クレプトマニアの世界編

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主な登場人物は[[テリア]]、[[フェント]]、[[ラマイ]]、[[ルール]]、[[クレプトマニア]]。 更に[[テトラ]]さんと[[パセリ]]さんもお借りしています。他にも出てきてます。 後文字が小さいので倍率を上げてみることをお勧めします。割とマジで。 それではどうぞ! ---- パパ、ママ、おねえちゃん、ボク。 今日も四人でお出かけです。 でもおかしいなぁ。 ボクには3人がただの骨にしか見えないの。 あたいは誰かに拾われた。 どうしてそうなったのか、思い出せないけど。 でも、拾ってくれたお父さんはとても優しい人だった。 その家にいた男の子も意地っ張りだけど良い人だった。 お母さんは時々厳しいけど、よく一緒にあそんでくれた。 召使のお兄さんは、よく仕事をさぼってあたいのところに会いに来てくれた。 勉強だってみんなが教えてくれた。もちろん、それ以外も。 本当のお父さんとお母さんがどうなったのか。 分からないままだけど、でもそれでいいと思えるんだ。 男の子は自分のことをフェントと名乗った。 あたいは名前が分からなかったから名前を付けてもらった。 テリア。それが私の名前。存在を証明するただ一つの名前。 フェントはあたいより年下だったけどとっても頭が良かった。 あたいは大学でちょっとつまずいて、フェントと一緒に大学を卒業した。 影が揺れる。揺れる。 影は今日も、ひとりでに動くんだ。 今日も、影が……。 電話が鳴っている。 いつから鳴ってるかわからない。だって今起きたんだもん。 「あー……もしもし?」 「おそい」 間違いない。この声はフェントだ。 「フェント?何こんな早い時間に」 「早くないよ絶対」 「今何時よ……まだ10時じゃないのしかも日曜の」 「それが遅いっていうんだよ馬鹿」 「えぇー!!」 確かに今日は出勤日じゃないからって寝過ぎたけど。 「で、何の用で電話してきたの?」 「実家のほうに顔出そうと思うんだけど一緒に行かないかと提案」 「え!ちょ!まって何時に!?」 「昼過ぎとかにしててやるよ……今起きたんだろ?寝ぼけ顔で行けるかっての」 「ありがとう!じゃあいつものバス停に一二時ね!」 「はいはい……じゃあな」 「はーい」 プツッ。 ご飯は昼に食べよう。 服はどうしようかな。 あたいにとって実家に戻るのはフェントに会えるってことと同じ。 あぁ!楽しみだなぁ! とりあえずお風呂にはいろう。 久しぶりに会ったお父さんは老衰していた。 そうだとは思ってたけどいざ顔を見ると、悲しい。 お父さんの会社はとても大きな食品メーカー。 跡継ぎはフェントだって言った。 それは、自分がもうすぐ死んでしまうのを感じているからに違いない。 悲しい。それは、フェントも同じなんじゃないかと思う。 お母さんとも少し話した。 お父さんの体はどんどん弱っていっている。 もう薬とかじゃ治らないらしい。寿命なんじゃないかって言ってる。 その間にフェントもお父さんと会社のことを話していたみたい。 あたいはどうするんだろう。 きっと、どうすることもできない。 「お父さんと何話してたの?」 「……テリアには関係ない」 「けち」 あんまりいつもと変わってないように見える。 フェントはそういう人だ。辛いことや苦しいこと、悲しいことを他人に知られないようにしている。 精一杯の強がり。 でも、それは他人を自分から遠ざける行為でもある。 「父は早く死んでしまいたいと言っていた」 「嘘」 「本当」 「なんで」 「知るかよ」 初めて言ってくれた。辛いこと。 嬉しくもあり、悲しくもあること。 「そっかぁ……って置いて行かないで待って!」 「うっさいなぁもう」 「足遅いの知ってるくせに!」 「あーはいはい」 そのとき、頭上でがたがたと木々がぶつかり合う音がした。 上を確認しようとして立ち止まった。 「テリア!!!」 もう間に合わない。 九本の木材が、落ちてきた。 大きな傘を差した女性が立っている。 妙に現代めいた、着物をアレンジしたような服に、ゆるく縛った長い髪。 「ラマイー?」 「なんですの?」 「ちょっとこっちこっちー」 「要件を言いなさい……隔靴掻痒ですわ」 「だからわけわかんねってーとりあえず来い!」 ラマイと呼ばれたその少女はその場から声のした方向へ進む。 まったく、めんどうですわ。 小声でそういった。 誰に聞かれてもいい、どうでもいい愚痴だった。 「料理はやりませんわよ」 「何にもしないだろうが」 その男がチョップしようとしたのを、あわてて傘で防ぐ。 「羅蓋が壊れますわ!やめてくださいまし!」 「こっちの手も痛いからそれやめろ」 「叩くのをおやめなさい!テトラお兄様!」 「まぁ、落ち着け」 「何も用がないなら戻りますわ!もう!」 「あ、おい、ちょっと」 テトラという男は、やれやれ、といったような仕草をした。 ラマイは元の立っていた、自分の部屋の中央付近に戻った。 そして羅蓋を回した。 カーン、カーン 良い金属の触れ合う音が響いた。 「今から5分間、外は台風となるが、家は一つも壊れない」 次の瞬間、閉め切ったカーテンの奥から轟音が響いた。 台風が来た。 ラマイは引き出しからストップウォッチを出し、時間を計り始めた。 やっぱり、衰えてなんかいないわ。 計り始めてからちょうど5分後、轟音は止んだ。 むしろ、強まっているぐらい。 毎日、何かしらの方法を使って自分の能力を確かめている。 言霊を操る能力。それがラマイの異能。 異能というのは、超能力のことで、限られた人しか持っていない能力。 ラマイはそれを誇りに思っているが、頼りすぎているところもある。 小学生の頃は、なんでも話を聞いてくれてうれしかった。 成長するにつれ、それが異能であることに気づき、利用するようになった。 学校にいるときはミニチュアの羅蓋をいつも持ち歩き、異能を使う時はそれを回すという決まりを作った。 中学のテストはいつも満点だった。 一度、怪しまれて別室で個人受験させられた時もあった。そのことは結構な頻度で思い出す。 その時も満点を取ったから疑いは晴れた。 だが、目立ちすぎるとよくない、ということを学べた場でもあった。 高校受験も満点を取って、大学にも行って、今。 お金は有り余っている。そのことがラマイの心の余裕を作り出している。 はっきり言うと、ニートなのだ。 ほぼ毎日パソコンに向かって動かない。 たまに通販をして遊んだりしている。 だが最近は少し変わった。 異能者の組織に入った。 ラマイの家は大手製薬会社なので違法な薬物を取り扱うのは容易なことだった。 そのことを生かし、指定暴力団にはいったのだ。 だったが、また最近はひきこもり気味になっている。 今日は好きなゲームが届く予定だ。 さっきの台風で遅れなければいいけど。そう思った。 「まったくあいつは、何がしたいんだか」 テトラは羅蓋にあたった右手を冷やしながらつぶやいた。 小さなころから甘やかされて育って、少しわがままになり過ぎている。 本人は自覚していないようだが、テトラや他の家族も、さらには使用人でさえそう思っている。 完全に家のお荷物になっている。 そんなこの状況から救い出したい。それがテトラの、兄としての責任だった。 もう外の台風は止んでいる。 綺麗なオレンジ色の夕景が広がっている。 この景色も、きっともうあいつは見ていない。 急にさびしくなり、目を閉じた。 平衡感覚がおかしくなる感触があり、目を開けた。 「うわっとっとっと」 テトラの部屋だった。 ラマイと同じく、テトラも異能者なのだ。 ピンポンピーンポーン チャイムが鳴った。 テトラの部屋と玄関はほぼ正反対の位置にあり、ラマイの部屋が玄関に一番近い。 きっと通販かなんかだろう。 オレンジ色に染まる部屋で、そう思った。 「来ましたわねー!」 座っていたパソコン前の椅子から勢いよく立ち上がる。 兄は来ないと確信していたので、一直線に玄関へ向かう。 羅蓋を持っていなかった。 「△△急便ですー」 金髪で背の低い女性が、荷物を持って立っていた。 「はいはーい代引きですわよね?」 玄関ドアを開けながらそう言った。 次の瞬間、その女性の背が縮まった。 異能者だ。直勘でそう思った。 「お止まりなさい!」 言葉の力を駆使しようとした。だが羅蓋を持っていない。 「なんであのでっかい傘持ってないの?バカみたいだね」 その少女は言った。 「能力なんて無くたって、こんな小娘ぐらい倒せますわよ……!」 「そんなはずないでしょ」 さっきまで目の前にいた少女はいなくなり、真後ろに猫がいた。 ニャーン。のんきに鳴いた。 「ふざけるのもんぐっ!」 「本気で首絞められたいの?」 彼女に首を絞められ、瀕死になったラマイ。 その瞬間に、ラマイの異能が暴走した。 「死にたくなんてないっ……!絶対にわたくしは死なないんだ!!」 「よく言ったね」 背中にナイフが刺さった。 「じゃあどんな肉片になっても生きてるんだよね?」 グサッ、グサッ、グサッ。 「あ……っぐっ!」 何回も何回も、ナイフを刺し続ける少女。 痛みを感じながらも、命を失うことのできないラマイ。 「じゃあちょっと眠ってもらうね」 ラマイが持ってた睡眠薬を素早く盗み、ラマイに飲ませる。 「おに……さま……」 助けて。 ラマイは遠のく意識の中でそう思った。 病院の廊下にフェントとその母はいた。 あの後、救急車でなんとか息を吹き返したテリアだったが、脳にダメージを負っていた。 異能を、この能力を使っていればこんなことにならなかったかもしれない。 身体能力向上。この能力を使えばどんなに速く走ることも、高く飛ぶこともできる。 早く走って助けなければ。その考えがフェントの体を動かなくさせた。 怖かったのだ。 自分が死ぬことも、周りの誰かが死ぬことも。 手術室から出てきた医者が言った。 「手術は成功したんですが……おかしなところがあって」 早く言えよ。こういうところは母譲りで短気なのだ。 「五階建てのビルに相当する高さから木材が落ちてきたのに、脳のダメージが少ないんです」 「で?」 ついに母が口を出した。やっぱりイラついているんだなぁ、とフェントは思った。 「つまり、その……木材が、落ちてくる直前で速度を落としている、という仮説が立てられるんです」 異能だ。フェントは確信した。 あの時の様子を鮮明に思い出してみる。 落ちてきて、上をむこうとしたときに、黒い何かが動いてテリアを守った。 だがそれは不完全で避けることは出来なかった。 今までずっと一緒にいて、テリアが異能者だったことに気が付かなかった自分に腹を立てた。 何故だかわからなかったが物凄く腹を立てていたのが、母にもわかったようだ。 「……はぁ、そうですか」 母はわざと淡白な返事をしてその場から逃げようとした。 フェントはそれを察し、話が終わっていないが歩き出した。 今まで異能者に気が付かないことなどなかったフェントにとってこの一件はショックだった。 勿論テリアが怪我をしたこともショックだ。 フェントは何か分からないものにおびえていた。 「何ぬかしとんじゃボケぇ!!とっとと出ていけあほんだら!!!」 あーうるさいうるさい。こういうのは好きでも嫌いでもなくはないけど嫌いだ。 怒鳴りつける男の前に立っている、目を隠した男は思った。 「えーっとここはあなたの所有地ではないはずですよと警告しましたけどー」 「うるさいぶっ殺すぞこのたわけ!!」 男の周りに風が出来てきた。 「予想通りですねーいやーまったく正直ですねー」 急に風が吹いて、鉄骨が動き出した。 「それ以上何かしでかしたら当たるかもしれませんし当たらないとも言えませんよー」 「……お前、まさか」 「いやーご名答ご名答電気使いのルールさんですよー」 ルールと名乗った男は、風を作り出している男に電気を浴びせた。 「はいはいおとなしくしててくださいね連行します連行連行」 話しかけても男は動かない。 少し強く電気を浴びせてしまったかもしれない、とルールは思った。 「よーしよしよし連行連行これで手柄だ手柄ー」 ルールは手柄なんか立てなくてももういい役職にはついている。 それは知っているがこうして外で動き回るのが好きなのだ。 そんなときに、一通のメールが入った。 『いまから うしろに あらわれ ます』 振り返ってみると猫がいた。 ばかばかしい。そう思い、歩き出そうするとまたメールが入った。 『いま てがみを おき ました よく よんで ください』 石で抑えられた白い封筒が見えた。 開こうとするとまたメールが来た。 『ちゃんと めいれいに したがって こうどう して ください』 この手の犯罪は何度か見てきた。 また手柄が増える。ルールはそう思い、手紙を読んだ。 『人を捕まえるのが好きなんだね  ごじ はん あす  ろじうら で まって いる  しを あつかう ものは いない』 目が覚めた。 ぼーっとする。 頭の上に木材が落ちてきた。 手術をした。 今。 病院のベットの上のように見える、というか実際そうだ。 ベット脇で誰か寝ている。 ここはあたいのベットであることに間違いはなさそうだ。 「あ、あー……あの、どこか具合でも悪いんですかー……?」 肩をゆすって起こしてみる。 この顔には見覚えがあるような気がする。 そう……職場の……なんだっけ、ええと……。 「きもちわるい……」 「えぇ!?」 素っ頓狂な声を出してしまった。 「とりあえずナースさんでも呼びましょうか?」 もう一度肩を触ってみる。 きっとこの人はトイレに行った方がいい。それと男性に見える。 男子トイレの映像が頭の中に流れ込んでくる。 「とりあえず、そこの、ええと……その!」 言葉がうまく伝わらない。 次の瞬間、その職場の人が消えた。 「え!?はぁ!?」 異能、というものを思い出す。 あたいは影を操る能力があったはず。 でも今のは確実に、 「空間移動能力……?」 試しに枕を手に持ち、右の床に移動するように考える。 結果は、成功だった。 ただ、あたいが感じていたのはそんな違和感じゃなかった。 普通、(という言い方もおかしいが)危険があった時に異能が覚醒する。 そして、その異能で自分の身を守ろうとする。 けれどあたいの場合は、こうして怪我をしている。 つまり、木材が落ちてきた時には覚醒しなかったということ。 となると、治療の段階しかない。 電気ショックで覚醒する場合も少なくはないが、その場合電気系統の異能の方が多い。 医療機関のコンピューターから異能のプログラムを入れ、人工的に異能を作り出すことも不可能ではない。 「どっちかかぁ……」 それより、今のあたいには絶望的なことがあった。 「鞄がない……」 親は小さいころに死んだ。影の異能が覚醒した時に殺してしまった。 それからの記憶は本当にあいまいで、どうして生きているかさえ覚えていない。 きっと保護施設にいて、特に面白いこともなかったからだと思う。 それにしても、全く覚えていないのはおかしいと思う。 「保険証もないし……どうしてあたいだってわかったんだろう」 まだ打ったところが腫れている。 もう寝よう。そうして目が覚めたらあの日に戻っていればいい……。 フェントは家に帰っていた。 テリアの一件を聞かされて、自分の異能に自信がなくなっていたのだ。 死んだ子―――それがフェントを意味する言葉だとは想像もつかないだろう、とフェントも思っている。 だがそれは事実なのだ。 生まれた時から死んでいて、異能を使わなければ生きていけない。 心臓を動かすことすら、異能に頼らなければできない。 そんな自分が嫌だった。 その苛立ちが異能のコントロールを狂わせた。 そんなときに、一通の手紙が来た。 『このてがみは  ろうそくのひではもえない  さいころのめは  れんぞくしてでるといいことがある  ろくをじゅっかいだしてみて』 フェントの異能は物を思い通りに動かすことはできない。 だが軌道を計算し、計算通りに体を動かうことはできる。 「……できたよ、普通に」 「お見事お見事ーぱちぱちぱちぱち」 後ろに少女が立っていた。 「どうやって入って来たんだよ……ってか異能者だろ」 「いやーご名答……手紙を燃やすっていう暴挙に出たらどうしようかと思った」 「燃えないんじゃないの?」 「爆発させようと思ってた」 その瞬間、置いてあった手紙が爆発した。 「マジ?」 「なんなら君の手も爆発させてあげようか?」 「遠慮しておく」 「だよねーボクもそう言うよ」 「ボク?」 あきらかに少女の姿をしているのにボクという一人称をつかうその子にフェントは少し面食らったようだ。 「……手紙、書きかえておいたからちゃんと読んでよ」 「なんの異能者だよお前」 「君のその頭ならわかるでしょ?」 あーめんどくさいなー、と言おうとしたのをフェントは抑える。 「じゃあボクは帰るよ」 「おう……訳がわかんねぇよ、本当」 少女は玄関の前でフェントに向かってこういった。 「テリアの頭の上に落ちてきた木材の数、いくつだった?」 「は?あ、えーっと、九つだった」 「そのうち本物は三つだから。じゃ」 「おいちょっと待てよ!!それ」 フェントが言い終わる前に少女はドアを閉めた。 少女が最後に言い残した言葉。 それは、幻覚を見せる少女にしかわからなかったこと。 つまり、 「木材落としたのはあいつ……?」 フェントは机の上の手紙に目をやった。 言ってあった通り、書き変わっていた。 『久しぶりに生きた人と話した気がするよ。 ちょっと君で遊んでみたかったんだ、フェント。 明日の五時半に木材が落ちてきた路地裏に来て。 本当のことが分かるから。 あと、ボクの異能は一つじゃないからね。 クレプトマニア』 「明日まで暇だなぁーひまひまー」 少女が寝泊まりしている廃墟に明るい声が響いた。 それとほぼ同時に、何かが床を打ちつける音がした。 「うっさいなぁ……今度は本当に肉片になるまで切るよ?」 猿轡をはめられ、壁と手錠で固定されている両手には引っ張ってできたと思われる痣があった。 「口のソレ……外してもらいたい?」 あまりにも勢い良くうなずいているのに、クレプトマニアは動揺した。 「意外と面白いことするもんだね……ふふっ、いいこと思いついた」 この場合のいいことというのは、ラマイにとっては悪いことを意味するものだった。 ラマイはクレプトマニアの異能は空間移動と勘違いしていた。 「ねーテトラさーん?」 「……あーばれてましたかー」 柱の陰から出てきた男は、たしかにラマイの兄、テトラだった。 「ここから動くのもめんどくさいんでさっさと要件言ってもらえます?あ、あとラマイの猿轡外して」 テトラは正直にラマイの猿轡を外し、クレプトマニアのところへ歩いて行った。 「お兄様!!お兄様ぁあああ!!!!」 「うるさい……黙ってたら出してあげるのに」 「くっ……」 クレプトマニアはラマイを黙らせ、テトラに向き直った。 「で?」 「あー妹返してもらえませんかねー」 「無理」 薄っぺらい笑みを浮かべたテトラに、クレプトははっきりと言った。 そのテトラの表情はいつもと違う、少なくともラマイは見たことがなかった。 「そーですかー分かりましたー明日も来ますんでー」 テトラはあきらめて帰るようだった。 「そんな……なんで帰ってしまわれますの……?」 出口にテトラが近づいた瞬間、クレプトマニアがナイフを投げた。 それはテトラに命中した、が、その瞬間テトラは砂のように崩れて消えた。 形を失ったテトラだったものは、風で吹き飛ばされた。 「どう?おもしろかったでしょ」 「面白がってるんじゃないわよ!!!早く出してよ!!!!お兄様!!!!!!」 「んー何すればもっと面白いかなー?」 クレプトマニアはにやりと笑い、テトラの姿でラマイに近づいて行った。 「キス」 「はい?」 「どこでもいいからキスして」 クレプトマニアはテトラの姿でラマイに近づき、そう言い寄った。 「してくれたらご飯、あげるから」 「そ……なの、や……ですわ……」 するとクレプトマニアは元の姿に戻って 「あっそ、じゃあ今日のご飯は抜きだね」 といって建物を出て行った。 ラマイは、どうすべきだったかを考えながら眠りについた。 五時半になった。 いつもならそれは大して意味のないことなのだが、今日に限っては違った。 「お、二人とも来てる」 クレプトマニアは猫に姿を変えて影から見守っていた。 今だ、と思いビルの木材があった部分に立つ。 そして二人に向かって叫んだ。 「ボクの言ったことは本当だよ……お互いの罪を、裁いてみてよ!」 さぁどっちが勝つかなぁ、とクレプトマニアは思った。 後ろの方でヒールの音がした。 「あ、パセリー!!」 「……クレプト、なんであんな汚いの見てるの?」 「汚いから面白いんでしょ、ふふっ」 パセリは不思議そうにクレプトマニアを見る。 「だって、綺麗な殺し合いとか、綺麗な憎しみとか、そんなの嫌だよ?」 「そうかもしれないね」 二人はビルの端に並んで座った。猫が一匹増えた、とルールは思った。 「ところであの汚いのに言ったことって?」 「あ、そっか、そこだけ言ってなかったっけ」 パセリにはこのことをすべて伝えていたつもりだったクレプトマニアは自分のミスに驚いた。 「じゃあ話してあげる……ん」 パセリがキスをした。 「パセリ……」 「そんな物欲しげな目、しないでよ。キスしたくなるから」 「いいから……っ、話」 「ふふっ可愛いのっ」 クレプトマニアはこう話した。 フェントには木材を多くしたのはボクだけど落としたのは明日会う男だ、と。 一方ルールには明日はいい罪人を連れて行く、と。 「結構容赦ないことするのね」 「ん?うん!」 眼下では激しい戦いが続いていた。 だがルールの電流で脳がやられたのか、フェントは倒れてしまった。 「あーあ、死んじゃった」 「倒れてるだけじゃないの?」 「見たところ意識ないから心臓動かす力もないでしょうね」 「ふーん……」 パセリをクレプトマニアは押し倒し、キスをした。 「今日はずっとパセリボクの物だよねっ」 「うん、だから、さっきのあの汚いの、ちゃんと終わらせてきて」 「わかった……んっ、はぁっ」 パセリは何度もキスをして、息が上がってるクレプトの背中を押す。 「逃げたりしないから……ね」 「わかってる。じゃあ行ってくる」 無表情にクレプトはそう言い残し、パセリのもとを後にする。 「ルールさんー」 ルールは振り返った。 「それ、死んでるの?」 「多分死んでると思われるが一応持っていく」 「ふーん」 クレプトとルールは向かい合った。 「ボクも異能者なのに連れてかないの?」 「子供は引き取ってもどうしようもないしね」 「あ、そ。じゃあその人こっちの所有物だから返して 」 「それはできないかなー」 「じゃあ盗んでいい?」 「窃盗は人に聞かないでやるものだろ?窃盗癖者」 「そうだね……じゃあ今日はやめとく」 「できればもうしないでほしいかなー、見つけられないんだよ、君」 でしょうね。クレプトはそう思った。 「じゃあ、またね。人殺し」 そういって猫は駆けていった。 「で、今日も食事ボイコットと。君馬鹿なんじゃないの?」 反抗的な目でラマイはクレプトを睨み付ける。 「まぁ食べなくても死なないならどうでもいいんだけどさ」 反応がない。死んでいるようだ、とまではいかないが。 「じゃあまた出かけてくるから」 クレプトは病院にいた。 別に怪我をしたわけでもない。病気でもない。 この病院にいる人に用があったのだ。 「えーっと何号室だっけ。三階だね」 ぶつぶつと独り言を言いながら進んでいく。 夜の病院。ほとんど人もいなくなった十時頃。 この年の普通のやつなら怖がるんだろうな、とうわの空で考えながら階段を上っていく。 三階の何号室かは自信がなかったため名札を頼りに部屋を探す。 「テリア……じゃなくて椎名邦だよね普通」 椎名邦とはテリアが六歳まで使っていた名前。つまり生みの親が付けた名前のことである。 「……お姉ちゃん……」 クレプトの足が止まった。名前があった。 一号室。なんだ意外と近かったじゃない、とクレプトは思った。 躊躇なく扉を開ける。 「テリアー?」 贅沢にも個室だった。まったくお金はどこから出ているんだか、と思わずつぶやいた。 「な、誰ですかぁああぁあ……?」 「ずいぶんと気の抜けた返事ね」 この時点でクレプトはテリアが記憶喪失だということに確信を持った。 一方テリアはこんな時間に病室に入ってくる少女のことを訳も分からずにぼうっと見ていた。 「ボクはクレプト。君の腹違いの妹。記憶喪失なんでしょ、どうせ」 どうせ、のところに力が入ったのをテリアは見逃さなかった。 「どうせ、ってことはこの事態に慣れてるんじゃない……かなぁ?」 最後には自信がなくなったのか疑問符が付いた。 「そうだよ。……どこまで覚えてるの?」 「お父さんとお母さんを殺したところ」 テリアが即答したのにクレプトは少し面食らった。 「あっそ。その時ボクとボクの母もいたんだけど、殺さなかったってことは気が付かなかったんだね」 まぁ母はとばっちりで軽く腕折ったんだけどね、とは無駄なので言わなかったようだ。 「……うん……そうだね、二人しかいなかった。いや、お母さんのお腹の中には弟もいたから、三人かな」 「で、その積年の恨みを果たそうと思ってきてみたんだけど」 「えっ!」 「ウソに決まってるでしょ。ただ協力してほしいことがある」 クレプトは真剣そうな顔になってテリアにこう言った。 「空間移動。その力を貸してほしいの」 クレプトが病室に入ってきたときに、テリアは無意識に空間移動の力を使っていた。 そのことに気が付いたのか、はたまたもともと知っていたのかは定かでないが、そう話を持ちかけた。 「……まぁ一回使ってみて」 机の上のメモ帳が移動した。 見ているものなら移動できる、というのがテリアの制限なのだろう。 「自分の見てるところに、自分は移動させられる?」 病室の角に移動した。目がいいんだな、と思った。 「じゃあボクのことは見えてるよね。この病室の外に移動させて」 何のためらいもなく行われるその行為が危険なものだとテリアは知らないであろう。 だがこれは一部だけ移動する可能性もある。その危険性を考慮して幻覚の自分を移動させた。 「よくできたね」 病室内から聞こえるその声にテリアは驚いた様子を見せた。 「これで最後。この写真のところにこの置物を移動させて。」 その写真は病院の外見を映したもので、移動させる置物は大きめの陶器の招き猫だった。 「がんばる……!」 そのとき、外から陶器が割れたような大きな音が聞こえた。 職員どころか患者まで廊下に出て騒ぎ出した。 「あー、どうやら成功したみたいだ」 どっかの探偵みたいなことを言うな、とテリアは思った。 「じゃ。君にまたさっきみたいな頼みごとをしに来るから。またね」 「うん……見つからないようにね」 「ありがとう、お姉ちゃん」 自分がお姉ちゃんと呼ばれることに慣れていないテリアは、照れくさそうに頭を掻いた。 そうだ、明日はきちんとお風呂にはいろう。そう思ってテリアは床に就いた。 テリアは家に帰ってから、明日の予定を立てていた。 「ねぇラマイ、君さ、背中の刺し傷って治った?」 「血は出てませんわ……」 「歯切れ悪いなぁ」 どうすれば気絶させられるかなー、と鼻歌を歌った。 ボクは楽しい気分になっていた。 昨日はパセリとたくさん遊んだし、一人殺せたし、今日は二人殺せる。 そして、明日は母に会える。 すべて上手くいくとは限らない。もしかしたら今日、いや、今殺されるかもしれない。 でもそれでいいとも思える僕自身に腹が立つ。 大丈夫。全部うまくいく。 ボクの前を歩くラマイは、ふらふらとした足取りで進む。 「……っあ、いた」 ルールの姿を見つけて、小走りになる。 「ルール、ちょっと面白いモノ見つけたんだ。来て」 強引過ぎたかな、とボクも思うけど、ついてきたから結果オーライだね。 しかしこいつも馬鹿なのか、と思うぐらい単純。 人通りの少ない適当な路地に入り「待ってて」指示を出す。 背中を向けたら刺されるんじゃないかとか思いつつ進んで、ラマイを連れてくる。 眠っているように見せかけて。 「これ。異能者で突っかかって来たから捕まえといたんだけど、いる?」 台本通りのセリフと表情。 「じゃあもらっておこうかな。いつもありがとう、というべきですね」 「本当。お礼の一つでもしてよ」 ここまでルールの言葉も台本通りだ。 「じゃあ何かおごりましょう。」 「やったー!じゃあボク、カレーが食べたいかな」 「あ、でもその前にこれを置いてこなければなりませんので。またの機会としましょう」 「んーそうだね。またね」 あとはラマイに賭けるしかない。 「なに……をしております、の?」 ラマイ渾身の演技。笑いを抑えるのが大変だから早く。 吐いてー、吸ってー 「死ね」 ルールが倒れる。 脈を計ってみる。「あ、お見事。死んでるよ」 「じゃあラマイ、これをそこのビルまで運ぼう。それで終わり。」 ウソでーす。はい。 「それで本当に終わりですわね」 「うん。三階までお願い。高い方が見つからないから」 「ええ」 前を歩かせる。三階に到着。ラマイが振り向く。 鳩尾を思いっきり蹴る。「ぐは」間抜けな声が出た。 素早くロープを使い手足を縛り、大きめの布で猿轡をはめる。 「よし、おーわった」 二つを一室に押し込み、処理が終わった。 よし、家に戻って明日の準備でもしよう。 その夜、クレプトはまたテリアの病室に訪れていた。 「どう?けが……はしてないんだったっけ」 「うん。それで、話って」 「明日、さ。ボクをある場所に連れてって欲しいんだ。 ボクと君の、お父さんも、お母さんもいる世界。 君の力を借りたいんだ。ボクだけじゃ到底無理だから。 ボクの能力は幻覚を見せる。でもそれは、この世界じゃないどこかから物をひっぱり出してきて見せるんだ。 だから、どこにもないものは見せられない。 で、君の能力は見たものを移動できる、それと、見たところに移動できる。 だからボクが見せた世界のところに移動できるんじゃないかなって。どうかな」 クレプトが言った話は、失敗すれば死んでしまうような話だった。 だが、お父さんと、お母さん、という言葉が引っ掛かり、断れない状況になっていた。 「それ……もどって、こられる、かな?」 「戻る気があるならね。ボクがつかってる世界は4つだから、見つけることぐらい簡単だし」 「明日しか行けないの?」 「うん……僕が使ってる4つの世界は、この世界と近づいたり離れたりしてて、明日その世界が一番近いんだ」 「……わかった。あたいも、親に謝りたいし」 「そっか……じゃあ明日、来るからね」 今日の話は、二人にとってとても重要なものだった。 運命を左右するような、そんな話だった。 「まって!!」 急にテリアが大声を出した。 「な、なに?」 「それって、向こうにいる人を戻ってくるときに持ってこれるの?」 「……うん。だけど、危険がたくさん降りかかる可能性が高い。死ぬ確率が高いってこと」 「そう……」 「じゃあ今度こそまた明日」 「どうしようかな」 パセリに言ってから行くべきかな。 でもなんか面倒が起きそうだな。 あの子はボクがいなくても一人じゃないから。 ボクは、ボクの居場所は? お母さん。 火。 火。 「お母さんんんん!!おかああぁぁああああああさあああああああん!!!」 ボクがいれば、死ななかったんですか? 「じゃあ、行こうか」 ずっと見てきたあの世界に。 「さよなら」 この世界の皆。
主な登場人物は[[テリア]]、[[フェント]]、[[ラマイ]]、[[ルール]]、[[クレプトマニア]]。 更に[[テトラ]]さんと[[パセリ]]さんもお借りしています。他にも出てきてます。 後文字が小さいので倍率を上げてみることをお勧めします。割とマジで。 それではどうぞ! ---- パパ、ママ、おねえちゃん、ボク。 今日も四人でお出かけです。 でもおかしいなぁ。 ボクには3人がただの骨にしか見えないの。 あたいは誰かに拾われた。 どうしてそうなったのか、思い出せないけど。 でも、拾ってくれたお父さんはとても優しい人だった。 その家にいた男の子も意地っ張りだけど良い人だった。 お母さんは時々厳しいけど、よく一緒にあそんでくれた。 召使のお兄さんは、よく仕事をさぼってあたいのところに会いに来てくれた。 勉強だってみんなが教えてくれた。もちろん、それ以外も。 本当のお父さんとお母さんがどうなったのか。 分からないままだけど、でもそれでいいと思えるんだ。 男の子は自分のことをフェントと名乗った。 あたいは名前が分からなかったから名前を付けてもらった。 テリア。それが私の名前。存在を証明するただ一つの名前。 フェントはあたいより年下だったけどとっても頭が良かった。 あたいは大学でちょっとつまずいて、フェントと一緒に大学を卒業した。 影が揺れる。揺れる。 影は今日も、ひとりでに動くんだ。 今日も、影が……。 電話が鳴っている。 いつから鳴ってるかわからない。だって今起きたんだもん。 「あー……もしもし?」 「おそい」 間違いない。この声はフェントだ。 「フェント?何こんな早い時間に」 「早くないよ絶対」 「今何時よ……まだ10時じゃないのしかも日曜の」 「それが遅いっていうんだよ馬鹿」 「えぇー!!」 確かに今日は出勤日じゃないからって寝過ぎたけど。 「で、何の用で電話してきたの?」 「実家のほうに顔出そうと思うんだけど一緒に行かないかと提案」 「え!ちょ!まって何時に!?」 「昼過ぎとかにしててやるよ……今起きたんだろ?寝ぼけ顔で行けるかっての」 「ありがとう!じゃあいつものバス停に一二時ね!」 「はいはい……じゃあな」 「はーい」 プツッ。 ご飯は昼に食べよう。 服はどうしようかな。 あたいにとって実家に戻るのはフェントに会えるってことと同じ。 あぁ!楽しみだなぁ! とりあえずお風呂にはいろう。 久しぶりに会ったお父さんは老衰していた。 そうだとは思ってたけどいざ顔を見ると、悲しい。 お父さんの会社はとても大きな食品メーカー。 跡継ぎはフェントだって言った。 それは、自分がもうすぐ死んでしまうのを感じているからに違いない。 悲しい。それは、フェントも同じなんじゃないかと思う。 お母さんとも少し話した。 お父さんの体はどんどん弱っていっている。 もう薬とかじゃ治らないらしい。寿命なんじゃないかって言ってる。 その間にフェントもお父さんと会社のことを話していたみたい。 あたいはどうするんだろう。 きっと、どうすることもできない。 「お父さんと何話してたの?」 「……テリアには関係ない」 「けち」 あんまりいつもと変わってないように見える。 フェントはそういう人だ。辛いことや苦しいこと、悲しいことを他人に知られないようにしている。 精一杯の強がり。 でも、それは他人を自分から遠ざける行為でもある。 「父は早く死んでしまいたいと言っていた」 「嘘」 「本当」 「なんで」 「知るかよ」 初めて言ってくれた。辛いこと。 嬉しくもあり、悲しくもあること。 「そっかぁ……って置いて行かないで待って!」 「うっさいなぁもう」 「足遅いの知ってるくせに!」 「あーはいはい」 そのとき、頭上でがたがたと木々がぶつかり合う音がした。 上を確認しようとして立ち止まった。 「テリア!!!」 もう間に合わない。 九本の木材が、落ちてきた。 大きな傘を差した女性が立っている。 妙に現代めいた、着物をアレンジしたような服に、ゆるく縛った長い髪。 「ラマイー?」 「なんですの?」 「ちょっとこっちこっちー」 「要件を言いなさい……隔靴掻痒ですわ」 「だからわけわかんねってーとりあえず来い!」 ラマイと呼ばれたその少女はその場から声のした方向へ進む。 まったく、めんどうですわ。 小声でそういった。 誰に聞かれてもいい、どうでもいい愚痴だった。 「料理はやりませんわよ」 「何にもしないだろうが」 その男がチョップしようとしたのを、あわてて傘で防ぐ。 「羅蓋が壊れますわ!やめてくださいまし!」 「こっちの手も痛いからそれやめろ」 「叩くのをおやめなさい!テトラお兄様!」 「まぁ、落ち着け」 「何も用がないなら戻りますわ!もう!」 「あ、おい、ちょっと」 テトラという男は、やれやれ、といったような仕草をした。 ラマイは元の立っていた、自分の部屋の中央付近に戻った。 そして羅蓋を回した。 カーン、カーン 良い金属の触れ合う音が響いた。 「今から5分間、外は台風となるが、家は一つも壊れない」 次の瞬間、閉め切ったカーテンの奥から轟音が響いた。 台風が来た。 ラマイは引き出しからストップウォッチを出し、時間を計り始めた。 やっぱり、衰えてなんかいないわ。 計り始めてからちょうど5分後、轟音は止んだ。 むしろ、強まっているぐらい。 毎日、何かしらの方法を使って自分の能力を確かめている。 言霊を操る能力。それがラマイの異能。 異能というのは、超能力のことで、限られた人しか持っていない能力。 ラマイはそれを誇りに思っているが、頼りすぎているところもある。 小学生の頃は、なんでも話を聞いてくれてうれしかった。 成長するにつれ、それが異能であることに気づき、利用するようになった。 学校にいるときはミニチュアの羅蓋をいつも持ち歩き、異能を使う時はそれを回すという決まりを作った。 中学のテストはいつも満点だった。 一度、怪しまれて別室で個人受験させられた時もあった。そのことは結構な頻度で思い出す。 その時も満点を取ったから疑いは晴れた。 だが、目立ちすぎるとよくない、ということを学べた場でもあった。 高校受験も満点を取って、大学にも行って、今。 お金は有り余っている。そのことがラマイの心の余裕を作り出している。 はっきり言うと、ニートなのだ。 ほぼ毎日パソコンに向かって動かない。 たまに通販をして遊んだりしている。 だが最近は少し変わった。 異能者の組織に入った。 ラマイの家は大手製薬会社なので違法な薬物を取り扱うのは容易なことだった。 そのことを生かし、指定暴力団にはいったのだ。 だったが、また最近はひきこもり気味になっている。 今日は好きなゲームが届く予定だ。 さっきの台風で遅れなければいいけど。そう思った。 「まったくあいつは、何がしたいんだか」 テトラは羅蓋にあたった右手を冷やしながらつぶやいた。 小さなころから甘やかされて育って、少しわがままになり過ぎている。 本人は自覚していないようだが、テトラや他の家族も、さらには使用人でさえそう思っている。 完全に家のお荷物になっている。 そんなこの状況から救い出したい。それがテトラの、兄としての責任だった。 もう外の台風は止んでいる。 綺麗なオレンジ色の夕景が広がっている。 この景色も、きっともうあいつは見ていない。 急にさびしくなり、目を閉じた。 平衡感覚がおかしくなる感触があり、目を開けた。 「うわっとっとっと」 テトラの部屋だった。 ラマイと同じく、テトラも異能者なのだ。 ピンポンピーンポーン チャイムが鳴った。 テトラの部屋と玄関はほぼ正反対の位置にあり、ラマイの部屋が玄関に一番近い。 きっと通販かなんかだろう。 オレンジ色に染まる部屋で、そう思った。 「来ましたわねー!」 座っていたパソコン前の椅子から勢いよく立ち上がる。 兄は来ないと確信していたので、一直線に玄関へ向かう。 羅蓋を持っていなかった。 「△△急便ですー」 金髪で背の低い女性が、荷物を持って立っていた。 「はいはーい代引きですわよね?」 玄関ドアを開けながらそう言った。 次の瞬間、その女性の背が縮まった。 異能者だ。直勘でそう思った。 「お止まりなさい!」 言葉の力を駆使しようとした。だが羅蓋を持っていない。 「なんであのでっかい傘持ってないの?バカみたいだね」 その少女は言った。 「能力なんて無くたって、こんな小娘ぐらい倒せますわよ……!」 「そんなはずないでしょ」 さっきまで目の前にいた少女はいなくなり、真後ろに猫がいた。 ニャーン。のんきに鳴いた。 「ふざけるのもんぐっ!」 「本気で首絞められたいの?」 彼女に首を絞められ、瀕死になったラマイ。 その瞬間に、ラマイの異能が暴走した。 「死にたくなんてないっ……!絶対にわたくしは死なないんだ!!」 「よく言ったね」 背中にナイフが刺さった。 「じゃあどんな肉片になっても生きてるんだよね?」 グサッ、グサッ、グサッ。 「あ……っぐっ!」 何回も何回も、ナイフを刺し続ける少女。 痛みを感じながらも、命を失うことのできないラマイ。 「じゃあちょっと眠ってもらうね」 ラマイが持ってた睡眠薬を素早く盗み、ラマイに飲ませる。 「おに……さま……」 助けて。 ラマイは遠のく意識の中でそう思った。 病院の廊下にフェントとその母はいた。 あの後、救急車でなんとか息を吹き返したテリアだったが、脳にダメージを負っていた。 異能を、この能力を使っていればこんなことにならなかったかもしれない。 身体能力向上。この能力を使えばどんなに速く走ることも、高く飛ぶこともできる。 早く走って助けなければ。その考えがフェントの体を動かなくさせた。 怖かったのだ。 自分が死ぬことも、周りの誰かが死ぬことも。 手術室から出てきた医者が言った。 「手術は成功したんですが……おかしなところがあって」 早く言えよ。こういうところは母譲りで短気なのだ。 「五階建てのビルに相当する高さから木材が落ちてきたのに、脳のダメージが少ないんです」 「で?」 ついに母が口を出した。やっぱりイラついているんだなぁ、とフェントは思った。 「つまり、その……木材が、落ちてくる直前で速度を落としている、という仮説が立てられるんです」 異能だ。フェントは確信した。 あの時の様子を鮮明に思い出してみる。 落ちてきて、上をむこうとしたときに、黒い何かが動いてテリアを守った。 だがそれは不完全で避けることは出来なかった。 今までずっと一緒にいて、テリアが異能者だったことに気が付かなかった自分に腹を立てた。 何故だかわからなかったが物凄く腹を立てていたのが、母にもわかったようだ。 「……はぁ、そうですか」 母はわざと淡白な返事をしてその場から逃げようとした。 フェントはそれを察し、話が終わっていないが歩き出した。 今まで異能者に気が付かないことなどなかったフェントにとってこの一件はショックだった。 勿論テリアが怪我をしたこともショックだ。 フェントは何か分からないものにおびえていた。 「何ぬかしとんじゃボケぇ!!とっとと出ていけあほんだら!!!」 あーうるさいうるさい。こういうのは好きでも嫌いでもなくはないけど嫌いだ。 怒鳴りつける男の前に立っている、目を隠した男は思った。 「えーっとここはあなたの所有地ではないはずですよと警告しましたけどー」 「うるさいぶっ殺すぞこのたわけ!!」 男の周りに風が出来てきた。 「予想通りですねーいやーまったく正直ですねー」 急に風が吹いて、鉄骨が動き出した。 「それ以上何かしでかしたら当たるかもしれませんし当たらないとも言えませんよー」 「……お前、まさか」 「いやーご名答ご名答電気使いのルールさんですよー」 ルールと名乗った男は、風を作り出している男に電気を浴びせた。 「はいはいおとなしくしててくださいね連行します連行連行」 話しかけても男は動かない。 少し強く電気を浴びせてしまったかもしれない、とルールは思った。 「よーしよしよし連行連行これで手柄だ手柄ー」 ルールは手柄なんか立てなくてももういい役職にはついている。 それは知っているがこうして外で動き回るのが好きなのだ。 そんなときに、一通のメールが入った。 『いまから うしろに あらわれ ます』 振り返ってみると猫がいた。 ばかばかしい。そう思い、歩き出そうするとまたメールが入った。 『いま てがみを おき ました よく よんで ください』 石で抑えられた白い封筒が見えた。 開こうとするとまたメールが来た。 『ちゃんと めいれいに したがって こうどう して ください』 この手の犯罪は何度か見てきた。 また手柄が増える。ルールはそう思い、手紙を読んだ。 『人を捕まえるのが好きなんだね  ごじ はん あす  ろじうら で まって いる  しを あつかう ものは いない』 目が覚めた。 ぼーっとする。 頭の上に木材が落ちてきた。 手術をした。 今。 病院のベットの上のように見える、というか実際そうだ。 ベット脇で誰か寝ている。 ここはあたいのベットであることに間違いはなさそうだ。 「あ、あー……あの、どこか具合でも悪いんですかー……?」 肩をゆすって起こしてみる。 この顔には見覚えがあるような気がする。 そう……職場の……なんだっけ、ええと……。 「きもちわるい……」 「えぇ!?」 素っ頓狂な声を出してしまった。 「とりあえずナースさんでも呼びましょうか?」 もう一度肩を触ってみる。 きっとこの人はトイレに行った方がいい。それと男性に見える。 男子トイレの映像が頭の中に流れ込んでくる。 「とりあえず、そこの、ええと……その!」 言葉がうまく伝わらない。 次の瞬間、その職場の人が消えた。 「え!?はぁ!?」 異能、というものを思い出す。 あたいは影を操る能力があったはず。 でも今のは確実に、 「空間移動能力……?」 試しに枕を手に持ち、右の床に移動するように考える。 結果は、成功だった。 ただ、あたいが感じていたのはそんな違和感じゃなかった。 普通、(という言い方もおかしいが)危険があった時に異能が覚醒する。 そして、その異能で自分の身を守ろうとする。 けれどあたいの場合は、こうして怪我をしている。 つまり、木材が落ちてきた時には覚醒しなかったということ。 となると、治療の段階しかない。 電気ショックで覚醒する場合も少なくはないが、その場合電気系統の異能の方が多い。 医療機関のコンピューターから異能のプログラムを入れ、人工的に異能を作り出すことも不可能ではない。 「どっちかかぁ……」 それより、今のあたいには絶望的なことがあった。 「鞄がない……」 親は小さいころに死んだ。影の異能が覚醒した時に殺してしまった。 それからの記憶は本当にあいまいで、どうして生きているかさえ覚えていない。 きっと保護施設にいて、特に面白いこともなかったからだと思う。 それにしても、全く覚えていないのはおかしいと思う。 「保険証もないし……どうしてあたいだってわかったんだろう」 まだ打ったところが腫れている。 もう寝よう。そうして目が覚めたらあの日に戻っていればいい……。 フェントは家に帰っていた。 テリアの一件を聞かされて、自分の異能に自信がなくなっていたのだ。 死んだ子―――それがフェントを意味する言葉だとは想像もつかないだろう、とフェントも思っている。 だがそれは事実なのだ。 生まれた時から死んでいて、異能を使わなければ生きていけない。 心臓を動かすことすら、異能に頼らなければできない。 そんな自分が嫌だった。 その苛立ちが異能のコントロールを狂わせた。 そんなときに、一通の手紙が来た。 『このてがみは  ろうそくのひではもえない  さいころのめは  れんぞくしてでるといいことがある  ろくをじゅっかいだしてみて』 フェントの異能は物を思い通りに動かすことはできない。 だが軌道を計算し、計算通りに体を動かうことはできる。 「……できたよ、普通に」 「お見事お見事ーぱちぱちぱちぱち」 後ろに少女が立っていた。 「どうやって入って来たんだよ……ってか異能者だろ」 「いやーご名答……手紙を燃やすっていう暴挙に出たらどうしようかと思った」 「燃えないんじゃないの?」 「爆発させようと思ってた」 その瞬間、置いてあった手紙が爆発した。 「マジ?」 「なんなら君の手も爆発させてあげようか?」 「遠慮しておく」 「だよねーボクもそう言うよ」 「ボク?」 あきらかに少女の姿をしているのにボクという一人称をつかうその子にフェントは少し面食らったようだ。 「……手紙、書きかえておいたからちゃんと読んでよ」 「なんの異能者だよお前」 「君のその頭ならわかるでしょ?」 あーめんどくさいなー、と言おうとしたのをフェントは抑える。 「じゃあボクは帰るよ」 「おう……訳がわかんねぇよ、本当」 少女は玄関の前でフェントに向かってこういった。 「テリアの頭の上に落ちてきた木材の数、いくつだった?」 「は?あ、えーっと、九つだった」 「そのうち本物は三つだから。じゃ」 「おいちょっと待てよ!!それ」 フェントが言い終わる前に少女はドアを閉めた。 少女が最後に言い残した言葉。 それは、幻覚を見せる少女にしかわからなかったこと。 つまり、 「木材落としたのはあいつ……?」 フェントは机の上の手紙に目をやった。 言ってあった通り、書き変わっていた。 『久しぶりに生きた人と話した気がするよ。 ちょっと君で遊んでみたかったんだ、フェント。 明日の五時半に木材が落ちてきた路地裏に来て。 本当のことが分かるから。 あと、ボクの異能は一つじゃないからね。 クレプトマニア』 「明日まで暇だなぁーひまひまー」 少女が寝泊まりしている廃墟に明るい声が響いた。 それとほぼ同時に、何かが床を打ちつける音がした。 「うっさいなぁ……今度は本当に肉片になるまで切るよ?」 猿轡をはめられ、壁と手錠で固定されている両手には引っ張ってできたと思われる痣があった。 「口のソレ……外してもらいたい?」 あまりにも勢い良くうなずいているのに、クレプトマニアは動揺した。 「意外と面白いことするもんだね……ふふっ、いいこと思いついた」 この場合のいいことというのは、ラマイにとっては悪いことを意味するものだった。 ラマイはクレプトマニアの異能は空間移動と勘違いしていた。 「ねーテトラさーん?」 「……あーばれてましたかー」 柱の陰から出てきた男は、たしかにラマイの兄、テトラだった。 「ここから動くのもめんどくさいんでさっさと要件言ってもらえます?あ、あとラマイの猿轡外して」 テトラは正直にラマイの猿轡を外し、クレプトマニアのところへ歩いて行った。 「お兄様!!お兄様ぁあああ!!!!」 「うるさい……黙ってたら出してあげるのに」 「くっ……」 クレプトマニアはラマイを黙らせ、テトラに向き直った。 「で?」 「あー妹返してもらえませんかねー」 「無理」 薄っぺらい笑みを浮かべたテトラに、クレプトははっきりと言った。 そのテトラの表情はいつもと違う、少なくともラマイは見たことがなかった。 「そーですかー分かりましたー明日も来ますんでー」 テトラはあきらめて帰るようだった。 「そんな……なんで帰ってしまわれますの……?」 出口にテトラが近づいた瞬間、クレプトマニアがナイフを投げた。 それはテトラに命中した、が、その瞬間テトラは砂のように崩れて消えた。 形を失ったテトラだったものは、風で吹き飛ばされた。 「どう?おもしろかったでしょ」 「面白がってるんじゃないわよ!!!早く出してよ!!!!お兄様!!!!!!」 「んー何すればもっと面白いかなー?」 クレプトマニアはにやりと笑い、テトラの姿でラマイに近づいて行った。 「キス」 「はい?」 「どこでもいいからキスして」 クレプトマニアはテトラの姿でラマイに近づき、そう言い寄った。 「してくれたらご飯、あげるから」 「そ……なの、や……ですわ……」 するとクレプトマニアは元の姿に戻って 「あっそ、じゃあ今日のご飯は抜きだね」 といって建物を出て行った。 ラマイは、どうすべきだったかを考えながら眠りについた。 五時半になった。 いつもならそれは大して意味のないことなのだが、今日に限っては違った。 「お、二人とも来てる」 クレプトマニアは猫に姿を変えて影から見守っていた。 今だ、と思いビルの木材があった部分に立つ。 そして二人に向かって叫んだ。 「ボクの言ったことは本当だよ……お互いの罪を、裁いてみてよ!」 さぁどっちが勝つかなぁ、とクレプトマニアは思った。 後ろの方でヒールの音がした。 「あ、パセリー!!」 「……クレプト、なんであんな汚いの見てるの?」 「汚いから面白いんでしょ、ふふっ」 パセリは不思議そうにクレプトマニアを見る。 「だって、綺麗な殺し合いとか、綺麗な憎しみとか、そんなの嫌だよ?」 「そうかもしれないね」 二人はビルの端に並んで座った。猫が一匹増えた、とルールは思った。 「ところであの汚いのに言ったことって?」 「あ、そっか、そこだけ言ってなかったっけ」 パセリにはこのことをすべて伝えていたつもりだったクレプトマニアは自分のミスに驚いた。 「じゃあ話してあげる……ん」 パセリがキスをした。 「パセリ……」 「そんな物欲しげな目、しないでよ。キスしたくなるから」 「いいから……っ、話」 「ふふっ可愛いのっ」 クレプトマニアはこう話した。 フェントには木材を多くしたのはボクだけど落としたのは明日会う男だ、と。 一方ルールには明日はいい罪人を連れて行く、と。 「結構容赦ないことするのね」 「ん?うん!」 眼下では激しい戦いが続いていた。 だがルールの電流で脳がやられたのか、フェントは倒れてしまった。 「あーあ、死んじゃった」 「倒れてるだけじゃないの?」 「見たところ意識ないから心臓動かす力もないでしょうね」 「ふーん……」 パセリをクレプトマニアは押し倒し、キスをした。 「今日はずっとパセリボクの物だよねっ」 「うん、だから、さっきのあの汚いの、ちゃんと終わらせてきて」 「わかった……んっ、はぁっ」 パセリは何度もキスをして、息が上がってるクレプトの背中を押す。 「逃げたりしないから……ね」 「わかってる。じゃあ行ってくる」 無表情にクレプトはそう言い残し、パセリのもとを後にする。 「ルールさんー」 ルールは振り返った。 「それ、死んでるの?」 「多分死んでると思われるが一応持っていく」 「ふーん」 クレプトとルールは向かい合った。 「ボクも異能者なのに連れてかないの?」 「子供は引き取ってもどうしようもないしね」 「あ、そ。じゃあその人こっちの所有物だから返して 」 「それはできないかなー」 「じゃあ盗んでいい?」 「窃盗は人に聞かないでやるものだろ?窃盗癖者」 「そうだね……じゃあ今日はやめとく」 「できればもうしないでほしいかなー、見つけられないんだよ、君」 でしょうね。クレプトはそう思った。 「じゃあ、またね。人殺し」 そういって猫は駆けていった。 「で、今日も食事ボイコットと。君馬鹿なんじゃないの?」 反抗的な目でラマイはクレプトを睨み付ける。 「まぁ食べなくても死なないならどうでもいいんだけどさ」 反応がない。死んでいるようだ、とまではいかないが。 「じゃあまた出かけてくるから」 クレプトは病院にいた。 別に怪我をしたわけでもない。病気でもない。 この病院にいる人に用があったのだ。 「えーっと何号室だっけ。三階だね」 ぶつぶつと独り言を言いながら進んでいく。 夜の病院。ほとんど人もいなくなった十時頃。 この年の普通のやつなら怖がるんだろうな、とうわの空で考えながら階段を上っていく。 三階の何号室かは自信がなかったため名札を頼りに部屋を探す。 「テリア……じゃなくて椎名邦だよね普通」 椎名邦とはテリアが六歳まで使っていた名前。つまり生みの親が付けた名前のことである。 「……お姉ちゃん……」 クレプトの足が止まった。名前があった。 一号室。なんだ意外と近かったじゃない、とクレプトは思った。 躊躇なく扉を開ける。 「テリアー?」 贅沢にも個室だった。まったくお金はどこから出ているんだか、と思わずつぶやいた。 「な、誰ですかぁああぁあ……?」 「ずいぶんと気の抜けた返事ね」 この時点でクレプトはテリアが記憶喪失だということに確信を持った。 一方テリアはこんな時間に病室に入ってくる少女のことを訳も分からずにぼうっと見ていた。 「ボクはクレプト。君の腹違いの妹。記憶喪失なんでしょ、どうせ」 どうせ、のところに力が入ったのをテリアは見逃さなかった。 「どうせ、ってことはこの事態に慣れてるんじゃない……かなぁ?」 最後には自信がなくなったのか疑問符が付いた。 「そうだよ。……どこまで覚えてるの?」 「お父さんとお母さんを殺したところ」 テリアが即答したのにクレプトは少し面食らった。 「あっそ。その時ボクとボクの母もいたんだけど、殺さなかったってことは気が付かなかったんだね」 まぁ母はとばっちりで軽く腕折ったんだけどね、とは無駄なので言わなかったようだ。 「……うん……そうだね、二人しかいなかった。いや、お母さんのお腹の中には弟もいたから、三人かな」 「で、その積年の恨みを果たそうと思ってきてみたんだけど」 「えっ!」 「ウソに決まってるでしょ。ただ協力してほしいことがある」 クレプトは真剣そうな顔になってテリアにこう言った。 「空間移動。その力を貸してほしいの」 クレプトが病室に入ってきたときに、テリアは無意識に空間移動の力を使っていた。 そのことに気が付いたのか、はたまたもともと知っていたのかは定かでないが、そう話を持ちかけた。 「……まぁ一回使ってみて」 机の上のメモ帳が移動した。 見ているものなら移動できる、というのがテリアの制限なのだろう。 「自分の見てるところに、自分は移動させられる?」 病室の角に移動した。目がいいんだな、と思った。 「じゃあボクのことは見えてるよね。この病室の外に移動させて」 何のためらいもなく行われるその行為が危険なものだとテリアは知らないであろう。 だがこれは一部だけ移動する可能性もある。その危険性を考慮して幻覚の自分を移動させた。 「よくできたね」 病室内から聞こえるその声にテリアは驚いた様子を見せた。 「これで最後。この写真のところにこの置物を移動させて。」 その写真は病院の外見を映したもので、移動させる置物は大きめの陶器の招き猫だった。 「がんばる……!」 そのとき、外から陶器が割れたような大きな音が聞こえた。 職員どころか患者まで廊下に出て騒ぎ出した。 「あー、どうやら成功したみたいだ」 どっかの探偵みたいなことを言うな、とテリアは思った。 「じゃ。君にまたさっきみたいな頼みごとをしに来るから。またね」 「うん……見つからないようにね」 「ありがとう、お姉ちゃん」 自分がお姉ちゃんと呼ばれることに慣れていないテリアは、照れくさそうに頭を掻いた。 そうだ、明日はきちんとお風呂にはいろう。そう思ってテリアは床に就いた。 テリアは家に帰ってから、明日の予定を立てていた。 「ねぇラマイ、君さ、背中の刺し傷って治った?」 「血は出てませんわ……」 「歯切れ悪いなぁ」 どうすれば気絶させられるかなー、と鼻歌を歌った。 ボクは楽しい気分になっていた。 昨日はパセリとたくさん遊んだし、一人殺せたし、今日は二人殺せる。 そして、明日は母に会える。 すべて上手くいくとは限らない。もしかしたら今日、いや、今殺されるかもしれない。 でもそれでいいとも思える僕自身に腹が立つ。 大丈夫。全部うまくいく。 ボクの前を歩くラマイは、ふらふらとした足取りで進む。 「……っあ、いた」 ルールの姿を見つけて、小走りになる。 「ルール、ちょっと面白いモノ見つけたんだ。来て」 強引過ぎたかな、とボクも思うけど、ついてきたから結果オーライだね。 しかしこいつも馬鹿なのか、と思うぐらい単純。 人通りの少ない適当な路地に入り「待ってて」指示を出す。 背中を向けたら刺されるんじゃないかとか思いつつ進んで、ラマイを連れてくる。 眠っているように見せかけて。 「これ。異能者で突っかかって来たから捕まえといたんだけど、いる?」 台本通りのセリフと表情。 「じゃあもらっておこうかな。いつもありがとう、というべきですね」 「本当。お礼の一つでもしてよ」 ここまでルールの言葉も台本通りだ。 「じゃあ何かおごりましょう。」 「やったー!じゃあボク、カレーが食べたいかな」 「あ、でもその前にこれを置いてこなければなりませんので。またの機会としましょう」 「んーそうだね。またね」 あとはラマイに賭けるしかない。 「なに……をしております、の?」 ラマイ渾身の演技。笑いを抑えるのが大変だから早く。 吐いてー、吸ってー 「死ね」 ルールが倒れる。 脈を計ってみる。「あ、お見事。死んでるよ」 「じゃあラマイ、これをそこのビルまで運ぼう。それで終わり。」 ウソでーす。はい。 「それで本当に終わりですわね」 「うん。三階までお願い。高い方が見つからないから」 「ええ」 前を歩かせる。三階に到着。ラマイが振り向く。 鳩尾を思いっきり蹴る。「ぐは」間抜けな声が出た。 素早くロープを使い手足を縛り、大きめの布で猿轡をはめる。 「よし、おーわった」 二つを一室に押し込み、処理が終わった。 よし、家に戻って明日の準備でもしよう。 その夜、クレプトはまたテリアの病室に訪れていた。 「どう?けが……はしてないんだったっけ」 「うん。それで、話って」 「明日、さ。ボクをある場所に連れてって欲しいんだ。 ボクと君の、お父さんも、お母さんもいる世界。 君の力を借りたいんだ。ボクだけじゃ到底無理だから。 ボクの能力は幻覚を見せる。でもそれは、この世界じゃないどこかから物をひっぱり出してきて見せるんだ。 だから、どこにもないものは見せられない。 で、君の能力は見たものを移動できる、それと、見たところに移動できる。 だからボクが見せた世界のところに移動できるんじゃないかなって。どうかな」 クレプトが言った話は、失敗すれば死んでしまうような話だった。 だが、お父さんと、お母さん、という言葉が引っ掛かり、断れない状況になっていた。 「それ……もどって、こられる、かな?」 「戻る気があるならね。ボクがつかってる世界は4つだから、見つけることぐらい簡単だし」 「明日しか行けないの?」 「うん……僕が使ってる4つの世界は、この世界と近づいたり離れたりしてて、明日その世界が一番近いんだ」 「……わかった。あたいも、親に謝りたいし」 「そっか……じゃあ明日、来るからね」 今日の話は、二人にとってとても重要なものだった。 運命を左右するような、そんな話だった。 「まって!!」 急にテリアが大声を出した。 「な、なに?」 「それって、向こうにいる人を戻ってくるときに持ってこれるの?」 「……うん。だけど、危険がたくさん降りかかる可能性が高い。死ぬ確率が高いってこと」 「そう……」 「じゃあ今度こそまた明日」 「どうしようかな」 パセリに言ってから行くべきかな。 でもなんか面倒が起きそうだな。 あの子はボクがいなくても一人じゃないから。 ボクは、ボクの居場所は? お母さん。 火。 火。 「お母さんんんん!!おかああぁぁああああああさあああああああん!!!」 ボクがいれば、死ななかったんですか? 「じゃあ、行こうか」 ずっと見てきたあの世界に。 「さよなら」 この世界の皆。 ---- #image(uiefqhiefqphuevfqoiveqoi.jpg) えーっとあとがきです(・ω・´) 読破おめでとうございます! ここまで飛ばしてきた人もありがとうございます! 続きもあります。きっと。多分。おそらく。 改めてありがとうございました! ではまた来世でお会いしましょう。

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