくるあたり私のことはよく調べてたのかもしれない。
「だいたい、なんであたしが買い出し…不公平、そういうの、たぶん」
「あんたは役所の魔術師でしょうが。見回りついでに買い物ぐらいしなさいな」
「イルは引き篭り過ぎ。仕事とはいえ外に出ないのはよくない。たまに出かけて」
「わーったよー…」
「今度行きたいところがある」
「どんなところ?」
「……カレー屋さん」
「ほう」
そういえばこいつが最初に話しかけてきたのは団子屋だった。見かけによらず食い意地が張っている。私みたいだ。
「で、研究は」
「あーそうそう、そうだった。すっごく重要なことがわかった。
スズの上司の、あの黒い人いるじゃん?あの人から電話がかかってきてさ、ついさっきの話なんだけど。んで、なんだか守護異能力者がばったばた倒れて死んでるらしいんだ。
私は多分どっか別の世界で異能者殺しが起きてるんだと思うんだけど、それはあの黒い人も同じみたい。
で、役所の方で話し合ったら学校だったら1日で全員殺せるし、ただの快楽殺人者なら普通の人の被害も出るだろうしさ?ってことで殺されたのと同じ守護異能力者が犯人なんじゃないかってことになったとさ」
「話、長っ」
「それはあの黒い人に言ってよ」
「いや黒坂さんには文句言えないし」
言ったらその場で殺される、と小声で言ったの聞こえてるぞ、おい。
「どうするの?」
「……ブックオブマーダーが守護能力者ごと失踪して、別の書が原本回帰してる」
「そうだね」
「ブックオブマーダーが、別の世界で殺人をしている可能性が高い。しかも原本回帰してるのの著者が同じ、それはブックオブマーダーも。殺人の理由は多分、著者の仕掛けた爆弾によるもの。守護能力者の意思は関係ない行動……逆らえない命令」
「command which cannot revolt…」
確かにそれなら辻褄は合うし、私にはなかった視点からの意見だから新鮮だ。
ブックオブマーダー、日本語では殺人の書ということの多い魔術書。
魔術書による異能者の生成論が発表されてから早三百年。魔術書によって生成された異能者は、魔術書を核にもち何らかの外的要因がない限り死滅せずに核を守り続ける。
その外的要因というのが、魔術により半強制的に魔術書に戻される原本回帰。それと、別世界に存在する守護能力者が殺害された時に起こる返本の二種類である。
交通事故にあって普通の人間なら死ぬような怪我にあったりだとか、通り魔に刺されただとかだと、この世界なら死なないとされている。