あべ得資料
http://w.atwiki.jp/aveneta/
あべ得資料
ja
2015-01-01T21:25:45+09:00
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文化
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/23.html
*文化
宗教、言語、行事、服飾を中心にまとめるつもり。
-[[宗教]]
-[[言語]]
-[[行事]]
-[[服飾]]
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言語
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/24.html
**言語
まず一般的に日本の中学高校などで習う「Spanish」というのは中南米のスペイン語を差し、「スペインのスペイン語」という時は「Castilian Spanish」と言わなければならないのだという。
スペイン国内各地方によって違う言語がつかわれており、主に4言語に分けられるとされる。
-カスティーリャ語
国際連合の公用語のひとつ。スペインだけではなく、メキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、チリ、アルゼンチンなどで公用語として使われている。
この言語は15世紀茉以降中南米にもたらされたため、他の言語を圧倒して広がったとされる。
-カタルーニャ語
イベリア半島の北東部で話されている言語。主に、カタルーニャ地方(バルセロナ、タラゴナ、ヘローナ、レリダの4県)やピレネー山脈中のアンドラ、フランスのルション地方、地中海のバレアレス諸島などで離されている。
勘違いされがちだがスペイン語の方言ではなくロマンス諸語のひとつとされている。そのためカタルーニャ語を理解できないスペイン人が多い。
-ガリシア・ポルトガル語
スペイン北西部、ポルトガル北方のガリシア地方の言語。
ガリシアは、地理的に8世紀におけるイスラム教徒のイベリア半島選挙の影響が比較的少なかったため、カスティーリャと別行動をとることが多かった。レオン・カスティ^リャの王アルフォンソ6世が自分の娘婿にそれぞれガリシアとポルトガルを分け与えたが、ポルトガルはイスラムの脅威にさらされた後、アフォンソ1世の即位により独立を勝ち得ることができた。これによって半島北西の言語が南下し、結果ガリシア方言からポルトガル語が派生したという説がある。
-バスク語
西欧・南欧を通じてただひとつ非インド・ヨーロッパ語と言われる謎言語。
スペイン北部とフランス南西部で使われる。バスク語自体を話せるのは約61万人程度なのに更にその中で8方言があり、そのうち4方言は主にフランス側で使われている。
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この段階で意味わからな過ぎて笑ってしまう。
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**言語別の特徴
|カスティーリャ|公用語。最近は[ʎ]音と[θ]音が消えつつある。|
|カタルーニャ|アクセントのかからない音節の母音を極度に緩急させる。語茉子音(-rを除く)が多種多様。|
|ガリシア・ポルトガル|鼻母音が欠けていたり、b=vであったり有声の歯擦音がかけていたりする。|
|バスク|子音は有声音を欠いた比較的多数の歯擦音がある。発音よりも文法の方が特徴的。|
wikipedia☞[[スペイン語>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E8%AA%9E]]
[[国際音声記号>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%9F%B3%E5%A3%B0%E8%A8%98%E5%8F%B7#.E6.96.87.E5.AD.97.E4.B8.80.E8.A6.A7.E8.A1.A8]]
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資料リンク集
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/29.html
***ヘタリア関連
-[[キタユメ。>>http://www.geocities.jp/himaruya/]]
言わずもがな我らがひまさんのHP。
-[[親分wiki>>http://www39.atwiki.jp/oyabinbin/]]
えすぱーにょあんじぇろ親分のwiki。大体ここ見ればキャラ情報は揃ったりする。
-[[Butler's life>>http://coluck.blog103.fc2.com/]]
ヘタリアのファンによるHP。本家の設定などをまとめて確認したいときなどに便利。
趣味でまとめたとのことだが、竹林(ひまさんのブログ)が更新される以前の情報も含まれるため実際めっちゃ助かる。
-2014年冬コミ発行のおまけ本
震えた。
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***現実的なもの
歴史とかの忠実な「スペイン」を知りたいときに便利なサイト。
-[[Wikipedia>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8>]]
みんなの味方 Wiki先生。
世界の歴史から今晩のおかずまでなんでもござれ。でもたまに間違ってるので過信してはならない。
-[[weblio>>http://ejje.weblio.jp/]]
web辞典。語源などを調べる際とても便利。
-[[Pichori>>http://www2.tbb.t-com.ne.jp/atc/index.html]]
渡邉 好徳氏によるHP。アメリカ、フィリピン、スペインの歴史、地理などを扱っている。
趣味と思われる銃、ナイフなどのページも面白い。
-[[スペインの国祭日と自治州祭日>>http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/hirotate/documentacion/fiestas.htm]]
どなたが作成したか存じ上げないが記念日を調べる際に大分助かったページ。
-[[スペイン歴史散歩>>http://www7a.biglobe.ne.jp/~hirotate/ensayo/ensayo-1.htm]]
立石博高氏のエッセー(行路社)。活字が苦手な人も頑張って読もう。
-スペインハンドブック/原 誠他,三省堂,1982年5月25日発行(絶版)
ほとんどこの本のお陰なところある。
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***その他使えそうなもの
主に二次創作、三次創作するに当たって便利なサイト。
-[[愛の言葉、お題まとめ>>http://ennkei.yukihotaru.com/select.html]]
-[[メンズファッション雑誌まとめ>>http://www.magazine-data.com/menu/college.html]]
-[[ZOZOTOWN>>http://zozo.jp/]]
-[[色見本>>http://www.birthdaycolors.jp/]]
-[[日本の伝統色>>http://www.birthdaycolors.jp/traditional/]]
-[[誕生石>>http://www.birthdaycolors.jp/stones/]]
-[[誕生酒>>http://www.birthdaycolors.jp/cocktails/]]
-チェーザレ(漫画)
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服飾
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/32.html
服飾
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行事
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/31.html
ぎょーじ
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一覧
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*一覧
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親分について
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/28.html
親分とは、トマト大好き褐色えすぱーにょあんじぇろである。
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正式名称:スペイン国(Estado Español)またはスペイン王国(Reino de España)
通称スペイン(Spain、España)と呼ばれ、ヨーロッパ南西部のイベリア半島に位置しており、
同半島の大部分を占める立憲君主制国家である。
西にポルトガル、南にイギリス領ジブラルタル、北東にフランス、アンドラと国境を接し、
飛地のセウタ、メリリャではモロッコと陸上国境を接する。本土以外に、西地中海のバレアレス諸島や、
大西洋のカナリア諸島、北アフリカのセウタとメリリャ、アルボラン海のアルボラン島を領有している。
首都:マドリード
人名:アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド(Antonio Fernandes Carried)
愛称はTono(トーニョまたはトーノ)。
英語でいうところのAnthony(アンソニー)にあたる。ちなみにAnthonyの愛称はTony(トニー)。
さらにSt.Anthony(聖アントニオ)は豚飼いの神である。そりゃあ親分も豚の上乗るわ。
身長:トマト11個分(ロマーノよりはでかい)
体重:ひまさん曰く、割りといい体型してるとのことなのでそれなりに重いと思われる。
年齢:25歳(不動)
誕生日:2/12(ひまさん)、10/12(スペイン国際日)
2015-01-01T20:02:38+09:00
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宗教
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/30.html
**スペインの宗教
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-マラーノ(Marrano)
スペイン語で豚、もしくは汚らしい人を示す言葉。
歴史的な用語としては、かつてスペインにおいて、&link_anchor(C){コンベルソ}と呼ばれたキリスト教に改宗したユダヤ人のことを、
侮蔑的にマラーノと呼ぶことがあった。
&aname(C,option=nolink){}
-コンベルソ
スペイン語でユダヤ教からカトリックへの改宗者を指す。
&link_anchor(D){ディアスポラ}によってヨーロッパ各地に散ったユダヤ人のなかでも、最も多くのユダヤ人が向かったのが南フランスから
イベリア半島南岸にかけての一帯であり、この地域のユダヤ人たちをセファルディムと呼んだ。
イベリア半島のセファルディム政策は西ゴート王国時代から後ウマイヤ朝、レコンキスタ期の間に排撃と受容の間を揺れ
動いたが、12世紀以降、カスティーリャ王国ではセファルディムの政治力・経済力をレコンキスタに利用する政策が続いた。
しかし15世紀後半、レコンキスタの完了が近づくと、カスティーリャ女王イサベル1世とその夫のアラゴン王フェルナンド
2世はイスラム教徒に代えてセファルディムを排撃の対象に設定する。これはアラゴンとカスティーリャという異質な国家を
統合するための政策であった。一方、ユダヤ人共同体内部でも、政権中枢に入り込んでいた有力ユダヤ人たちは次々にキリスト
教に改宗してコンベルソとなっていった。この背景には、キリスト教の王権と深く結びついて利権を確保している有力ユダヤ人
たちへの、ユダヤ人共同体からの批判的な視線があった。
こうしてコンベルソとなった家からは、スペイン異端審問所(カトリック教会が設置していた伝統的な異端審問所とは異なる
組織)の初代大審問官であるトマス・デ・トルケマーダ、あるいは17世紀前半のスペイン王国宰相オリバーレス伯爵ガスパール・
デ・グスマンなども出ている。
しかし、そうした有力なユダヤ人の家を除けば、キリスト教に改宗しつつもユダヤ教の宗教規範を守り続ける者、あるいはより
積極的にユダヤ教を信奉する者(フダイサンテ)など様々であり、スペイン異端審問所の厳しい追及の対象となった。スペインは
フダイサンテ狩りにコンベルソを多く利用した。
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-ディアスポラ
「(植物の種などの)撒き散らされたもの」という意味のギリシャ語に由来する言葉。
元の国家や民族の居住地を離れて暮らす国民や民族の集団ないしコミュニティ、またはそのように離散すること自体を指す。
難民とディアスポラの違いは、前者が元の居住地に帰還する可能性を含んでいるのに対し、後者は離散先での永住と定着を示唆
している点にある。歴史的な由来から、英単語としては、民族等を指定せず大文字から単にDiasporaと書く場合は特にイスラエル・
パレスチナの外で離散して暮らすユダヤ人集団のことを指し、小文字からdiasporaと書く場合は他の国民や民族を含めた一般の
離散定住集団を意味する。
初期キリスト教は各都市のディアスポラのシナゴーグを拠点としてローマ帝国内に広まり、また初期キリスト教徒はユダヤ教の
会堂において礼拝を行うことが一般的であり、当時におけるディアスポラの存在意義は大きい。
2015-01-01T19:52:26+09:00
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歴史
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/21.html
*&aname(A,option=nolink){歴史}
個人的にスペインの歴史を考える際、最初に注意すべきこととして、スペインの成り立ちを知っておくことが重要と考える。
-古代イベリア半島(Iberian Peninsula)
ヨーロッパ大陸の南西端に位置。東西約1100km、南北約1000kmの方形で、総面積は約58万km2である。
また、その約85%をスペインが、約15%をポルトガルが占めている。
北と西が大西洋に、南と東が地中海に面して、北東部はピレネー山脈を境にフランスに面し、南西端は最狭14kmのジブラルタル海峡をはさんでアフリカ大陸に面している。そのためにイベリア半島は、ヨーロッパやアフリカの多くの民族と文化の交流と融合の場となっていたとされる。
しかし、原初期のイベリア半島がどのような状況であったのか、ほとんど知られていない。
そもそも「イベリア(Iberia)」という固有名詞の語源自体がどこから来たのかわかっていないという電波ぶりである。
語源についての詳細は[[言語]]にて。
わかっていることとすれば、「ピレネー山脈から向こう側はアフリカ」という認識をされていたことくらいである。そう考えると、山脈を越えた先に新たな民族が住んでいるのを知った当時の人からしたらUMA的だったんじゃないの。
-ローマ帝国時代
紀元前2世紀、ローマとカルタゴが争ったポエニ戦争の影響を受け、紀元前205年にイベリアはローマ軍の手に落ち、その後ローマの支配を受けることになり、イベリア半島はヒスパニア(Hispania)と呼ばれる。
ローマ支配のもとでは半島住民のローマ化が進み、俗ラテン語が広まる。
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年表はちょっと待ってね
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&link_anchor(A){ページの一番上に戻る}
2015-01-01T18:31:51+09:00
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TOP
https://w.atwiki.jp/aveneta/pages/26.html
あべかわ用資料。
歴史とか文化とか自分にだけ分かればいいスタンスで作り始めたため曖昧なとこが多い。
2015-01-01T18:14:38+09:00
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